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泣いてたらだめだ、考え続けられなくなるから

 確かに、泣いている間はものが考えられない。よく「泣きたいときは思いっきり泣け」とか言うけど、それは泣いていろんなものを発散させ、気持ちをすっきりさせる効用があるからだ。さもなくば甘い自己憐憫に浸る心地よさがあるからだ。
 僕は、インジャの言葉で、一瞬にしてそのことを悟った。
 そうだ、確かに泣いていたってなんにも考え続けられない。今、僕に必要なのは、気持ちをすっきりさせることじゃない。とにかく、「考え続ける」ことなんだ。

― 梨木香歩『僕は、そして僕たちはどう生きるか』岩波現代文庫 p.231

主人公の僕(コペル)は大切に思っていたユージンを裏切っていたことを
2年以上もの時をおいて知ることになる。

正確に言えば、
あのとき本当は分かっていたのに、自分をごまかし続けていたことを思い知らされることになる。

大義名分の威力に負けて、自ら進んで思考停止スイッチを押し、それが「正しいこと」だと自分に信じ込ませることができる自分。
真実に打ちのめされ、このまま立ち上がりたくないほどの絶望感の中で、それでも、何となくその場に合わせた行動がとれる自分。

そして、僕自身を「裏切り者」「小心者」「卑怯」だと評し、
ユージンの気持ちを考えて涙が止まらなくなる。

 ここまでは、私たちはよくやることなのではないかと思う。
よくやる、というのは、ここまでは“考えたふり”をしているということ。

自身がおこした取りかえしのつかないこと。
二度とやり直しができないこと。
悔やんでも悔やみきれないこと。

それを、
どう反省すればいい
どう償っていけばいい、

それを二度と繰り返さないために、
どういう態度を身につければいい、
どういう対処ができるようになったらいい、

と、考え続ける。
でも、これは本当には考えていない。

果ては、
自分には泣く資格すらないと、自身の至らなさを責め続け、
思考停止したりもする。

(私はどちらもよくやる)

✭✭

 「泣いたら、だめだ。考え続けられなくなるから」というインジャの言葉。

本当に考えるということは
たぶん、
自分が本当に怖がっているものが“何”なのか 
その”何か”に意識の光をあて続けることなんだろう。

✭✭✭

 その身に起こったことを「私はあのとき、死んだの」というインジャ。
コペルもインジャもこの物語の登場人物たちは皆、それぞれに、ずっと考え続けている。

梨木香歩『僕は、そして僕たちはどう生きるか』
吉野源三郎 『君たちはどう生きるか』


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