見出し画像

【詩の森】638 なぜのない国

なぜのない国
 
その国の大人たちに
なぜは必要なかったので
子どもたちも
なぜをもつことを
禁じられていました
 
その国の教育の目的は
従順な国民をつくること
なぜをもつ者は
生意気だ非国民だといわれ
いじめられるのです
 
その国を支配していたのは
権威主義と隠れた恐怖でした
その証拠にその国は
終に死刑を手放すことは
なかったのです
 
科学のなぜは許されるのに
社会の仕組みとなると
先生は途端に口を噤んでしまいます
なぜテストで順位をつけるのか
なぜ学校に規則があるのか
 
その国に学校がつくられて
すでに150年が経っていました
しかし先生と生徒が向き合う形は
少しも変わりません
先生が絶対者であることも―――
 
その国では
中立でなければならないという理由から
先生は政治の話を殆どしませんでした
今実際に起きていることを
一切教えなかったのです
 
ですから大半の人が
政治は遠い天上の世界のことだと
おぼろげに考えていました
自分たちで社会を変えられるとは
夢にも思わなかったのです
 
しかし社会をデザインしているのは
まぎれもなく政治家たちでした
法律はマスタープランなのです
それにその政治家を選んでいるのは
なぜのない国の大人たちだったのです
 
なぜのない国の人々は
すっかり忘れ果てていたのです
ほんとうは自分たちの手で
未来を決めていいことを
社会をデザインできることを―――
 
それから更に150年が過ぎました
なぜのない国は世界から
すっかり忘れられてしまいました
なぜならなぜこそは知恵の源
学びの原動力だったからです
 
なぜのない国では
今も昔ながらの授業が続いています
先生は絶対者で机の並びも昔のまま
もうそんな国は
世界中どこにもないのに―――
 
2024.5.18

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?