見出し画像

仕事も推しも失った2020年、タイドラマが救いとなってくれた

文/横川良明

よこがわ・よしあき●演劇とテレビドラマを得意とするライター。初のインタビュー本『役者たちの現在地』(KADOKAWA)が発売中! 電子書籍『俳優の原点』(ライブドアニュース編集部)も発売中。

そろそろ今年の漢字1字は何かしら、という話題がちらほら聞こえてくるようになりました。おそらく世間的には「禍」と「密」の二大対決かと思うのですが、こちとら俄然「タイ」です。もはや漢字1字ですらない。

突如吹き荒れたタイ・フーン。これまで海外のコンテンツにハマったことが一度もなかった僕には、まさに青天の霹靂でした。推しが何を言っているのかわからない、ということがこんなにもどかしいとは。まじで創世記まで遡って、人類の言語をバラバラにした神様をタコ殴りにしてえ。

毎日のようにアップされるBrightとWinの動画を見ながら、言葉がビタイチ理解できず地団駄を踏んでいたはずが、そのうち何を言っているのかはわからなくとも、とりあえず推しが喋っているだけで幸せになれたので、人間の順応力まじハンパねえ。

同じアジア圏ながら知っているようで知らなかったタイという国を、こんなに愛しい国に変えたのは、まちがいなく『2gether』とBright&Win。連載の最後に、改めてこの『2gether』がなぜこれほど多くの人の心を掴んだのか、その理由を自分なりに考えてみたいと思います。

<2gether全話レビューはこちらから全話無料で読めます>


『2gether』に見る成功する組織の共通点


なぜ『2gether』にハマったのか。ぶっちゃけて言うと、最初は「顔」です。BrightとWinの顔が良すぎた。伝説は顔から始まった。

だけど、顔だけでは溺れられないのも沼の真理。ずるずる深みにハマりこんだのには、他にも理由があります。それは、少女漫画の王道をいくストーリー展開だったり、心をキュンとさせる甘いシーンの数々だったり、見やすくてコミカルなギャグだったり、気づけばみんなのことを好きになっているキャラクターの愛らしさだったり、主人公とその仲間の間で育まれる友情だったり、Scrubbをはじめとした爽やかな楽曲だったり、もう挙げればキリがないのですが。

僕なりに考えた『2gether』が名作になり得た理由。
それは、みんなが同じ方向を向いていたから、ではないでしょうか。

BrightやWin、そして監督にお話を聞かせてもらいましたが、みんな『2gether』のことを「楽しくて幸せな気持ちになれる作品」だと口を揃えて語っていました。それぐらい一人ひとりが『2gether』はどこが魅力で、自分たちはどんな作品をつくりたいのか明確に理解していた。そして、そのビジョンがしっかりと共有されていた。だから最後までブレることなく、隅々にいたるまで『2gether』の世界観が完成されていたのだと思います。

僕は企業取材や経営者インタビューもやっていたので、これまでいろんな成長企業の内側を見させてもらってきました。そこで感じた成功企業の共通点も、トップからボトムまでしっかりとビジョンが共有されていること。ビジョンの共有・浸透はベストプラクティスを生み出す黄金の法則です。

観た人が楽しい気持ちになれる作品をつくろう。観た人が幸せな気持ちになれる作品をつくろう。そう全員が理解し、そのためにそれぞれが自分の立場から何をできるか考えていた。だからこそ、お気に入りのブランケットよりも気持ちよくて、金平糖より甘くてカラフルな世界が出来上がった。

そして、同じ方向を向いていると、自然と横の連携も強くなる。現場に一体感が生まれてくる。そうやってどんどん風通しが良くなっていくと、いいアイデアも出てくるし、遊びも生まれてくる。

4話でAirにPhukongがインタビューされている後ろで、通り過ぎたBossが女の子とぶつかり変態扱いされるくだりがありますが、ああいうのはきっと台本にはない、現場のノリで生まれたちょっとした小ネタだと思うんですね。柔軟さや自由な雰囲気がある現場は、いいものが生まれやすい。これは、ドラマづくりに限らず、どんな業種や業界でも言えることです。

言ってしまうと当たり前のことですが、凡事徹底こそが物事の基本。それを『2gether』はきちんとやり遂げた。だから、こんなにも楽しく夢を見られた気がします。


タイドラマは、ディズニーランドに似ている


そして、『2gether』を入り口にタイドラマの世界を知っていく中で、日本とのカルチャーの違いに何度も驚かされました。これは、決してどちらかが良くてどちらかが悪いというわけではなく、単純に日本のドラマにはあまりない姿勢として最も強く感じたのは、タイドラマはとことんエンターテインメントに徹していることです。

それは単に娯楽性の高い作品が多いという意味ではありません。感覚として、いちばん近いのはディズニーランド。一歩、ランドに足を踏み入れたら、そこは現実とは違う世界。パークの中から外の建物が見えないよう土を高く盛り木を植えて、食べ物の持ち込みは原則禁止。ノイズになるようなものは一切目に入らないよう配慮とルールを設けています。

ディズニーランドに行けば、どんな人でも夢の世界の住人になれるし、ミッキーと友達になれるし、魔法だって使える気になる。訪れる人の望む世界観を絶対に壊さない徹底ぶりには、頭の下がるものがあります。

タイドラマに感じたのは、それと似たものです。決して夢を壊さない。

今となってはすっかり当たり前のように見ていますが、カップル役を演じたふたりがプライベートでもイチャコラしてくれるという世界を初めて知ったときの衝撃よ…!

