おばあさんときつね
あるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。ふたりには子どもはなく、もう長いこと二人きりで暮らしていました。
ふたりは村で人気のお豆腐屋さんで、毎朝お豆腐を作っては、村に売りに行くのでした。おじいさんとおばあさんの作るお豆腐は、いつもかわらない優しいお豆の味がして、村の人たちにとても大切にされていました。
お豆腐屋さんは村のはずれにありました。その先の道には、お地蔵さんが立っていて、さらに進むと、山道になっています。その山に、きつねのお母さんと子どもが暮らしていました。
「ねえ、お母さん、おなかがすいたよ。」子ぎつねは3びきおりますが、毎日おなかをすかせていました。
食べ物が見つからない日、お母さんぎつねは村におりてきて、人間の女の人に化けると、お豆腐屋さんの店先で、
「ごめんください、あの、おからを少し、いただけませんか。」
すると、おばあさんが出てきて、
「これは豆腐をつくったあとの残りかすですから、よその方にもお分けしましたけれど、あとはすてるだけのもの、気にしないでもっていってくださいよ。」そう言って、たくさんのおからを分けてくれるのでした。
ちょうど梅雨の頃、その日も、お母さんぎつねは、おなかをすかせた子ぎつねをつれて山からおりてくると、三匹の子どもたちに言いました。
「いいかい、母さんは人間に化けて、お豆腐屋さんにいってくるから、このあじさいの茂みにかくれておいで。出てきちゃあいけないよ。」
「うん、わかったよ。」
「お豆腐屋さんのおから、早くべたいなあ。」
「いい子で待ってるよ、大丈夫だよ。」
梅雨の晴れ間でずいぶんと暑い日でした。お母さんぎつねはお豆腐屋さんの店先まで来ると、
「ごめんください、」
と言って、バタリ、たおれてしまいました。お母さんぎつねは、子ぎつねに食べさせることに一生懸命で、自分はもういくにちも、なにも食べていなかったのです。
おばあさんが店の中から出てくると、女の人がたおれているではありませんか、おばあさんはおどろいて、おじいさんを呼びました。
ふたりは女の人を部屋の中に入れて寝かせてやりました。
目が覚めたお母さんぎつねは驚いて逃げ出そうとしましたが、体が弱って動けません。そこへ、おばあさんがおかゆを作ってきてくれました。
「さあさ、お腹がいっぱいになれば、元気に動けるようになりますよ、どうぞ、お食べなさい。」おばあさんが言いました。
ほうわりと湯気をたてるおかゆの、美味しそうなこと。お母さんぎつねは夢中になって食べました。おばあさんはそれをにこにこと見ていました。
「そうとうお腹がすいていたんだろう、しばらく元気になるまで、家にいたらいい。」おじいさんが、そう言いました。
おかゆや、ふたりがつくるお豆腐を食べて、お母さんぎつねはみるみる元気になり、毎日おじいさんとおばあさんのお手伝いをするようになりました。
早起きをして、お豆腐作りの準備を手伝ったり、使い終わった道具をきれいに洗ったりしましたので、おじいさんとおばあさんは、とても喜びました。
けれども、夕方になるとおばあさんに、「おばあさん、このおからは捨てるものですか? いただいてもよいですか?」
そんなふうに聞くと、おからを持ってどこかへ出かけてゆくのです。
「はて、いったいどこに行くのだろう。」
おばあさんは不思議に思って、後をつけてみると、お地蔵さんの横のあじさいの茂みで立ち止まり、ふっと姿が消えてしまいました。
そうっとのぞき込んで見て、おばあさんは驚きました。
子ぎつねが三匹、おからを美味しそうに食べているではありませんか。そしてそれを、一匹の母ぎつねが見守ってるのでした。
「あれは…そうか、毎日、ここへ、おからをはこんでいたのか。子どもたちに食べさせるために…」
その時、お母さんぎつねがおばあさんに気づいて、顔をあげました。そして、じっとおばあさんを見つめました。
「そんなに気にしなさんな、元気になってよかったよ、またいつでもおからをもらいにいらっしゃい、待ってるよ。」
おばあさんの声に、お母さんぎつねは、深く頭を下げました。
それから、あの女の人は姿をあらわさなくなりましたが、おばあさんはお地蔵さんをお参りに行くたびに、あじさいの茂みの中に、おからを入れておいてやるようになりました。次の日になると、おからはきれいになくなっており、かわりに、やまももや、きいちご、タケノコなんかが置いてあるのでした。
おばあさんは、毎日お地蔵さんに手を合わせ、あのお母さんぎつねと、子ぎつねたちの無事を、お祈りするのでした。
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