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【2024年5月号 爆笑問題 連載】『競馬場の草野仁さん』『トワイライトゾーン』天下御免の向こう見ず

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※本記事はTV Bros.6月号岡村和義特集号掲載時のものです


<紙粘土・田中裕二>
競馬場の草野仁さん

38年間続いた人気番組『世界ふしぎ発見!』がついに終了した。草野さん、お疲れさまでした。
たまに競馬場でお見かけする草野さんはサングラスをおかけになっていて、ゴッドファーザー感がすごいです。
また、競馬場で会いましょう。


<文・太田光>
トワイライトゾーン

 政府専用機。
 総理はシートに深く座り、窓の外を眺めていた。一面に広がる雲を抜けると真っ青な空が見えた。
「ふぅ~」っと深く息を吐く。
 今まで曇っていた心の中は、目の前に見える景色のように晴れつつある。
 今回の日米首脳会談には手応えを感じていた。国賓待遇で迎えられ、大統領からは、日米同盟を「かつてないほど強固になった」との言葉を得た。
 訪米の直前まで国内では、「政治とカネ」の問題で、うっ屈した気分だった。
 派閥の政治資金収支報告書に、多くの不記載があることが判明した問題で、「裏金づくり」を疑われ、責任を問われ、追及されていた。
 総理は、自ら政治倫理審査会に出て説明したが、批判の声は止まず、重要幹部を含め、三十九人に処分を下したが、それも「甘い」と言われ、なおかつ自身への処分をしなかったことも批判された。
 確かに、自分が代表を務めていた派閥でも不記載があったが、それに関しては当時の会計担当者の会計知識の誤解、帳簿作成上の記載ミス、事務処理上の疎漏として、元会計担当者が起訴されたことで、自分としての責任の取り方は、再発防止に努め、これから政治資金規正法の改正に全力で取り組む形で示したいとして、その決定については「国民に判断してもらう」とした。それでもブーイングは止まず、ウンザリした気持ちのまま、機上の人となったのだ。
 ……私は、やるべきことはやった。
「本当かニャ?」
 耳のすぐ近くで、ヘンテコリンな声が聞こえた。
 総理は体をビクッとさせ、慌てて周りを見る。
 機内は何の異変もなく静かだ。向こうのシートで妻が眠っている。今回のハードスケジュールで疲れたのだろう。無理もない。
 ……ん? だとしたら今、耳元で聞こえた声は何だったのだろう?
 きっと空耳だ。と総理は自分に言う。
 ……妻があれだけ疲れてるんだ。私に疲労がないわけはない。幻聴の一つも聞こえたとしても不思議ではない。
 それにしても、と総理は思う。
 国内にいてはわからないことがある。今回の旅でつくづく実感した。あの大統領の私に対する賛辞はどうだ。国内では批判ばかりだが、外から見た私への評価は違うのだ。訪米して本当に良かった。私はうまくやっている。これで国民の評判も少しは変わればいいが。
「ケケケ、自分の国と外国とどっちが大事だニャ?」
「うわぁぁ!」
 思わず大声を出した。
 SPが飛んでくる。
「総理! どうしました?」
「今! ここで声が!」
 総理は自分の耳元を指さす。
 その指の先にあるのは窓だ。
 SPはすぐ総理を抱えるようにして立たせ、シートをくまなく点検する。
 しかし、何もあやしいものは見つからない。
 妻も驚いた様子でこちらに来る。
「あなた、どうしたの?」
「今、声が……」
「声?」
 念の為、前後のシートも、天井も、荷物入れも全て点検し何も見つけられなかったSPが言う。
「総理、全て調べましたが、何も異常はないようです。ちなみに聞こえた声というのはどのような……?」
 総理はうっすらと額に汗が滲んでいる。
「……何か、変な笑い声というか……」
「笑い声?」と心配そうに妻が言う。
 SP達も不審そうにこちらを見ている。
「あ……いや、おそらく私の聞き間違えだろう……驚かせてすまない。……もういいんだ」
 普段、決して感情を表に出すことがなく、何を考えているのかわからない所がある総理が、突然大声で叫んだものだから、妻もSP達も困惑しているのがわかる。
「あなた、疲れてるのよ」
「わかってる」
 SPが気を使って言う。
「総理、もしご心配でしたら、席を変えましょうか?」
「ああ、いや、いいんだ」
 たかが席を一つ移動するだけでも、一国の総理ともなれば、どの座席シートからどこへ移るのか。その理由も含め、関係各所へ連絡しなければならない。警備は総理が飛行機のどの位置にいるのかあらかじめ知っておく必要がある。テロ対策だ。
「すまない。妻の言うとおり、少し疲れが出たんだろう。……もう大丈夫だ。戻ってくれ」
「いや、しかし……」
「本当だ。騒ぎ立ててすまなかった。どうか、戻ってくれ。……君も戻りなさい。心配ないから。……あ、そうだ。水を一杯」
「総理、どうぞ」
 騒ぎを聞きつけ駆けつけていたCAがSPの後ろから即座に冷水を出した。
「ありがとう」
 総理は一気に水を飲み干すと少し落ち着いた。
 その様子を見届け、妻もSP達も戻って行った。
 総理は、静かに深呼吸をする。
 ……大声を出すなんて私らしくない。フッ、バカな。声だって? そんなものが聞こえるわけないじゃないか。ここは上空だぞ。不審者が入り込める状態じゃない。
 後方の座席には記者達も乗っている。もし自分のこんな醜態を気づかれたら、何を書かれるかわかったもんじゃない。おそらく裏金問題で動揺していると言われてしまう。
 こんな時は眠ってしまうのが一番だ。
 総理はアイマスクを付け、シートを一杯まで後ろに倒した。
 しばらくして、ウトウトしかけた頃、また耳元で声がした。
「会計責任者のミスだって? ケケケ、笑わせるニャ」
 今度は叫びそうになるのをギリギリ踏みとどまった。
 ……これは空耳だ。
 自分に言い聞かせる。
「ケケケ、お前が知らニャかったわけニャイよニャ? それじゃすまされニャイ。お前だけは」
 ……眠ろうなんて思ったのが間違いだった。夢うつつの状態になるから、余計こんな幻聴が聞こえるんだ。
「幻聴じゃニャイよ」
 声が聞こえてくるのは、窓の方だ。そんな隙間に人が入れるわけはない。総理はアイマスクをしたまま、ゆっくりとシートを前に戻していく。
 ……大丈夫。幻聴。これは幻聴だ。
「ケケケ、経済、経済、経済だニャ」
 幻聴は止まなかった。
 シートは既に真っ直ぐに起こした。
 背中にグッショリと汗をかいているのがわかる。総理は、アイマスクを付けたまま、手探りでおしぼりを探した。汗を拭きたい。
「お前が言ったんだニャ。令和の所得倍増論……お前が自ら言いだした総理としての使命は、この国の経済再生だニャ。その指揮を取るのは誰だニャ? 日銀総裁か? それともお前か?……ケケケ、お前だニャ」
 ……自分の目で確かめるんだ。誰もいるはずがない。見て誰もいないのを確認すれば、この幻聴も止むはずだ。
 総理は震えながらアイマスクに手をかける。

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