イベントやセレモニーに出るたびに「またBrightがWinにこっそり耳打ちしていた」と目撃談が続出。役を離れた場でもそうやって仲の良さを見せてくれるふたりに、何度これは夢かと思ったことか。

踊るMikeとToptapに「生き物として可愛い」と身悶えしたり。

Drakeが「Family」とコメントしてアップしたインスタに、Frankも一緒に写っているのを見て「結納の儀!」と叫びそうになったり。

タイドラマはいつだって、私たちが見たいと思っているものを見せてくれる。この居心地の良さは、沼というより、むしろ温泉。あまりに湯加減が良すぎて、すっかりのぼせ上がってしまいそうです。

コンテンツがヒットすれば、わりと高い確率で続編なりスペシャルエピソードをやってくれるのも推しがいがあります。しかもそのときになるべく前回の世界観を壊さないようにしてくれるのも、ファン心理をよくわかっている。

さらに、『2gether Live On Stage』のようなファンミーティングまであるから福利厚生が充実しすぎている。ドラマという単位でこうしたファンイベントを公式が企画してくれることは、日本のドラマではほぼないかと思います。

どちらかと言うと、日本は役と演者は切り離して考えるのがマナー。役への思い込みを演者に重ねるのは決して良い行為とはされていません。

そんな中で、タイは放送中から放送が終わったあとも、ドラマの住人でいさせてくれる。熱量の高いファンにはたまらないホスピタリティです。

もちろん役と演者を過度に同一視しすぎることは弊害もあります。演者はその役だけをやっているわけではありませんから、いずれ新しい当たり役を掴まなければいけなくなります。そのときにこうした現実とフィクションが混濁したような演出は、本人のイメージ脱却を阻むだけでなく、ファンにとっても思考が切り替えにくくなるデメリットもあるでしょう。

なので、決してタイのやり方だけを賛美しているわけではありません。けれど、少なくともそうやって醒めない夢を見させてくれたことが、2020年を生きる僕にとって、救いになった。これは、間違いのない事実です。


人生は、面白いことを見つける旅である


コロナ禍によりそれぞれが深刻なダメージを負った2020年。僕も例外ではありません。収入の大きな柱だった舞台取材は全滅。主要な収入源を失い、表には出さないものの、これからどう生活していけばいいのか不安と危機感で、なんだかいつもよりも呼吸が浅い日々が続きました。

さらに、舞台ができないということは、推しにも会えないということ。いつもはどんなにしんどくても、推しの舞台さえ観れば元気になれたのが、この異常事態で貴重な栄養源までロックダウンされた。おかげでどんどん疲れがたまるばかりでした。

そんな中で出会った『2gether』と、その他いろんなタイのドラマは、しばし現実を忘れさせてくれた。部屋の外で起きている心の重くなるような出来事には鍵をかけて、どっぷりと夢に浸らせてくれた。言ってしまえば、問題を先送りにしただけかもしれないし、未来のない延命措置なのかもしれないけれど、嫌なことは全部置いておいてただただ楽しくなれる時間が、あの緊張と孤独のコロナ禍を乗り越えるには必要だったと、少し時間が経った今、はっきりと感じています。

そして何よりまったく知らなかったタイドラマというカルチャーにふれてみたことで、新しい世界が開けました。タイのグッズを買いすぎて街中でDHLのトラックを見かけるたびに不意にときめく体になったのも、絶対インストールするはずなかったTikTokを入れたのもタイドラマのせいだし、海外旅行にも現地の文化にもまったく興味のなかった僕に、日本以外に好きな国がひとつできたことは、もはや小さな革命です。

それもこれもあのときタイドラマという沼にえいやっと飛び込んでみたから。どんなことも食わず嫌いせず、まず試してみること。その上で、好きかどうか決めること。これまた当たり前のことですが、年をとれば年をとるほど新しい何かを始めるのが億劫になるなと感じている今だからこそ、とてもいい学びになりました。

ちなみに今は『The Gifted』にどっぷり夢中です。最近仕事が忙しくて視聴がストップしているので、早く最終回までコンプリートしたい…! そして、これからもまだ見ぬタイドラマを探しながら、もっともっと自分の知らない面白いものを貪欲に掘り当てに行きたいと思います。だって、人生は面白いことを見つける旅だから。

それでは、またどこかの沼でお会いしましょう。

サワディーカップ!

ここから先は

0字
「TV Bros. note版」は、月額500円で最新のコンテンツ読み放題。さらに2020年5月以降の過去記事もアーカイブ配信中(※一部記事はアーカイブされない可能性があります)。独自の視点でとらえる特集はもちろん、本誌でおなじみの豪華連載陣のコラムに、テレビ・ラジオ・映画・音楽・アニメ・コミック・書籍……有名無名にかかわらず、数あるカルチャーを勝手な切り口でご紹介!

TV Bros.note版

¥500 / 月 初月無料

新規登録で初月無料!(キャリア決済を除く)】 テレビ雑誌「TV Bros.」の豪華連載陣によるコラムや様々な特集、テレビ、音楽、映画のレビ…

この記事が参加している募集

スキしてみて

TV Bros.note版では毎月40以上のコラム、レビューを更新中!入会初月は無料です。(※キャリア決済は除く)