第614回 ジリ貧の日本社会

1、何が問題なのか

新年早々、こんなツイートが話題になりました。

ある市で市史の編纂、各種歴史講座の講師、資料の展示活用などかなり専門的な学芸員としての仕事を任せるための「会計年度任用職員」を募集しているとのこと。

報酬月額は13〜16万円。

午前9時から午後4時まで、週にして29時間拘束。

ただし、副業は可能。

身内批判になることを恐れず、思うところを整理したいと思います。

2、学芸員ってなんだ?

まず学芸員という資格についてご紹介します。

学芸員とは博物館で資料の

①収集と整理、②保存と保管、③展示と活用、④調査研究、⑤教育普及

を行う者のことです。

ここまでは皆さんのイメージ通りかと思います。

学芸員になるには国の法律で定められた要件を満たす必要がありますが

端的にいうと定められた単位を取得して大学を卒業することで資格を得ることができる、ということになります。

一口に学芸員といってもその専門分野は多岐にわたります。

大きく

ⅰ美術系

ⅱ自然系

ⅲ人文系

と3つに分けられます。

日本画の専門家も、動物園の飼育員も、古文書を読み解く人も

法的にはみな学芸員として定義されます。

例えば私自身は考古学が専門で、

学生時代は発掘調査ばかりしていましたので

古文書なんて読めませんし、印象派の素晴らしさを全く理解していませんし、昆虫の生態なんて小学生より知りません。

それでも博物館の学芸員になれば、

専門以外のことはわかりません

などと言うことが許されないこともあるので日々研鑚を積んで

何が価値のあるものか

くらいは理解できるようになっておくべきだと思います。

もちろん専門分野の研究は最先端の学会動向は把握して

知識はアップデートしておきたいですし、

そうしてこそ教育普及の現場に立って地域の人たちに伝えることもできると思うんですよ。

学芸員の資格があればできる、というものでもありませんし、

(正直、座学と2週間程度の実習で即戦力になることは難しいと思います。)

一定のスキルがあれば誰がやっても同じような成果があがる、というような性格のものでもないと思います。

学芸員個々人の興味関心も様々なように、その博物館が持つ守備範囲や理念も個性があってしかるべきだと思いますし。

3、「臨時」とは

【会計年度任用】という言葉が出てきましたが

これも問題が多い制度ではないかと思います。

公務員だけではないかと思いますが、正職員として採用してしまうと

現代社会では終身雇用が前提となり、

財政的な課題を抱える自治体においては慎重にならざるをえません。

そこでこれまで運用されてきたのが

【臨時】とか【非常勤】という名目で職員の仕事の一部を担ってもらうこと。

【臨時】とは言いながらも毎年契約して累計すると長期的な雇用になっているところも少なくないでしょう。

さらにたちが悪いのは、年度をまたいで連続雇用してしまうと退職手当や社会保険が適用になってしまうため、

あえて一月、半月、ひどい時は1日だけ空白期間を設けて継続させていくような実態も横行していました。

本来はこの不適切な状態を解決することも含めて法改正が行われて

【会計年度任用】という制度ができたのでした。

これによって正職員と同様に期末手当なども支給され、待遇が改善されるものと予想されていましたが

蓋を開けてみれば予算総額が変わらないのであれば

勤務日数などを減らして予算内に納めるようにする

という方向に進んでいます。

つまり非正規雇用で働く本人の総収入は変わらないということ。

代わりに拘束時間は減るので、副業可、ということになるのでしょう。

これでいいのでしょうか。

4、失われつつあるのは

学芸員にしろ、図書館司書にしろ、保育士であってさえも減らされていく予算の中で、その金額でもやってくれる人を探す、

それは住民サービスという点では正しい方向性なのでしょうか。

少なくとも直接関係している、文化財関係、学芸員の仕事としては

確実に成果の質は下がってしまいますし、なり手を探すのに苦労するでしょう。

民間企業であれば、それだけ必要とされていないサービスだ、ということで

切り捨てられてしまうような状態です。

ではどうすべきなのでしょうか。

一番の理想を言えば、ちゃんと正職員として学芸員を雇用して

当初の「学芸員」の定義に沿うような仕事をさせるのがいいんでしょうが

このご時世ではなかなか実現は難しいでしょう。

ならば、できる規模まで組織を拡張していけばいいのではないでしょうか。

何も市町村合併をすべき、と言っているのではなく、

近隣市町村で連携して事業を実施することもできるでしょうし、

NPOなのか営利企業なのかわかりませんが

行政外の組織が担う部分を増やしていく、ということもできるでしょう。

発掘調査も民間調査組織が担うことが増えてきていますし、

施設に指定管理者制度を導入して、博物館事業も民間が行っているところも少なくありません。

社会全体が低賃金で人件費を削減しようという風潮のなか

どこまで文化財が聖域面していられるかと思っていましたが

もはや行き着くところまで来ているような感覚を覚えます。

日本全国で文化が失われつつある、という課題を本格的に議論していく時が来ているのかと思います。

先入観なしでもっと各地の学芸員さんが意見交換をすることが解決の糸口になっていくのではないでしょうか。

今後もこの問題は各地で噴出することになるでしょうから、ぜひ貴方も気にかけていて欲しいと思います。

本日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。


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