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関西途中下車③ 完結 『成長するってこと』

前回記事


京都に石庭未来というシンガーソングライターがいる。
同い年のミュージシャンで、出会いは京都のライブハウスだった。
頻繁にライブを色々なところでしているのもあって名前だけはよく見かけていた。初めて対バンしたのを調べてみたら2018年の夏だった。ということは24歳くらいで出会っている。


京都のライブハウスのnanoでは
店長のmoguraさんが毎回公式サイトでコメントを発表する。
それをワクワクとして待っているミュージシャンも少なくない。

初めて共演した時、石庭はギラついてた印象があった。パンクだ、誠心誠意真っ直ぐな人間としてのエネルギーを放っていた。(それはnanoのmoguraさんも同様に同じことを公式サイトでコメントしていた)

一般的な女性シンガーソングライターはキラキラしているポップなシンガーか、どん底みたいにくらい失恋歌を歌っているシンガーなどなど、そう言ったみんながわかりやすく種類別できるような感じの人が多い。

実際そちらの方が大衆向きではあるし、なんら間違いではないけれど石庭未来はそういうキラキラやどん底な感じとは全然違う人間というものそのものを歌っているシンガーに思えた。それは間違いなくパンクだった。

その小柄な身体で口数も少ない石庭未来がステージの上だけは凄まじいエネルギーを放っていた、尖り狂ったように歌っている歌は凶器ではなく、人そのものを本質的に歌う優しい光の束のようだった。

だから石庭未来が鳴らす音楽が好きだ。
上部で耳障りだけいい愛してるなんてそこにはなくて、自分の目にうつった物事を見つめて突き詰めていった寂しさや孤独、そこから見えた愛情がある。

僕はその初めての共演以来自分のツアーファイナルに招いて福岡でライブしてもらったり、石庭未来の「ラブレター」という企画にも参加させてもらったり交流が増えていった。僕は対バンできるのが毎回嬉しかった。

その度に石庭未来は強くしなやかに、突き詰めるようにそのエネルギーを放っていっていた。そしてめちゃくちゃ良い表情をして歌っていってた。そういった精神性や音楽との向き合い方など多大な影響を受けたことは間違いなかった。

それとサブスクは出てないのでCDを買うしかないけれど、石庭未来の音源の2nd mini album『DAWN』は名盤で、今もたまに聴いている。自分の音源作りに大いに影響を受けた。

同い年のシンガーとして、人として僕は何よりも尊敬している一人でいて、20代前半の激動の日々をそれぞれ耐え抜いて勝ってきた戦友みたいな信頼も寄せている。


なぜか石庭未来から発せられる言葉にハッとさせられることが今も多い。
圧倒的に軽率な発言が他者に対してないような気がする。口数こそ少ないものの石庭未来から出てくる言葉は石庭未来の中でちゃんと思った本音のような気がして。それが他者に対して優しいか、厳しいかはさておきそういった部分を僕はとても信頼していた。

そんな石庭未来に昔相談をしたことがあった。
僕は2020年まではtunaという芸名を名乗っていた。それを改名して本名に戻すこかどうか迷っていた時期があった。
(詳しい経緯は下の記事を読んでね)

色々な人に相談したのだけれど、結局その改名で悩んでいた部分が自分の音楽への向き合い方を変えたいと言った類のそこまで合理的なものではなく心的な問題だったため100人中97人からは止められたくらいにはあんまり賛成はされなかった(改名に否定的というようなことではなく愛を持ってみんな僕に対してtunaでいくことを薦めてくれていた)

ただ賛成といってくれた人がいた。
ただ一言「絶対にそれがいいと思う」と言ってくれた人がいた。
それが石庭未来だった。


名前が変わって年に1回〜2回ほどしか愛する街へと帰れていなかったが、この夏はのりフェスと扇町para-diceと決まり、それならともう一箇所だけライブをしたい場所があって連絡を入れた。

cafe bar&music アトリだ。

流行病が騒がしくなる前、この場所は不定期的ではあったが完全生音のUnplugged Liveを月に数本やっていた。最大立ち見で10人入れたらいい方で決して広いわけではない、ただお客さんとの距離が非常に近くなり、電子機器を通してのライブではないため、正真正銘その歌い手引き手の素が露わになる。

