第1489回 歴史書であろうとすること

1、読書記録353

今回ご紹介するのはこちら

薮本勝治2024『吾妻鏡-鎌倉幕府「正史」の虚実』

「正史」公式記録は編纂者、為政者側の都合の良いように書かれている、というのは常識ですが、具体的にどこがどう怪しいのか、丁寧に解きほぐされています。

2、文学作品と歴史書の違いは

すごく簡単にまとめると、『吾妻鏡』は北条泰時から貞時へと受け継がれていく為政者の系譜が正当であることを述べた物語である、ということになります。

『吾妻鏡』編纂の元となる記述がどこにあったのか、記事の取捨選択にどのような意図があったのか、を裏付けていく様が心地よいのですが、

その合間に語られる著者の至言にドキッとさせられるのがミソ。

物語が歴史を動かしていくダイナミズムには戦慄させられるとともに、人間の認知や行動を物語がしはいしていることを示す一例として興味深い。

我々もついわかりやすい物語にもとづいて現象を理解していないでしょうか。

人は手持ちの言語様式で事象を表現できたと感じたとき、その事象を支配しえたと認識するのである。

言語化できるとついわかったような気になっちゃうんですよね。

そして『吾妻鏡』の本質は、敗者の怨霊やその鎮魂が語られないことにある、という指摘はとても腑に落ちるものでした。

三浦義村や北条時房という主要人物の死は後鳥羽院の祟りではないか、と当時恐れられていたにも関わらず。

『平家物語』などとは対照的ですよね。

文学的な面白さよりも、正当性を明らかにするという正史の役割に忠実に。

そして意外にも地元松島の話題が出てきたので、備忘録的に。

源性という僧侶は算術にかけては天下無双で、目測で測量してもその正確性は皆が認めるところだったそう。

そこを見込まれて源実朝に命じられて、境界紛争の現地である陸奥国伊達郡(現在の福島県)に派遣されることになりました。

せっかく陸奥に来たのだからと、霊場として名高い松島にも足を伸ばします。

すると不思議な僧侶と出逢います。

彼も算術が得意だというのを聞いて、田舎者だと侮ったら

なんと算術から派生した?幻術で惑わされ、自分の驕りを悟ったとのこと。

実朝に報告したら、なぜその僧侶を連れて帰らなかったのだ、と叱られたそう。

源性さんもとばっちりですね。

松島で和歌で恥をかかされた西行法師の話に似通った展開。


3、世界が変わる快楽

「あとがき」にとても共感できる言葉があったので、紹介しておきたいと思います。

先入観の束縛から解き放たれるような快楽

安定していたはずの景色の見え方ががらりと変わってしまうその快楽こそ、筆者が歴史叙述の研究に取り組む原動力である。

歴史研究だけではなく、学問をすること、新しいことを知るってこういうことですよね。

本日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。


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