第1232回 2021/12/14〜20の歴史ニュース
1、二週連続気候のはなし
ついにミヤギでもわりとしっかりとした積雪があり、
それが一度とけてまた凍り、路面はツルツルになりました。
駅までのわずかな道のりで何度滑って転びそうになったことか。
北国の人間はこんな路面でも歩き方を知っているのだ!と意地で耐えましたけども。
さて、今回もヘッドラインの後ろのRはコメントをつけてリツイートした際にいただいた、いいねとリツイートの件数、Cはコメントがついたことを示しています。
ちなみに前回はこちら。
2、ニュースヘッドライン
①鳥取県米子市で江戸初期の懸魚を市民が寄贈 R5
②京都市の旧家から大石内蔵助らの書状を貼った屏風が見つかる R10
③吉良義央の地元、愛知県西尾市で法要 R29 C
④沖縄県の首里城扁額についての新資料発見 R10
⑤陝西省西安市の「江村大墓」が前漢の文帝(在位前180~前157)の「覇陵」だと発表 R4
⑥世界遺産に登録された北海道伊達市と洞爺湖町の縄文関連施設で来場者が増加 R19
⑦中国北京市の瑠璃河遺跡で銘文のある銅簋が出土 R4
⑧茨城県水戸市の弘道館で吉田松陰の漢詩文を特別公開 R3
⑨中国四川省の三星堆遺跡と金沙遺跡が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産登録申請を計画 R7
3、本日は趣向を変えて
いかがだったでしょうか。
皆様の気になる話題もありましたでしょうか。
さて上記ニュースとは全く別の話題で恐縮ですが
ツイッターで公開している質問箱にこんなのが来ました。
前にも似たような質問に答えたことがありましたが、
気が向いたのでまたやってみました。
「偉人」の定義が難しいですし、「宮城の」といっても出身者に限るのか、それよりも「宮城の歴史に影響を及ぼした大きさ」で捉えるのか、という問題もあります。
まず誰しもが思い浮かべるのが仙台藩祖伊達政宗。
宮城の人は「ずんだ餅」でも「七夕まつり」でもなんでもかんでも
始めたのは伊達政宗だ、と信じて憚らないので、影響力は現在でも絶大です。
おしゃれで大胆なイメージがあるからか、「伊達」とか「政宗」とか彼の兜の前立は宮城中に溢れています。
でも彼は現在の山形県にある米沢城で育っていますし、伊達氏の苗字の地は福島県です。
その次、というと松尾芭蕉は鉄板です。
ベストセラーになった『おくのほそ道』の影響は大きく、文化人がこぞって彼の道のりをなぞってみちのくを旅しました。
弟子たちがやたらめったら顕彰碑を立てるなど各地に足跡が残っています。
しかし彼も旅人。宮城を訪れたのはわずかに一度。
源義家も義経も伝承を残していますが、それを凌駕するのは坂上田村麻呂。
平安時代の東北に住む「蝦夷」と呼ばれた人々との戦争を指揮した人物ですが、
彼が戦勝を祈願したり、敵の(ときには鬼とされる)亡骸を葬った場所は地域を代表する寺社として各地に残されています。
もちろん彼は京都の貴族。
そろそろ仙台出身者が欲しいな、ということで新撰組で名を馳せた山南敬助。
戊辰戦争が始まる前に主導権争いで切腹させられているので、実は東北で戦ってもいないのですが、わずかに残る文献資料に「元仙台藩士」と書かれていることが多いので。
後世に与えた影響、という意味では各種コンテンツに登場している、というくらいではいかがでしょう。
NHK大河ドラマ「新撰組!」で堺雅人が演じていたのはとても印象的なキャラクターでしたし、
かの悪名高いスマフォゲームのFGOでも非操作キャラながら、重要な役どころで登場しています。
期待を込めて人数に入れています。
そしてこの紹介の仕方ではよりマニアックになっていくことが許されるので
林子平をあげていました。
もともと幕臣の家に生まれますが、姉が仙台藩主伊達吉村の側室になったのが縁で仙台藩士となったようです。
「寛政の三奇人」と呼ばれるほど奇抜な人物で
さまざまなエピソードを残していますが
よく知られているのはわずかな情報の中でも外国勢力の危機的な影響力を察知し、『海国兵談』という書物に軍備の必要性を説いて啓蒙を図ったこと。
内容が政権批判色が強かったため、一度は発禁処分を受けますが、のちに内容の妥当性が認められる、という次第です。
自説を貫き、のちに評価される、というのはやっぱりかっこいいです。
地元では知る人ぞ知る扱いですが、彼の墓がある場所は「子平町」という住所になっているのです。
こういう企画は個人のエゴがだせるのでやっぱり楽しいですね。
それにしても生粋のミヤギ人は…
本日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
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