照明も音響もない、己の声とギター1本のみで戦わないといけないというのは丸裸の状態と同じで身の丈に合わないカッコつけは通用しないし、緊張、焦り、不安、そう言ったものがダイレクトにお客さんに伝わってしまう。

この場所はそう言った生身の音楽を届けれる場所で、そして何より美味しいご飯と美味しいお酒、コーヒーを飲むことができる。

それが僕にとっては最高で、本当に間近な目の前で鳴っている音楽を身体で受け止めながら気持ちよく酔っぱらったり腹を満たすことができる幸せ空間だ。

自分がライブのオフの日はランチを食べにきたりお酒を飲みにきたりと普通に大阪にいる時は通ってしまうお店だ。

そんなこの場所だけど、例に漏れず流行病のせいでここでライブを見るにあたって魅力の一つである『人との距離の近さ』という部分も考えないといけない世界的な状況となってからはプライベートイベント以外はここでの音楽イベントは無くなっていた。

そんな状況を知っていたけれど、何処かでまた不定期でも良いからやってほしいと前々から思っていたのもあって自分が復活の狼煙をあげんと店主であるじょんじょんさんに一通のメールを入れたのだった。

じょんじょんさんに連絡を入れたところすぐに返信が返ってきてここでライブをさせていただくことを快諾していただいた。

誰と共演したいと聞かれたので、そう悩まず何気なく石庭未来とやりたいと伝えたところ、

「せやねん俺も石庭かなぁと思った、声かけてみよかな」とじょんじょんさん側も同じ考えだったようですぐに連絡をとってくれた。

1時間後には石庭未来から出演OKと連絡が返ってきてこうして僕の関西最終日のライブが決まった。

その日のイベントタイトルが『成長するってこと』

こうして僕は今回最後の目的『アトリでライブ再開の狼煙を上げること、そして石庭未来と再会すること』が決まった。

前回ライブから2日空いて8/11、大阪は快晴だった。
何処かこの数日間と比べると涼しげな風も流れていたが、依然として夏の暑さは続いていた。

会場入りする前にpavlovの加藤さんと合流して銭湯に行ってきた。
年齢で言ってしまえば先輩になるのだが、地元が同郷の九州ということもあって出会って数年仲良くさせてもらっている。大阪の街中を初めて車に乗って走った。昔正雀駅から歩いて渡った神崎橋を走ってる最中越えた。狭い敷地にこれでもかと敷き詰められた住宅街、ママチャリが行き交う駅前、人が営みを続けているその景色を改めてゆっくり眺めてみてこの街の喧騒としたところ以外の表情をみれたみたいで楽しかった。そして銭湯は格別に良い湯だった。湯上がりの身体に夏の終わりを少しだけ感じさせるような涼しい風が通り抜けた。僕はその身体のまま会場へと向かった。

チャーミングな加藤さん


会場に着くと石庭未来が先に着いていた、再会が嬉しくてついついはしゃいでしまった。数年時間が経っても石庭未来は凛とした空気を纏わせていた。

店主のじょんじょんさんとは数日前開催されたのりフェス以来だったためこの間の話なんかを軽くしながら準備をしていた。

オープンまでの間、少し石庭未来と話をしていた。
気づいたが我々は今年29歳になる年で、前回会ったのは26歳の時だった。それだけの空白期間が空いていたのかと年齢を数えると恐ろしいほど実感した。

SNSなどで人とはより身近に交流できたり相手の近況を知れたりそれはとても便利で会っている気にさせてくれるけれど、その弊害のようなものにも感じるが、こうやって実際に会って話をしないと徐々に疎遠になっていく人もいるのかと思った。

