2020年 F1 オーストリアGP 「変わらなかったF1の本質」

世界を揺さぶった新型コロナウイルスと、人種差別問題。
2020年のF1もそれは世界の大部分と同じで、しっかりと影響をうけていた。
あらゆる経済、テクノロジー、人、モノ、の集合体がF1と言うならばそれはその通り。
もはやモータースポーツは裕福な貴族の遊びでは無く、世界のシステムに組み込まれた娯楽の一つに過ぎないのである。
なんだかんだ当初の予定から3か月以上も遅れ、選手権のカレンダーは開幕の段階ではまだ不透明。
トータルのイベント数がどれほどになるのかさえ、「その時」が来てみないとわからないという手探り状態で、グランプリをリブートさせた。
ウイルスは人を殺すが、これ以上の停滞も人を殺す。
殺されないギリギリの段階で生き延びる術を探さなくてはならない。
あらゆる矛盾を飲み込みF1を蘇生させた全関係者へ、まずは感謝をすることからこのテクストをスタートさせたい。
本当にありがとう。

開幕戦はオーストリア。
いささか勝手が違うが、金曜日のフリー走行を見た瞬間に、エキゾーストノートを聞いた瞬間に、メカニックがサムアップした瞬間に、感覚は一気にグランプリモードに変わった。
過去数十年見てきたF1は、3か月程度のブランクでは錆びつかなかった。
ニューノーマルなF1も結局のところF1であり、モータースポーツだ。
グリッドに綺麗なお姉さんがいなくても、ファンが不在でも、パドックに場違いなセレブリティが手持ち無沙汰にブラついていなくとも、それはF1の世界だった。
メカニックがマシンを用意して、すべてを託されたドライバーがギアをエンゲージし、トルクをかけて、Gを受けて走る。
それさえあればF1は機能するし、我々はF1を見たという満足感に浸ることができる。

正直に言うと、金曜フリー走行については順位なんてどうでもよかった。
マシンがコース上を加速して、ブレーキングして、旋回していく。それを見ることが出来た。その事実に感動していた。
長いオフの間にバーチャルのコンペティションも何度も見た。それはそれで面白かったが、実際に空気を切り裂いてマシンが加速していく姿に、パワーユニットが苦しそうに高回転まで回るその音に、こんなリアリティは無かった。
リアルであるということ。それは生の実感である。
生きているということは良いことばかりではない。摩擦も歪みも苦しみもある。
だがそれが無いなら生きているとは言えない。どんな生き方にも戦いはつきものだ。加速して減速して旋回してまた加速していくマシンはその象徴だった。
レーシングの神様は我々に少しの試練を与えたが、とびっきりの救済もご用意してくださった。
毎年、隔週ペースで20戦前後のグランプリを見て短いオフを経て新シーズンが始まる。
このルーティンに我々は少し疲れてしまっていたのかもしれない。
久しぶりに見るF1は輝いて見えた。そしてそれは我々が知っているF1そのままの姿でいてくれたのだ。

そう、そのままの姿で。
結局金曜のフリー走行を終えた段階でメルセデスは圧倒的だった。そのヒエラルキーにはいささかの変化も無かったのである。
挙句、彼らは自動車のインターフェイス革命ともいえるDASという新デバイスすら用意していた。
追う立場であるフェラーリは完全に速さがなく、レッドブルも精彩を欠いた。

予選が終わってみて、昨年のタイムを更新できたのはトップ3ではメルセデスのみ。
フェラーリにいたっては0.9秒以上遅くなっているという事実。ヴェッテルにいたってはQ2敗退と新車のポテンシャルについては不安が残る内容。
巷で言われているPU疑惑についてQ.E.Dとなってしまった。
メルセデスは圧巻のスピードでボッタス・ハミルトンの1-2独占。絶対的スピードで王者の貫禄を見せつける。
結果的にハミルトンが黄旗無視のペナルティでひと悶着ありグリッド降格。裁定の一貫性の無さについても昨年のカナダGPから、「そのままの姿」である。

決勝は荒れに荒れた。
序盤はメルセデスとレッドブルが好バトルを展開したもののヴェッテルがすぐにリタイア。
ハミルトンはすぐにポジションを回復させ、メルセデスは1-2体制で逃げ切りを図るが後方ではドタバタが続く。
まるで20年ほど前の開幕戦といった具合に次から次へと各マシンに不具合が起きる。
それは天下のメルセデスユニットも同様で、メルセデスPUユーザーのストロールのマシンがセンサーエラーでリタイア。
虎視眈々と逆襲を狙ってたハミルトン、逃げ切ってまずは先制しておきたいボッタスの両名にも『これ以上とばすな』と指示がでる。
レッドブルの命運を託されたアルボンはセーフティカーのタイミングでタイアを交換。のるかそるかのギャンブルアタックプログラムでハミルトン、ボッタスを狙うが、ハミルトンと接触し後退。
結局ハミルトンには5秒のペナルティが出てしまい、粘り強い走りのフェラーリ・ルクレールが2位。5秒のギャップを懸命の走りで奪い取ったマクラーレン・ノリスが3位とコンフィージョンなポディウムとなった。

