天の川 (七夕のお話④)



「いけません。」タヌキのお母さんが言いました。

「ぜったいに、だめだ。」タヌキのお父さんも言いました。

「やめたほうがいいよ。」と、タヌキのおばあちゃん。


タヌキのぼうやは、それでもあきらめません。

「行きたい、行きたい、ちょっとだけ!すぐに帰るから、お願い!」


今日は、人間のお祭りがあるのです。タヌキのぼうやは、一度でいいから、そのお祭りに行きたいと思っていたのでした。

「保育園のお友だちも、行くって言ってたよ、七夕の飾りが、いーっぱいなんだって。」タヌキのぼうやは、もう一度、”お願い!”と、お父さんとお母さんを見ました。


「少しだけなら、いいじゃないか、わしがついて行こう。」ずっと話を聞いていた、おじいちゃんタヌキが言いました。

「おじいちゃんが一緒なら。」と、お母さん。

「おじいちゃんは化けるのが上手だから、安心だ。」と、お父さん。

「良かったね、ぼうや。」と、おばあちゃん。


そこで、タヌキのぼうやは、おじいちゃんと一緒に人間に化けて、山のふもとにやって来ました。

空は少しずつ暮れてきて、一番星が輝きはじめました。


今日は、七夕のお祭りです。

会場には、大きな笹に、短冊がたくさん、風に揺れていました。色とりどりの光があふれ、美味しそうな食べ物のお店も、たくさん出ています。

おじいちゃんタヌキは、ふと足を止めて、お祭りのポスターを見ていましたが、タヌキのぼうやに、こう言いました。


「ぼうや、おじいちゃんの昔の知り合いが、もうすぐここで歌うそうだ。おじいちゃんは、この木の下で聴いているから、ぼうやは好きな所を見ておいで。」

「おじいちゃん、人間の知り合いがいるの?」タヌキのぼうやは、目を丸くしました。

「ギターを弾きながら、歌を歌う人だよ。だれもこの人の歌を知らなかった頃、おじいちゃんは、きっと、この人の声を、たくさんの人が好きになるだろう、って、思ったのさ。」

「ふーん、おじいちゃんがいつも歌ってるやつ?」

「そうだよ。」


離れたところにあるステージが明るくなり、ギターの音が聴こえてきました。タヌキのぼうやは、ちょっとだけ、お祭りの飾りを見てこようと、その場を離れました。おじいちゃんのいる場所は、大きな木が目印ですから、迷子になることはありません。


ぼうやは、少しドキドキしながら歩いて行きました。すると、女の子がおさいふを落として、お金が方々に散って、困っていました。

ぼうやは、すぐにお金を拾い集めると、おさいふに入れて、女の子に渡してあげました。

「ありがとう。」女の子は、この男の子がタヌキだなんて、これっぽっちも、気づいていません。

「どういたしまして。」と、ぼうやは、その紙皿を見ておどろきました。

紙皿の上には、タヌキの顔がついている、ホットケーキがのっていたのです。

「かわいいでしょ、この先のお店で売ってるよ。ピザ屋さんなのに、今日はお祭りだから『こだぬきホットケーキ』を作ってるんだって。」女の子が言いました。

ぼうやは、びっくりするやら、うれしいやらで、ただただ、ホットケーキを見ていました。

「お礼に、ひとつあげる。はい、どうぞ。」

女の子にホットケーキをもらって、ぼうやは大喜びです。


女の子は、嬉しそうにホットケーキを食べている男の子を見ながら、言いました。「今から、あっちで、私のママが歌うの。一緒に行かない?」

「君のママ?こんな歌うたう?」ぼうやは、いつもおじいちゃんが歌っているメロディーを、口ずさみました。

「それ、ママの古い歌よ!そのころママは、道路のはじっこで歌ってた、昔の歌だって。」

「おじいちゃんは、”昔の知り合い”だって言ってた。君のママの歌を、誰も知らないときから、好きだったんだって。」


さわさわと、七夕飾りが、夜の風にゆれています。


「あのね、ママが、いつも、何回もする話があってね、むかし、ママが歌っても、だーれも聴いてくれなかった頃に、『いい歌だ』って、言ってくれる人がいたんだって。その人、あなたのおじいちゃんかもしれないね。どこにいるの?」女の子は、あたりを見回しました。

「おじいちゃんは、あの大きな木の下で、君のママの歌を聴いてるよ。」


ふたりがホットケーキを食べているところからは、女の子のママの姿は見えませんが、うたごえが聴こえてきました。それは、山の木々を静かに揺らしながら通り過ぎる、風のようにやわらかな、すきとおった、やさしい声でした。


「ぼく、おじいちゃんを連れてくるよ!」

女の子に約束をして、ぼうやは大きな木の下で待つ、おじいちゃんのところに走っていきました。


ステージがおわり、女の子とお母さんは、大きな木の下にやってきましたが、さっきの男の子と、おじいちゃんの姿は、どこにもありませんでした。

「ママ、ごめんね、でも、本当なんだよ。」女の子は泣きそうです。

「うん、わかってる、きっと、ここで聴いていてくれたんだね。『ありがとう』って、伝わったかなあ。」


空の、たかい、たかい、ところには、天の川が光っていました。


タヌキのぼうやと、おじいちゃんは、山道を帰っていました。「人間に近づいてはいけない」と、おじいちゃんに叱られましたが、今日はホットケーキも食べられたし、ぼうやは大満足でした。

「おじいちゃん、短冊に『ホットケーキを食べる』って書いたら、本当にかなったねえ。2回もホットケーキ食べちゃった!」

「よかったな、いい日だったな。」おじいちゃんも嬉しそうです。


誰の上にも、星が輝き、みんなの願いがしずかに空にとどいていく、そんな夜でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?