石庭と鴨川でビール飲んだ時の一枚

あの長い空白の日々の中で僕自身も色々なことを考え、学んだり振り返ったり、躓いたり、失敗したり。30歳という何か一つ転換期の予感を感じていた20代後半を僕はただ耐えたり待ち続けていたわけではなかった。

それと同時に今目の前にいる石庭未来だって他人には決して溢さない葛藤や苛立ち、選択をする日々を過ごしていたんじゃないのかと遠い街からSNSの動向を見ながら感じていた。

本人にそんな話をしたらそんなことはないと言っていたけれど、側から見たら石庭未来は確実に以前のあどけなさだったり危なっかしさみたいなものは感じとれなくて、自分の意志で今まで通りではないなにかしを選択してきた大人の落ち着きかたをしているようだった。

それは佇まいから勝手に想像したことだから本当のところどうかとかはわからないし決めつけてしまっては失礼なこともあるから断言はできないけれど、決して悪い意味ではなく以前の石庭未来とはまた何かが違って思えた。

この日のライブはお陰様で満員御礼、ソールドアウト公演となった。
沢山の顔馴染みのお客さんと、初めましての人々が狭い店内の中に集まった。

そして石庭未来のライブが始まった。


『成長するってこと』

僕達が成長するってことってなんだろう、上手くなることなのか、商業的に売れることなのか、口が達者になることなのか、嘘も方便も状況によって使いこなせるようになることなのか、一人で生きれるようになることなのか。

もし、あの日あの場所で『成長するってこと』のイベントタイトルに付けたじょんじょんさんの意図というものが、意味が正しくあるのだとしたら石庭未来のライブがそれを証明してくれていた。

激しくも、あり勢いもある、でも勢い任せとかではなく、この空間の静寂を司っているようだった。それは石庭未来の我そのもののように思えた。

生きてきた中で傷つき失ってその中で確信から離れたり近づいたりしながらも自分の歩幅でそれと向き合ってきた人間らしく幾月の日々を確かめながら重ねてきた色彩をしていた。

人として成長してるのかってこと、向き合ってきたその先で今自分達の足で立って生き残ったというその事実がこの日の成長するってことなのかと石庭未来のライブを見ていて思った。

それと同時にシンガーという生き物は歳月を重ねるごとにこんなに美しい色彩を放つようになるのか、ただの怒りだったものに哀が滲み出ていたり、悲しみだけだったものに愛が浮き上がってきたり。

ただの一感情だけではなく、その人がその感情の行間や過程をどう飲み込んでどう乗り越えたのか、それが歌にこんなに色鮮やかに反映されていくのか。

あっという間に石庭未来のライブは最後の曲を迎えた。
最後に歌った歌が石庭未来の曲の中で一番好きな歌『escape』を歌ってくれた。

バイトがおわって
エレベーターで地上階へあがる
その窓から差し込む西日が
ただひたすらにうつくしくて
すきだったひとにうたをかいた日のことを
思い出していました
1年前の春の日

異星人だらけのこの国で
きみの腕の中だけ
まるで終わりのない場所みたいに
はじめからそこにあったみたいに
安全地帯でした

みんなから笑われるこの思想を
きみはいいねと言いました
変だねと言われるぼくの中身を
きみは大事なんだよと言いました
ぼくをぼくたらしめる
大事なものなんだよ
だからずっと持っていてねと
言いました

異星人だらけのこの国で
きみの腕の中だけ
息が吸える場所です

ぼくら逃げ切れたら
昨日みたとてもうつくしい西日の話をしたい
ぼくら逃げ切れたら

ぼくら逃げ切れたら

escape /石庭未来

この曲を歌いきって石庭未来のライブは終わった。
言葉数が多くなく、ただ黙々と音楽を鳴らして。
そこにかつての危なっかしさや、焦燥の影はなく、空白の日々を乗り越え生き延びた石庭未来が其処にいた。


ライブ直前、じょんじょんさんが『お酒飲んどかんでええ??』と聞いてきた。その時は何気ない会話だと思っていた、僕は一回お酒でやらかしているのでライブしている時は極力飲まないようにしていたため終演後飲みますと答えた。

