第720回 せめて漢詩の世界では穏やかに

1、漢詩と詩人その10

さて今回も『文選』に収録されている作品と詩人を紹介していきます。


ちなみに前回はこちら

2、慎みなきは身を滅ぼす

今回ご紹介するのは劉楨。

前回取り上げた王粲とともに「建安の七子」と呼ばれる後漢の優れた文人の一人です。

前漢の文帝に繋がる皇族の系統ですが、

祖父、劉梁の代には市で書を売って暮らすまでに落ちぶれていたとか。

後漢11代・桓帝の時代に才を認められ、県令から尚書郎という中央で官職を得るまでになります。

孫の劉楨にも才は受け継がれ、曹操に重く用いられます。

ある時、曹丕の妻である甄氏を敬わなかった罪で失脚してしまいます。

出身身分が低かったからなのか(とは言っても甄氏の父は県令クラスなので劉楨とさほど変わらない)

美貌と主君の寵愛をかさに着るような態度が気に食わなかったのか

その理由は定かではありません。

曹丕もその才能は認めていたようですが

同じ時代に生きた王昶によると

誠実で大志を持っていたが、遠慮や慎みが足りないところがあった

と評されており、そのあたりが身を滅ぼす原因になったのかもしれません。


3、公燕詩 うたげの歌

永日 行きて遊戲するも (ひがな遊んでいても)

歡樂 猶お未だ央きず  (歓楽は尽きることがない)

遺思 玄夜に在り     (心にのこる思いは暗い夜にこそある)

相いともに復た翱翔す   (連れ立ってまた鳥のようにかけめぐる)

輦車 素蓋を飛ばし    (貴人を乗せた車は幕をたなびかせ)

從者 路傍に盈つ     (従者は路傍にあふれる)

月出でて園中を照らし   (月が出て園内を照らし)

珍木 鬱として蒼蒼たり  (珍しい木々が鬱蒼と茂る)

清川 石渠を過ぎ     (清流が水路を流れ)

流波 魚防を為す     (池を満たしていく)

芙蓉 其の華を散らし   (蓮がその花を散らし)

菡萏 金塘に溢る     (輝く池の水面にあふれる)

靈鳥 水裔に宿り     (霊鳥が水辺にとまり)

仁獸 飛梁に遊ぶ     (霊獣が高架橋を渡る)

華館 流波に寄り    (きらびやかな屋敷は川の流れるほとりにあり)

豁達として風の涼しきを来たらしむ

   (開けた土地に涼しい風を呼び込んでいる)

生平 未だ始めより聞かず (普段は聞こえてこない宴の華やかさを)

之を歌うも安んぞ能く詳らかにせん (歌ってみたがどうして表現し尽くせようか)

翰を投じて長く嘆息するも (筆を投げて、長いため息をついても)

綺麗 忘るべからず (この感動を忘れることはないだろう)

4、

いかがだったでしょうか。

詩文の才能をもって出世した彼のこと、

宴に呼ばれて詩作を求められることも多かったことでしょう。

会場である庭園の美しさを素直に表現して

華やかな雰囲気をストレートに伝えているような作品です。

とても偏屈な態度で失脚をするような人の詩には思えませんが

宴会が盛り上がると徳政の象徴である霊獣たちまで

姿を現すところは面白みも感じます。

どうしても沈みがちな今の世界にも、こんな長閑な景色が戻ってくることを願うばかりです。


本日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。



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