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サカナクション山口一郎が標榜する新しい形のエンタテインメントとは

サカナクションが、自身のライブ制作を支えるPAや照明/舞台監督/楽器テクニシャンといった“チーム・サカナクション”への支援を目的に、完全受注生産アイテムとなる9枚組Blu-ray BOX『sakanaction Live Blu-ray Box』を発売する。
【7/14追記】7月13日20時、Blu-ray Boxへのボーナス・ディスク追加収録が発表され、商品内容の変更に伴い、受注期間が8月18日(火)まで延長されました。

このBOXセットが企画された背景をたどっていくと、コロナ禍の自粛期間における、サカナクションおよびフロントマン山口一郎の積極的な行動力と柔軟な発想力、そして文化/エンタテインメントに対する真摯な想いが見えてくる。

そこでBOXセット発売に至るまでの山口の活動を改めて振り返りつつ、現状とアフター・コロナを同時に見つめる彼の思考を探ってみたい。

文/布施雄一郎

ふせ・ゆういちろう●音楽テクニカルライター。テレビブロスではサカナクション特集などで執筆を担当。https://twitter.com/MRYF1968


2020年、サカナクションは1月18日群馬・高崎芸術劇場を皮切りに、全国ツアー《SAKANAQUARIUM 2020 “834.194光”》を開催していた。その真っ最中に世界を襲った、新型コロナウィルスの感染拡大。その状況をふまえ、2月29日に予定されていた金沢公演の延期を発表し、結果、以降すべて公演が延期された(現状は再延期の末、既に一部の公演は中止がアナウンスされている)。

待ちに待ったライブが延期され、日程の都合でチケットを手放さざるを得ないファンも多数いた。そんな悲しみにくれるファンに、少しでも楽しんでもらおうと企画されたのが、公演が予定されていた2月29日に実施された、ライブ映像作品の無料YouTube生配信であった。

この時に選ばれたのが、サカナクション初のライブ映像作品となった2010年新木場STUDIO COAST公演の様子を収めた『SAKANAQUARIUM 2010 (C)』。

ちょうど10年前のライブ映像ということもあり、当時からのファンも、その頃を知らない最近のファンも、「#10年前のサカナクション」というハッシュタグを使い、配信を見ながらSNSで盛り上がると、そこに山口自身も当時を振り返るTweetを投稿。リアルなライブとも、自宅でBlu-ray/DVDを鑑賞するのともひと味違う、新感覚の“オンライン・ライブ体験”によって、沈みがちであったファンの心に光を届ける結果となった。


続く3月11日にも、延期となった広島公演予定日の前日ということで、2回目のYouTube生配信を実施。しかもこの日は“3.11”ということで、サカナクションが9年前、東日本大震災の年に作り上げたアルバム『DocumentaLy』リリース・ツアーのライブ映像作品『SAKANAQUARIUM 2011 DocumentaLy』が配信された。

その際、コロナ禍の状況が悪化の一途をたどる中で山口は、「#夜を乗りこなす」というハッシュタグにより、不安な夜を一緒にのりこなそうとSNSでファンに語りかけた。このフレーズは、サカナクションの楽曲「さよならはエモーション」の終盤に歌われる一節からきている。


さよなら
僕は夜を乗りこなす
ずっと涙こらえ

(「さよならはエモーション」より)


このように、当初は延期となってしまったツアー日程に合わせる形で度々配信を実施していたが、自粛期間が数ヶ月レベルで続く気配が濃厚となった3月下旬より、毎週土曜日21時からの配信とレギュラー化。そして、サカナクションのライブ映像作品全8作のすべてを配信し終えると、今度は、元々のBlu-ray/DVDには収録されていなかった歌詞表示を新たに加えたバージョンで、再度、すべてのライブ映像作品が配信されたのだ。

通常、映像作品を今回のように無償で生配信すると、その作品のビジネス的な価値は下がってしまう。しかし、緊急事態宣言により“STAY HOME”が叫ばれる中でも、音楽ファンにエンタテインメントを届けたいという山口の意志とレーベルの理解により、スタイルや内容を変えながら、現在も毎週土曜日の無償配信が続けられている。


そしてもうひとつ、自粛期間に山口が始めた新しい試みが、Instagramライブによる「深夜対談」だ。これは、Instagramの対話機能を利用したもので、山口がInstagramライブを視聴しているファンをその場で選び、直接に対話を行うというものだ。

当初はゲリラ的に深夜2時、3時といった深い時間に行われることもたびたびあり、まさに夜を乗りこなす者同士の、実にユニークな対話が展開された(コロナの影響で卒業式が行われなかった小学6年生に、山口が卒業祝いとして弾き語りを披露するといったシーンも見受けられた)。

時には一般の視聴者だけでなく、たまたま山口のInstagramライブを見ていた橋本環奈と、急遽対談を行うといったサプライズがあったり、[Alexandros]川上洋平と1時間近く行われたトークには、両バンドのファンが歓喜するという一幕もあった(これがきっかけとなり、2人は5月15日放送『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)にInstagramライブと同時中継という形で出演を果たした)。