ただなんでそんな質問をじょんじょんさんがしてきたのかは後々理由がわかった。

僕は石庭未来のライブを見た後、感情が溢れてくるのを抑えてた。
感極まっていたのだと思う。

このままライブを初めてしまうと勢い任せのライブになってしまうから、とにかく冷静に必死に抑え込んでいたのを覚えている。

勢い任せのライブもいい時もあるのだけれど、今日はどうしても丁寧にこの夜の音楽を鳴らしたかった。

自分の成長したってことはなんだろう、ギターのチューニングをしながら考えていた。曲も増えた、以前と比べた多少上手くなったと思う。

たださっきのライブを見たらとてもじゃないがそんな武器だけじゃ心細かった。

ライブが始まる直前まで迷いに迷っていた。この場所では迷いも焦りも緊張もダイレクトに伝わってしまうのに前のライブを見て少し感情が引っ張られていた。

前日からセットリストをしっかり考えてあとはこれを叩き込むだけだと行き込んでいたのに急に目の前がぐらついた。

そんな物事を考えすぎる僕の緊張がピークに達した時、ライブは始まった。
曲が走っていた、落ち着け落ち着けと言い聞かせながらギターを弾いていた、コントロールがギリギリできるかできないかの超低空を滑空しているようで感情の暴れ馬を落ち着かせるように、でも熱はそのまま絶やさないように。そんなことを考えながら演奏をしていた。

このままこの速度で走ってしまったら崩壊してしまうことを長年の経験でわかっていた、だからこそどこかでブレーキをきちんとかけなければと考えている時にある言葉がよぎった。

『お酒飲んどかんでええ??』

ライブ直前にじょんじょんさんが『お酒飲んどかんでええ??』っとわざわざ僕に聞いてきた理由がそこでようやくわかった。
そうして2曲目が終わってすぐにお酒を注文した。

見抜かれていたんだな、流石よく演者のことを見ている店主だ。
じょんじょんさんが言っていたことは要するに肩の力を抜けってことだった。

アトリ特製の珈琲焼酎の水割りがキンキンに冷えて出てきた、それを勢いよくグッと飲んだ。

珈琲のほろ苦さと豆の甘み、それがアルコールに混ざって気持ちよく喉を通り過ぎていく。身体が一気にほぐれていく。

肩ガチガチにして冷静に周りを見ようと必死になるんやなくて、腰を据えて周りを見渡す冷静さを言われているような気がした。

扇町para-diceでも教わったことだった、そうだ大きく見せようとしたりカッコつけたりするのではなくありのまま自分をお客さんに見てもらうことしか僕ができないのだ。

そしてお客さんは僕が必死にカッコつけようとしているところを見にきているのではなく、紛れもなく僕を見たくて聴きにきてくれているんだった。

風にふわりと乗ったように身体が浮上していく、この空間を自由に泳ぎ回れるような感覚に入っていた。

成長するってこと、僕の場合は取り繕わず、今まで歩いてきた道のりで得たものをそのまま素直にその掌から差し出すような素直でいてありのままの自分でいることなのかと思った。

そこからは緊張ではなく、緊張感を保ったまま音楽をこの空間で鳴らし続けた。

振り返る、あの日石庭未来に名前を変えることを相談した時おかしいよなこんなどうでもいいことで悩んで、なんておどけてみせた僕にただ真剣に笑わずにただ一言「絶対にそれがいいと思う」と言ってくれたこと。

それが今につながって音楽を鳴らせている。今まで自分と向き合っていてばかりの僕が、初めて自分ではない他者と向き合いたくなって選んだ道がようやく形になった。

その目の前にいる人と、聴き手と向き合いたくて僕は竹崎彰悟と名乗った。

この日アトリでは竹崎彰悟という人間が音楽を確かに鳴らしていた。

アンコールで大切な曲を歌った、みんながメロディーを口ずさむ、中には涙を溢してくれる人もいる。最後のアウトロをフェードアウトしライブが終えると、とめどない拍手と僕の名前を呼んでもらった。

