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エレベーター(散文)
ホテルマン「だからお前何年やってんだよ?!」
あるビジネスホテルの一角に怒号が響き渡っている。怒号の後の一瞬の静けさ。怒られている相手の声だろうか、ただひたすらに謝り続ける声が聞こえる。
ホテルマン「おい? 何がしたいんだよお前は?!」
エレベーター「すいませんすいません……」
ホテルマン「お前は今七階から降ってるわけだから先に五階で止まって、その後三階に行けば良いわけだろ? 何で先に三階に行ってんだよ?」
エレベーター「すいません……」
ホテルマン「なあ?! 俺なんか変なこと言ってるか? お前どう思う? 俺なんか変なこと言っとるか? ああ?」
エレベーター「言ってないです……」
ホテルマン「じゃあ何で先に三階に行ったんだよ? え? 何でかって聞いてんの」
エレベーター「……その時はーーその……三階から止まった方が、その……早いと思いまして……」
ホテルマン「んで三階から止まったわけだ? お前はそれが早いと思ったわけだな?」
エレベーター「はい……すいません……」
ホテルマン「どう考えても降りてるわけだから五階から止まった方が早いよな 考えなくてもわかるわな~~?」
エレベーター「そうです……」
ホテルマン「お前あれだろ、テンパッてたんだろ。今はお盆で忙しいからな。でもよお、お前は前からこう言うことが多すぎるな? ん? もうこれで何回目だ? 忙しくない時でもミスってるだろう」
ホテルマンのねちっこい詰め方にエレベーターの声は震えてきてしまった。
エレベーター「はい……」
ホテルマン「何でだと思う?」
エレベーター「え……?」
ホテルマン「お前がウチに来てから見てるけど他のエレベーターと比べてミスが多いよな? 何でいつもテンパッてるんだと思う? 何でいつも慌ててしまうんだ?」
かわいそうなエレベーター、気が付けば目は涙ぐみ鼻からは鼻水を垂らしている。
エレベーター「アウ? ううぅぅ……グヒィ……(泣) っあ、グフ、わがりまぜん……」
ホテルマン「……わかんないってお前……はあ。普通なあ自分が苦手なところがあったらそれをカバーするために行動するもんだろう。慌てちゃうなら慌てないように段取りのメモをいつでも見れるようにするとか、工夫できるところがあるんじゃないのか?」
エレベーター「……ぐふ、あい、はい……」
ホテルマン「お前最初の頃メモ取ったか? 仕事終わってから何やってんの? 仕事がうまくできないなら練習したり工夫を考える時間はあるだろう? 努力してんのか?」
エレベーター「ァ、アアァ、メモは、取りま、フーーフーー取りまじたあ」
ホテルマン「仕事の後はどうしてんだあ!!」
エレベーター「ーーっ……ぅーー」
ホテルマン「……泣くなって……まあ一回休め。もしかしたらお前エレベーター向いてねえんじゃねえか? とりあえず休憩しろ」
そう言い残すとホテルマンは仕事をしに行ってしまった。辺りは静寂、廊下や人がいる客室からは誰の声も聞こえてこない。エレベーターはゆっくりその場から離れるように歩いた、トボトボとふらふらしながら歩いた。無意識のうちに廊下の一番奥の薄暗いところに来ていた。そして無言で立ち尽くし、しばらくのあいだ壁の模様をギョッと開いた目で見つめた。それから床に倒れるように座り込み、少しうなだれてから天井から吊るされた眩しい避難案内標識(緑のやつ)を少し見てつぶやいた。
「わかってんだよぉ……」
顔は無表情のままエレベーターは目から涙を流した。
「わかってんだよ……わかってんだよ」
駅前ならどこにでもあるようなビジネスホテル、客は出張の人がメインであり宿泊に慣れている人が多いのでエレベーターの仕事はそんなに難しくもない、同僚の他のエレベーターでミスや怒られている人なんてほとんど見たことがない。それでも彼はミスを犯した。何度も何度もミスを犯した、そして今日も怒られたのである。
薄暗い廊下の一番奥、埃っぽく誰もいないその場所でエレベーターは声を必死に押し殺し、泣いた。扉を震わせ大泣きしていた。
「フグっつうう、フガ! ブフーーブフーーぅぁいーーわっかってるんだよぉ、わがってるんだぉぉ、俺だって……俺だってッエレベーター向いてないってわかんだよぉ。でも俺エレベーターじゃん、俺エレベーターなのぉぉ……ウヒ、わかってるからさあ、わかってるからさぁ、エレベーター向いてないとか言うなよおお。そんなの、そんなのつらいよぉ」
大事な休憩時間を薄暗い廊下で過ごしてしまったエレベーター、休憩が終わり彼は今から仕事に向かう。埃っぽいにおいを漂わせ今日もエレベーターは動く。腐るないつか花咲くその日まで。ファイト~~。
了
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