第750回 文学的修飾の裏に本音が見えそう

1、漢詩と詩人その13

なんだか漢詩の世界に浸っていたい心持ちなので

二日連続同じテーマになりました。

『文選』に収録されている作品と詩人を紹介していきます。

ちなみに前回はこちら


2、詩の才覚は身を助ける

今回ご紹介するのは応貞。

前回ご紹介した応璩の子です。

夏侯玄に才覚を見出され、のち西晋の武帝に仕えて散騎常侍に至ったと本書にはあります。

夏侯玄といえば、魏創業の功臣夏侯惇や夏侯淵に繋がる家系で、その才覚は優れ、晋を起こした司馬一族にも恐れられたため、最後は非業の死を遂げています。

応貞はこの王朝の交代の微妙な時期をうまく乗り切ったということになりますね。

その表現の華麗さは同時代人からも高い評価を受けていたようですが、

完全な形で伝わっているのは次にあげる一首のみとのことでした。

3、晋武帝華林園集詩

(一)

悠悠たる太上 (はるか遠い古代)

民の厥の初め (民草が生まれ)

皇極 肇めて建ち (地上を治める帝王が生まれ)

彝倫の敷く攸なり (世に政が起こった)

五德 更ごも運り (五行に基づいて世が代わり)

籙に膺たり符を受く(予言に従って天子となるべき者に受け継がれる)

陶唐 既に謝り (古代の聖王堯はすでに去り)

天歷 虞にあり (天命は舜が引き継ぐ)

(四)

時に於いて上帝 (天帝は折に触れて)

乃ち顧みて惟れ眷みる(我々を気にかけてくださる)

我が晉祚を光いにし (我らが晋王朝にも大いに目をかけ)

期に応じて禅りを納れしむ(禅譲を受け入れてくださる)

位は以って龍のごとく飛び(帝の位につくこと龍の如く飛び)

文は以て虎のごとく変ず(制度はとらの皮模様のように多彩に生まれ変わった)

玄沢 滂く流れ(天子からの恩恵はあまねく流れ)

仁風 潛く扇ぐ(その思いやりは深く広がる)

区內 心を宅き(世界中の民が心を寄せ)

方隅 面を回らす(隅々までその徳に服している)

(三)

天は其の象を垂れ(天はこの王朝を寿ぐ兆しを見せ)

地は其の文を曜かす(地上では美しい自然が輝いている)

鳳 朝陽に鳴き(鳳凰は朝日を浴びて鳴き)

龍 景雲に翔る(龍は瑞雲に乗って天を翔る)

嘉禾 穎を重ね(めでたい稲穂は大きく実り)

蓂莢 載ち芬し(コヨミグサが香る)

率土 咸く序で(世界の果てまで秩序に満ちて)

人は胥な悅しみ欣ぶ(人々はみな楽しみ喜んでいる)

(四)

恢恢たる皇度(帝王の器は全てを容れるほど大きく)

穆穆たる聖容(なんとも厳かな姿を現す)

言には其の順を思い(その発する言葉は心地よく)

貌には其の恭を思う(その姿は慎ましさを感じる)

視に在りては斯れ明(その視線は明らかで)

聽に在りては斯れ聡(人々の声に耳を傾ける)

登庸には德を以てし(人材登用には徳によって図り)

明試には功を以てす (昇進も功績に従っている)

(五)

其の恭しきは惟れ何ぞ(その慎み深さは計り知れず)

昧旦に丕顯なり(夜明け前から職務に励んでいる)

理として経ざる無く(通りは筋道だっており)

義として践まざる無し(正しさから外れることはない)

行は其の華を捨て(行動は華やかを気にせず)

言は其の弁を去る(言葉は多くを語らない)

心を至虚に游ばしめ(心は澄んで)

規を易簡に同じくす(規範は難解ではない)

六府 孔だ修まり(民を養うのに必要な6つの要素は十分で)

九有 斯れ靖かなり(天下の九つの州は全て鎮まっている)

(六)

沢は被らざる靡く(天子の恩恵に与らない者はなく)

化は加わらざる罔し(感化が施されない土地はない)

声教 南に暨り(その教えは南へ至り)

西のかた流沙に漸る(西方は砂漠地帯まで広がっている)

幽人は険しきを肆て(隠者達もその山の険しきを捨て)

遠国は遐きを忘る(多くの国々は長い道のりも忘れてしまう)

越裳も訳を重ね、(交阯からの使者も通訳を通じて)

我が皇家に充つ(我が国を大勢訪れている)

(七)

峨峨たる列辟(威厳ある諸侯たち)

赫赫たる虎臣(輝かしい武臣たち)

内に五品を和らげ(国内では道徳が守られ)

外に四賓を威す(国外では四方の異民族を従える)

時に脩いて貢職し(時に応じて貢物を持参して)

入りて天人に覲ゆ(参内して天子に謁見する)

備に言に命を錫い(それぞれに位を賜り)

羽蓋 朱輪あり(羽飾りで飾られ、朱塗りの車輪がついた車をいただいている)

(八)

宴を貽りて好会し(宴が催され)

厥の数を常にせず(それは通常では考えられるない規模である)

神心の受くる所(皇帝のみこころは)

言わずして喻る(直接言葉にされなくても伝わっている)

時に於いて射を肄い(時に応じて射芸を磨き)

弓矢 斯に御す(弓矢は思うままに操る)

彼の五的に発し(五色の的を目掛けて発っせられ)

酒有りて斯に飫く(酒を飽きるほど飲む)

(九)

文武の道(周の文王と武王を理想とする道は)

厥の猷は未だ墜ちず(まだ地に落ちてはいない)

在昔 先王(先の王たちは)

躬ら茲の器を御す(自ら弓矢を操って)

武を示して荒を懼れしむるに(武威を示して彼らを恐れさせたが)

過ぎたるも亦た失と為す(やりすぎもよくない)

凡そ厥の群后(全ての諸侯たちは)

位に懈ること無かれ(射芸に夢中になって職務を疎かにしないように)

4、大きく広げて最後は締める

いかがだったでしょうか。

ちょっと長くなりましたが

何と世界に帝王と庶民が生まれ、秩序ができた頃から語り始める、

という壮大なヨイショです。

前の誰かよりスケールが大きな褒め方をしないといけないから

インフレが進んでいった、ということなのかもしれません。

最後の句では先王たちは自ら戦って武威を示したが、

晋王朝では平和理に諸侯を従えている、という価値判断は興味深いですね。

実際は功臣たちの粛清、一族の反乱で不安定な世情が続くことになります。

最後の句などは、反乱を起こさないように、諸侯に釘を指しているようにすら思えます。

これが晋の武帝が華林園に行幸した際に、群臣に作らせた漢詩のうち、最も評価したものだというから、武帝の心情が推し量れそうですね。


本日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。


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