自分の本名なのにどこかまだ小っ恥ずかしくて照れ臭くて、でも生きている心地がした。じょんじょんさんはグータッチで迎えてくれた。

終演後みんなとワイワイと乾杯を交わした、世界でこの一室だけ特別
幸せな空間で、みんなの笑顔がとても好きだった。

石庭未来に今日のライブがとても良くて、そして改めて石庭未来が鳴らす音楽が好きでどんな形でどれくらいのスパンになっても構わないから生涯音楽を鳴らしてほしいとお願いした。

それはシンガーソングライターという生き物が歳月を重ねれば重ねるごとにまた違う表情や重きのある色が露わとなり生きていくごとに素晴らしい音楽を奏でてくれるとこの夜を通して感じたからだ。

売れるや売れないよりも、何かを確かめて遠回りして自分が感じている予感のような確信を何かと知りたくて探してきた二人だと思っていて。

人から見たらもしかしたら合理的じゃないとか効率が悪いとかそういうふうに見えてしまうかもしれないけれど、人はAIとかロボットではないからすべて合理的な選択を必ずしもしないように、僕らは仮に間違えたこと、傷ついたこと、傷つけてしまったこと、叶わなかったこと、選ばれなかったり選べなかったりしたこととか、そういった生きてきた道のりを綺麗に脚色したり過剰に掻き立てるのではなく、ありのままでいて。

でもその時の合理的に判断できなかった人間の人間らしい感情を丁寧に紐解いてそれを音楽にしていったような二人だから、そう言った気持ちを込めて共に歳月を重ねるように生きていきたいと伝えた。

次再会するのはいつになるかまたわからない、でも石庭未来とは無理矢理に再会するとかではなくただその時がくるのを楽しみに待っていたい人で、その時がくるまでまたそれぞれの道を歩いていくのだと思う。

そう言った人と出会えたことが自分の人生の中で宝石のようにキラキラ輝いているように思えた。


みんなが帰っていくなか、アトリのカレーを食べながら僕は店主のじょんじょんさんと今日の話をした。

『最初の1~2曲の感じで最後まで言ってたらしばいてたで』
なんてファッファッファっと笑いながら続けて
『思わず肩揉みに行こおもたけど、酒グワァって飲んでからええやんてなってきて、そっからが本当に素晴らしかった』
とこれもファッファッファっと笑いながら言ってもらった。

石庭未来のライブを見て緊張がマックスになっていたのはキッチン越しでまるわかりしただったらしく、肩の力を抜いたほうがええんちゃうかという意味で僕に酒飲まんでええの?っと声をかけてくれていたらしい。

ほんとこの人には敵わないし、だからこそなんだか心を開けて話をできてしまうんだなと改めて感じた。

願うことなら、来年もこのツーマンをしたい。
僕にとって何百人の前ですることもとても重要なことだけど、このアトリでライブをやるというのはそれに匹敵するくらい大切なことで。

ここで丸裸で音楽を鳴らすことは自分が描いていた音楽ととても近いところにあって。だからここでもライブをこれからし続けたい。

全ての日程を無事終えて、扇町para-diceの楽屋に寝転んだ。
今回の目的も無事果たせた。

何もかも無駄だと思った日々を超えて、こんな日々がちゃんと用意されてあるのであればこの先どんな困難でも立ち向かえそうな気がした。

自分が自分の足で訪れ、何もなかったところから全てが始まって今こうして仲間と呼べる人たちと出会い、帰ってこれる場所があって。愛する街があって。

それが僕にとって何よりも大切で、それがあるから続けていくことができる。そうしてそれらがまた音楽へと姿を変えていく。

僕はまた僕の道を歩いていく
そうそれこそが

成長するってこと、涙見せたっていいぜ
悲しみと祝福の中で会おう。


関西途中下車 完


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