見出し画像

喫茶店Aの記録

喫茶店に来ている。アンティークな雰囲気に、わたしの決してスタイリッシュとは言えないパソコンが良く融け込んでいる。歩けば床から、濃ゆく、深い音が響く。日常とは少し離れた場所にわたしはいるようだ。

隣の席にふたり、来た。ふたりは上司と部下の関係にあるらしい。
程よく席の詰まった店内だと思う。だが別の席が空いた時そちらに移動してしまった。離れられるなら離れたいのだろう。ふたりの表情は硬い。

向かいの席には、男女ふたり、向かい合って座っている。女性はすでに食べ終わっているようだ。男性はお皿に残ったご飯を掻き込んでいる。女性の話にも、食べるペースにも、同時に気を使っている。

ほの暗い店内だ。橙の明かりが、焦げ茶にきれいに塗装された机、いすを照らしている。トーンが統一された店内に、客席が浮き出ているようだ。

ハンバーグランチを頼んだ。深く青いお皿に、鮮やかなサラダと、ナポリタンがのっている。主役のデミグラスハンバーグは端の方に佇み、周りとは対照的な色彩をまとっている。その色が、お皿の上を引き締め、バランスをとっていた。主役たり得るゆえんだろう。

ごはんと、お味噌汁もついていた。ごはんは標準サイズのお椀に丸く、こんもりと盛られている。形は作られているのに、柔らかかった。お味噌汁の中の大根は、細長く丁寧に切られていた。

向かいの席の男性は無事食べ終わったようだ。食事はおいしかっただろうか。さっきよりは落ち着きがあるものの、上がったかかとはまだ恐れを感じているように見える。女性はずっと話し続けているが、ゆったりとしたテンポだ。その落ち着きの下にどんな気持ちを隠しているのか。

来てすぐに席を移動した上司と部下もよく話すようになっている。上司が、部下の学生時代を、間をおきつつ、聞いている。部下もたくさん話すわけではなく、会話が弾んでいるわけでもないが、警戒の面持ちはない。

ちぐはぐな男女はふたり、席を立った。上司と部下のふたりも席を立った。わたしは見上げて顔を見た。上司は、目じりに4本、深いしわを刻み、微笑んでいた。

喫茶店にいると、終始おだやかに声が聞こえてくる。それぞれのテーブルで、今日も、世界が作られている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?