また、山口の父である山口保氏と行われた親子対談では、49年前、ノルウェー滞在中の保氏が地元新聞に取材されたことが話題に。するとすぐさま、ファンがノルウェーの新聞社・アレンダル日報に問い合わせをし、なんと当時の記事が見つかっただけでなく、この件に関して、山口と保氏が再び同紙からオンライン取材を受けるという驚きの展開も。

・新たにアレンダル日報に取材された、山口一郎と父・保氏の記事


こうしたさまざまなエピソードが生まれた深夜対談だが、そもそもこのアイデアは、コロナ禍の時代を今後の作品でしっかりと歌にしようとする山口が、そのために今、多くの人が何を考え、どう生きているのかを知ろうとしてスタートさせた創作のための“取材活動”なのだ。

そのため現在では、

「仕事」
視聴者が日々どのような仕事をしているのかを聞く対談

「恋愛」
自粛期間を含む視聴者の恋愛事情を聞く対談

「未知との遭遇」
不思議な経験をした人の体験談を聞く対談

といった3テーマを軸に、おおよそ週に一度のペースで深夜対談が行われている。

こうした一般リスナーとの対談とは別に、エンタメ/音楽産業が危機的状況に陥った4月には、サカナクションの所属事務所社長であり、一般社団法人日本音楽制作者連盟理事長である野村達矢氏と業界の現状を語り合ったり、札幌のライブハウスCOLONYの閉店が報じられると、すぐさま同店長・小野寺司典氏と対談を実現。

また、ライブPA・佐々木幸生氏、照明デザイナー平山和裕氏、舞台監督・増田崇氏といったライブ・エンタテインメントを支えるスタッフや、さらには伝統工芸、建築家など異分野のプロフェッショナルたちとも対談も実現。当事者の生の声を届けるメディアとしても「深夜対談」を機能させている。

ファンにとってはこのうえなく嬉しい、こうしたフリーの“オンライン・エンタメ”も、善意、あるいは使命感だけで続けていては、いずれ限界がくることは明白だ。

そこでサカナクションは、早い段階で特設サイト「NF NICEACTION」を立ち上げ、サカナクション、あるいは山口の活動に対して「いいね!」と思った際に、1口100円(税抜)からの応援ができるというシステムを構築。ここで得られた“NICEACTION”は、チーム・サカナクションやフリー配信を支えるスタッフの支援、ファン・サイトの拡充、ファン向けの新アプリの開発などに使用される予定、と山口は語っている。


山口は、ことあるごとに、このような発言を繰り返している。

「ライブができなくても、ミュージシャンは印税や新作のリリースで収入が得られる。でも本当に大変なのは、コロナ禍で仕事がゼロになってしまった、僕らを支えているスタッフなんです」

“NICEACTION”も、スタッフを守り、支援してくれたファンにより充実したサービスを行うためのものであり、そして、そのためにリリースを決断したのが、冒頭で紹介したBlu-ray BOX『sakanaction Live Blu-ray Box』というわけだ。

新たに発売されるBOXセットは、これまでにリリースされた8つのライブ映像作品に、2010年のドキュメンタリー作品『SAKANAQUARIUM (D)』を加えた9枚組で構成されている。

『SAKANAQUARIUM (D)』は、『SAKANAQUARIUM 2010 (C)』および『SAKANAQUARIUM 2010 (B)』との3枚セット版でのみ発売されたレア・アイテムで、今回が初のBlu-ray化。また、メンバー草刈愛美の産休後、新たなスタートとして開催された全国ツアーのライブ映像作品『SAKANAQUARIUM 2015-2016 "NF Rrecords launch tour" -LIVE at NIPPON BUDOKAN 2015.10.27-』は、当時、生産枚数限定盤として発売されたもので、現在では入手困難な作品となっている。

これらのライブ映像作品には、各タイトルのBlu-ray盤にのみ収録されていた特典映像もそのまま収められるほか、今回のYouTube生配信で大好評だった歌詞表示機能(設定により表示のオン/オフが可能)が新たに搭載。また、プレイパス・サービスにも対応している。

誰もが苦しい生活を送るなか、決して安い価格とは言えないが、ライブBlu-ray1枚が、ほぼCD1枚と同程度の価格で手に入れられると考えれば、お得な買い物とも言えるだろう。なお本作は、ビジネス面を度外視したチーム・サカナクションへの支援を目的とした商品であるため、Blu-rayのみの生産となっている。


『売り上げの一部を「チーム・サカナクション」のスタッフの支援金として使用させていただきます。サカナクションのライブ活動が再開できた際に、変わらない「チーム・サカナクション」で、サカナクションの音楽をお届けするために、ご支援とご協力をいただけますと幸いです。』
(公式オンラインストアより)


 そして山口は、チーム・サカナクションへの支援のみならず、6月に創設されたばかりの、ライブエンタメ従事者支援基金「Music Cross Aid」への支援活動も既にスタートさせている。

後編では、「Music Cross Aid」基金へのドネーションのために6月20日に東京・恵比寿リキッドルームで無観客開催された《NF ONLINE #01 》の様子をレポートしよう。
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