第733回 なんで発掘で建物の用途までわかるのか
1、職場にご恵送シリーズ58
この季節は各地から発掘調査報告書が送られてきます。
今回ご紹介するのはこちら。
宮城県岩沼市文化財調査報告書第23集
『熊野遺跡第1・2次調査報告書』
民間開発(某神社の駐車場整備)に伴う発掘調査でちょっと気になるものが見つかったようです。
2、何がみつかったのか
この遺跡は高舘丘陵から派生した低い丘陵の頂部から裾部にかけて立地しています。
今回ご紹介する中世の周囲の景観としましては
市全体として遺跡登録されている中世のものは16カ所。
鵜ヶ崎城跡では中世後半の陶磁器が出土していますし、
下野郷館跡では鎌倉時代後半から屋敷地が形成されていたと推定されています。
岩蔵寺遺跡では板碑や集石遺構が見つかり、中ノ原遺跡では鎌倉時代後半の墓域が確認されています。
そんな中で、今回注目するのは倉庫跡。
平面形は3.9m×2.32mの長方形。
柱があったと考えられる穴は5個確認されています。
壁際には溝が周り、底面に焼けているところが二か所ありました。
出土遺物は多くありませんが、青磁の碗が出土しています。
これだけ見てなんの遺構かわかりますか?
3、似た遺構はどこにあるのか
報告書に記載されている類例を発掘調査報告書のデータベースである「全国遺跡総覧」で当たってみました。
まずは栗原市の観音沢遺跡。
ここは宮城県内の中世の遺跡でも注目されているところで、
数多くの建物跡が見つかっています。
一つ紹介すると
第34号竪穴遺構は3.3m×2.9mの規模を持つ方形の遺構で、南辺に段があります。残っている壁の高さが1.8mもあることからも倉庫らしさが伺えます。
四隅に丸木柱が2本づつ、計8本が立てられ、横木で連結されている南辺には厚い壁板が立てられているという残りの良さも注目です。
続いては仙台市富沢遺跡77次調査で見つかった遺構。
1号竪穴(SI1)と名付けられたこの遺構の規模は370㎝×270㎝。
検出面からの深さは87㎝ほどですが、柱穴と思われる穴が遺構の外側に隣接しているのが特徴です。
荷札ではないかと考えられている「三斗三升」と墨書された木簡や
烏帽子の痕跡、常滑窯産の甕の破片が出土しており、
倉庫っぽさがあります。
さらに仙台市山口遺跡第10次調査では
円形に近い方形で規模は3.5m×3.3m、深さは50㎝程度の遺構が見つかっています。
埋まった土をみると草が集積した層があったり、
イネ由来の灰がたまった層もありました。
さらに土を分析するとたくさんの種(モモ・ウリ・ウメ・ヒョウタン)が含まれていることがわかりました。
ますます倉庫っぽいですね。
4、発掘調査をする意味
いかがだったでしょうか。
考古学というのは蓄積の学問で、それ単独ではなんの遺構か分からないものでも
似た例を探し求めると、より使用時の痕跡を残したものがあったりして
用途を推定できたりします。
発掘調査を行うことは、地中に眠る遺跡を破壊してしまうことでもありますが
後世の歴史研究に活かせる資料がまた一つうまれたということでもあります。
この貴重な成果を専門家だけのものに留めておくのではなく、
より広く公開できるようにする、それが我々の仕事だと思っております。
本日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
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