ドラマチックな展開、終盤まで(ノリスが最終コーナーを立ち上がるまで)展開が読めないことから、開幕戦の満足感は非常に高かったと言えよう。
久しぶり「本物」のレーシングを堪能したという充足感がそこにはあった。
フェラーリが苦戦しながらも2位。そして復調しつつあるマクラーレンが3位と、役者が渋い演技をしたことも大きな要因と言える。
いささかさみしいニューノーマルな表彰式だったとは言え、その場にいたドライバーの笑顔を見るとただの無責任は外野である我々(=ファン)もなんだか嬉しくなってしまう。
ああ、よかった。日常にレースが戻ってきた。
これから先のことはちとわからんが、最低で最高な週末が僕たちの日常に戻ってきた。
そんな満足感をもってテレビを消して、ベッドに入る。

だが、F1は簡単に僕らを寝かしてはくれない。
F1のその本質は200余日ぶりのグランプリでもなんら変化がなかった。
良い意味でも悪い意味でも。

ハミルトンがアルボンを弾き飛ばした一件。
案の定、世論は紛糾した。昨年のブラジルに続き二度目の衝突ということもありハミルトンのトラック上でのマナーのあり方は確かに議論の対象としてふさわしいものであろう。
ハミルトンに課された5秒というペナルティの量が適切か否かも含めてグランプリが終わってからもSNS上では活発な議論が展開された。
こういう口プロレスが発生すること、これこそがF1がシーズンインした証と言ってしまえばそれまでだが、この問題は昨年以來、いやここ数年F1が抱える構造的問題が根深くある。

スタート前、ハミルトンの呼びかけでドライバー達は人種差別問題に対して抗議する表明を行った。
ハミルトンが呼びかけを行い今回のこのようなセレモニーに至ったわけだが、ハミルトンは「Black Lives Matter」その他のドライバーは「End Racism」をメッセージしたTシャツを着るなど、そのメッセージの方向性に若干のブレが見られた。

これは勇気のいる発言となるが、ハミルトンは人種差別問題に口を出す権利は無いと思っている。
彼は過去に逆差別を使用して自身が有利になるように工作したことがある。
またそれを咎められた際には「つまらないジョークだった」とまるで反省を見せずにあくまでもジョークだったと言い張った。
そのような人物が訴える反人種差別運動のどこを信用すれば良いのか。
彼にはまず過去の行いを総括し反省することが求められる。世界に向けて反人種差別を訴えるのはそれからでも遅くは無い。

「End Racism」という全世界的な反差別を訴えるドライバーに対してハミルトンの主張はあくまでも黒人限定だ。
ハミルトンは黒人である自身の価値をしっかりと理解している。
昨年のカナダ、あの騒動への裁定は適切だったか。
昨年のブラジル、あの接触に対するペナルティの軽さは再発を防止するものだったか。
はっきり言ってスチュワードは、萎縮している。
誰も不当に差別主義者のレッテルは貼られたく無い。それは現代社会において死の宣告に等しい。
F1は過去に逆差別を使用した際にハミルトンにきつく指導をすべきだった。
それは紳士的な行為では無い。そこには正義は無いと。
それを何処か遠慮してなあなあで問題を先送りにしていたことが、ここ数年のスチュワードのジャッジの歪みに直結している。

200日以上の空白期間ではこの問題はクリアにならなかった。
より一層問題は暗く重く拡大してしてしまった。
トラック上でハミルトンに仕掛けるリスクはより高くなった。そこに純粋なレーシングの楽しみ、快感はあるだろうか。
観客は他のドライバーがハミルトンに仕掛けるたびに、その夜のSNSの炎上を想起する。
オーバテイクというモータースポーツにおける最大のスペクタクルはスポイルされ続けることになる。

今回ドライバー達はハミルトンのポリティカルコネクトプレッシャーに対して、各自見事な対応を行った。
センシティブな話題だったが、ここのバランス感は絶妙だったと思う。
人種差別問題には共闘する姿勢を見せつつ、ハミルトンの政治的ショーにはしっかりと距離を置く対応はまさに今の世界に求められている、事態への冷静な対処の見本と言える。

たった一人、独自のメッセージを記したTシャツを着たハミルトン。
絶対的なテクニックと強さを持ったドライバーであることはもはや誰もが認めるところだ。
だが彼が先鋭的な政治ショーにこれ以上手を染めるというなら、そのいく着く先は誰も望まない地獄のような世界だ。
その時ファンは彼のTシャツのメッセージを見ることは出来ない。
それはしょせん、裸の王様なのだから。

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