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浮き世の憂いを忘れるために蓮を食べる

1980年代,ニューウェーブが流行していた時代。
The Lotus Eatersの「The First Picture of You」が好きだった。
ちょっぴり内向的で恥ずかしがり屋なイメージの曲だった。
そもそも私が好きな曲ってのはメジャー路線から外れているので、ロータスは結局大して売れず解散したようだが、甘酸っぱい青春の想い出のこの曲だけはほんの一瞬チャートを駆け上がったように思う。
バンド名になったのはギリシャ神話から来ていて、長い物語の中でも「浮世の憂さを忘れるために蓮を食べる人たち」というくだりは私の中でも印象にある。

もともとギリシャ神話が好きだ。とても不思議で面白い内容だと思っている。
だが、神話は細かな文章で物語を語っておらず、そこが少しだけもの足りない。なので肉付けしてみました。



「ロータスイーターズ」
オデッセウスの漂流が始まってすぐのこと、船はロードパゴイ島に着きました。オデッセウスはボレーロス、プリモス、エウリュスという三人の家来を上陸させ島の様子を探らせることにしました。
ロードパゴイの島では王が三人を招くとごちそうと踊りで歓待してくれました。三人は感謝し直ぐにでも主人に報告しようとしましたが、島の人々の幸せそうな顔を見て不思議な気持ちになりました。
どうしてこの島では誰もが幸せでいるのだろう?誰一人悲しみを背負った人がいないのはなぜなのだろうか?
島の人々の姿をみて自分達の忘れがたい悲しみを想うのでした。三人の瞳が悲しみに沈んでいるのを見て王は理由を問いました。
ボレーロスには長く美しい黄金の髪を持つ許嫁リリスがいました。
ある時谷間に咲くすみれやひなげしを、リリスの為に花束にして贈りました。喜んだリリスは花束に顔を近づけ香りを嗅いでみました。しかし花束の中にいた蜂にリリスは刺されてしまいました。それは毒草のことをよく知る魔法使いメディアの毒蜂だったのでリリスはもがき苦しんで死んでしまいました。
それを見たボレーロスはリリスの苦しむさまを忘れることが出来ず花束を贈ったことを悔いているのでした。
プリモスにはりんごの様な赤いほほをもつ幼子イオレがいました。
ヘリコン山の牧場にイオレを連れていった時、うららかな日射しと心地よい風に、プリモスはうたた寝をしました。この牧場には美しい泉があり、水を飲みに天馬ペガソスが降りてきます。ペガソスは小さなイオレを気にいったのかその背に乗せてやると羽を広げそのまま飛び去ってしまいました。
ペガソスの羽音と自分を呼ぶ幼子の声を聞き、目を覚ましたプリモスでしたが、そばに白く美しい羽を見つけることしかできませんでした。
それからのプリモスはイオレと同じような年の子供をみると無駄だと分かっていても探すことを諦められずにいます。
エウリュスには同じ顔をした双子の弟がいました。ふたりは両親を亡くし苦労して育ちました。
しかしある時親切な年寄り夫婦に引き取られました。夫婦は貧乏でしたがふたりを大切に育てました。そんな夫婦にエウリュスは恩返し出来るよう協力し、弟は反抗的な態度をとりました。
エウリュスのことを夫婦は頼りにするようになり、兄の幸せそうな様子を見て安心した弟は、ある日黙って家から出て行きました。
エウリュスは弟が自分の為にわざと反抗的だったのだと悟り、鏡を見るたび弟に詫びの言葉を唱えているのでした。
彼らの話を聞き、気の毒に思った王は、蓮の実を持って来させるとこう言いました。
思い出とはせず、忘れてしまった方が幸せなこともあります。
私達は『今』だけを生きているのですが、『過去』と繋がることで『未来』もあるかに思えてしまう。
辛い過去に繋がる辛い今を過ごし、辛い未来を想うなら、思い出など必要でしょうか。過去の憂いを忘れ『今』だけを生きることが出来るならば、悲しみに沈むことなどないのです。
このハスの実を食べれば、光の射さない深海のごとき悩みはなくなることでしょう」
三人はそれを聞くとこの辛さが軽くなるならと蓮の実を食べました。今まで食べたことがない甘美な味に三人はうっとりとしました。そして突然深い眠りが訪れその場に倒れてしまいました。起き上った三人は自分達がどこから来たかも忘れていました。しかしこの幸せそうな島の人々の顔を見ていると自分もずっとこの地にいたいと思いました。そうしてなぜだか心が軽やかになっているのが久しぶりな気がしました。
さてオデッセウスはいつまで待っても家来が戻らないので、自ら出掛けることにしました。家来を見つけると三人は自分のことをすっかり忘れていました。そうして不思議なハスの実を食べると深く眠ってしまうので、この麻薬の様な食べ物を取り上げ無理やり船まで連れて帰ると船のこしかけに三人を縛り付け急いで島を逃げ出しました。

果たして蓮の実を食べて目の前の憂いを忘れ続けることと、苦しみながらも何かしらの答えを自分で探すのと、人生とはどちらが本当は幸福に近いのか?そんなことをこの話を読んで感じていました。


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