第812回 誰が言ったか 大隠は市に隠る
1、漢詩と詩人その19
『文選』に収録されている作品と詩人を紹介していきます。
ちなみに前回はこちら
2、経歴は一切謎
今回ご紹介するのは王康琚。
生没年も不明で、晋代の人、ということ以外は経歴も不明という人物です。
逆にそれでも作った詩が残っているということは実力があったということでしょうか。
それとも誰か別の高名な詩人の別名だったりするのでしょうか。
詠み込まれる歌題も特徴的で
これまで紹介した漢詩では世俗から離れて、隠遁生活をするのが理想とされてきました。
それに反して、世俗に戻ってきなさい、と促すものなのです。
本書によれば「反招隠」の詩はこの一つしかないそうです。
3、反招隠詩
小隠は陵藪に隠れ (取るに足りない隠者は丘陵や沼沢など人が住まないようなところに隠れ)
大隠は朝市に隠る (真の隠者は朝廷や市場など名利を追求する場所に隠れるものだ)
伯夷 首陽に竄れ (義人として名高いかの伯夷は首陽山に隠れたが)
老耼 柱史に伏る (老子は図書を管理する役人として目立たぬよう過ごしていた)
昔在 太平の時 (昔、平和であったとされる堯の時代でも)
亦た巣居の子有り(鳥が巣をかけるように木をねぐらとした巣居子という人物がいた)
今 盛明の世と雖も(今は世の中が盛んになっているが)
能く 中林の士無からんや(林の中で隠者として暮らす者もいる)
神を青雲の外に放にし(精神は青空高く浮かぶ雲のように自由だが)
迹を窮山の裏に絶つ(生活の痕跡は深い山に隠されている)
鵾鶏は晨に先んじて鳴き(大きな鶏は朝日が昇るよりも先に鳴き)
哀風は夜を迎えて起こる(夜中には哀しさを呼び起こすような風が起こる)
凝霜 朱顔を凋ましめ(血色が良かった顔は霜で痛み)
寒泉 玉趾を傷ましむ(白い玉のようだった足は冷たい泉の水で傷ついている)
周才 衆人に信せ (臨機応変に判断できる才能がある者は周囲の大衆に合わせることができるが)
偏智 諸を己に任す(視野の狭い偏った知識人は己の考えのみに捉われる)
分を推せば天和を得るも(自己の本分を突き詰めれば、自然の法則に従い調和が取れるが)
性を矯むれば至理を失う(本性を無理に押さえつければ至高の道理を失ってしまう)
帰り来たれ 安くにか期する所ぞ(帰って来なさい、そこで何をしようというのか)
物と終始を斉しくせん(文物には終わりと始まりがあり、人の命も同じこと)
4、自分に向けられた言葉のよう
驚くほど現実的な言葉が連なっています。
隠遁生活はさみしく、かつ肉体的にはきついものだ、
とか
世俗の付き合いができてこそ、真の才能ある者だ
とか
自然な欲求を無理に押さえつけると道理に外れてしまう
とか
いちいちグサグサ刺さります。
世俗にまみれて日々を泳いでいると
つい全て投げ打って好き勝手生きたいと思う時もありますが、
そんなにいいものじゃないよ
現実から逃げたいだけじゃないの?
とか私に言われているようです。
老荘思想の始祖である老子のように、
私も官吏の末端にしがみつきながらも、精神を自由に保てるよう
精進して生活していきたいと改めて決意いたしました。
本日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
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