見出し画像

皆さん、お疲れさまです。『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』

 社会人の読者の皆様におかれましては、「しなくていい残業(休出)」をしたことがあるだろうか。あるだろうな。あるだろ。別に明日やればいいけどもし何かトラブルがあって手が塞がってしまったりすることを予期して早め早めに仕事を片付けようと無駄に残業とか休出しちゃうやつだ。なんかこう、日本人は納期とか約束に忠実すぎるあまり、働きすぎな傾向にあるよね。この私とかね。ハハッ。

 で、この映画なんですけど、今すぐ観に行ったほうがいいです。ループものとしてもお仕事映画としても「日本人にしか見えない景色」がたくさんあって、そのあるあるが映画としての面白さに直結するという、トンデモナイ作品でした。行け。土日に働くな、映画館に行け

 重たい案件を抱え土日も泊まりで仕事に追われているとある小さな広告代理店。そこで働く吉川は転職に向けて動き出すも、今の仕事や彼氏との関係が中々上手くいかず失敗続き。「最悪の一週間だ」と嘆く彼女だが、実はその一週間を何度も繰り返していることを後輩から告げられてしまう。半信半疑だった彼女もタイムループに気づき、その原因となっていると思われる永久部長にこの異常に気づいてもらうよう奮闘するのだが……。

 ループを扱った映画なら『恋はデジャ・ブ』は基本として、最近だと『オール・ユー・ニード・イズ・キル』や『ハッピー・デス・デイ』があって……などという説明は、映画ファンには不要だろう。むしろ、本作を手掛けた方々は「ウチの映画を観に来るような奴はこの辺りは義務教育だろう」と言わんばかりの最短距離でループを説明していくので、上映時間はなんと82分というミニマムさに収まっており、観客への信頼が見て取れる。冗長になりがちなループの説明よりも「ループに翻弄される人間のおかしみ」と「ループをいかに脱却するか」に焦点を絞った作りは、その怒涛の面白さで90分にも満たない時間を走り抜ける。

 本作の面白さその1は、「映画冒頭でループに気づいているのが主人公以外にいる」という点。これによりルール説明に素早く移行することが出来たり、主人公が事情をわかってもらおうと悪戦苦闘するシーンが減り、展開が早くストレスフリーなのである。主に解説役を務めるのが主人公・吉川の後輩社員の二人で、愛され後輩キャラの遠藤と映画オタクの村田が傍から見て挙動不審な行動を取りながら、その実ループを抜け出すための仲間探しをしていたのが哀愁を誘うし、三人から始まったループへの逆行が徐々に人数を増やしていくのもたまらん面白さ。この、少しずつゲームを攻略していくような爽快感って、ループものの醍醐味ですよね。

 そして本作その2は「日本の会社を舞台にした」こと、そのコンセプトが最大の発明に挙げられる。命を脅かされるような劇的さこそないが、「納期」と「信頼」がかかっている状況においては『オール・ユー・ニード・イズ・キル』のトムと同じくらいシリアスになってしまう。そんな日本型社畜の悲喜こもごもが克明に映し出された本作は、なんだかとっても胃が痛くて、おかしくてたまらないのだ。

 特定の条件を満たさない限りループから抜け出せない異常事態。裏を返せば"何でもやり直せる”わけだが、生真面目な村田は「いつループが終わっても困らないように」といつもどおりの仕事をしてしまうし、クライアントに商品のPR案を5つ追加しろ(💢💢💢)と言われた吉川はループを繰り返す度に自分のプレゼンが洗練されていくこと、効率よく仕事がさばけていくことに段々喜びを感じ始める。相手に何を要求されるか事前にわかっているからこそ、相手に先手を打ち最善の発注がかけられる。その状況に気持ちよくなっていく吉川のイキリ具合に、「わかるわ〜〜〜〜〜〜〜👍👍」となってしまうのは、きっと私だけではあるまい。

 だが不思議と、この効率よく仕事を終わらせることがループを脱却するための段階の一つとして設けられていて、観ていて実に気持ちがいい。自分の仕事を終えたら、次は他の社員の仕事を効率化する。時には自分がスキルアップして先輩の仕事を奪う。ループを抜け出すための手段として「デキる社員」になっていく後輩の成長を見守る、あるいは相容れないと思っていたり、普段忙しさのあまりつい邪険に接してしまう同僚や先輩と同じ目標を共有することで仲良くなったりと、いつしか仕事が円滑に回っていく様子が気持ちよくて気持ちよくて仕方がない。同じゴールに向かって走るグルーヴ感が職場というフィールドで発生することこそ、「和製タイムループ映画」たる本作の白眉なのは間違いないはずだ。

以下、本作のネタバレが含まれます。
未鑑賞の方はご注意ください。

 という様々な試行錯誤を続け、仲間を増やし、後は部長ただ一人……となったところで、真のゴールが提示される。そこで浮き彫りになるのは、かつての夢を諦めて、いつの間にか責任ある立場になってしまった大人の悲哀だった。本当にやりたいことと、目の前の仕事。その板挟みになって息苦しくなっているのは映画を観ている私達にも見覚えがあるし、そこで素直に自分のことだけを考えられる勇気を持つのは簡単じゃあない。仕事を頑張る=大人になるには犠牲にすべきものが多すぎる。そのことに気づいた時、吉川は自身のキャリア、ひいては人生という問題に再度直面することになる。

 自分の人生に責任を取れるのは自分だけだ。だからこそ自分で切り開いていかねばならない人生という迷路。だけれど、今こうして誰かと協力しあいながら同じ問題を乗り越えていく喜びを知ってしまえば、それを切り捨てるのはあまりに無情で、忍びない。

 だからこそ、部長に漫画を完成させてほしいという社員一同の願いは、「今この時間に“意味”を与えたい」という切なる願いが込められたものだと思いたい。みんなで成し遂げた、手を取り合ったいくつもの繰り返しに、見える形で功績を残したいという。たとえ初めに願った状況(転職の成就)とは違う結果になっても、今この時間を尊いと肯定できる気持ちを大切にしたい。呪いの狐には理解不能なこの想いこそ、人間の不可思議で暖かみのある「感情」そのものなのだから。

 かくして、ループから解き放たれ、結束という得難いものを手にした社員一同へ、心の底から「お疲れさまです」と言ってあげたいし、この映画を作ってくださった方には「ありがとうございました」と伝えたい。映画館がこんなに笑いで包まれた瞬間は久しぶりでした。

この記事が参加している募集

映画感想文

いただいたサポートは全てエンタメ投資に使わせていただいております。