蟹ヶ谷古墳群 矢上川古墳紀行(1)
小さな川が削り出した丘の上に古墳が立ち並ぶ
今回は、鶴見川支流の矢上川を遡り、小さな古墳を巡る旅をします。矢上川は小さな河川ですが、流域にはたくさんの古墳があります。川沿いを歩くには距離が長いので、今回は自転車(ママチャリ)でGO!
矢上川と流域の地形
地理院地図に川の流れを示しました。赤色が矢上川と有馬川、黄色が早渕川です。下末吉台地をかなり削っていますね。
鷹野大橋から鶴見川左岸下流方向を望む。
奥の緑の盛り上がりは、前回取り上げた加瀬台古墳群。こちらは川崎市方面。
※川の左岸とは、流れの進行方向に対して左を意味します。
こちらは、矢上川の合流部。奥に見えるのは日吉台。私の背後には駒岡堂ノ前古墳(横浜市鶴見区)が鎮座。
橋を渡ったところ。左にカーブする大きな川が鶴見川、右から流れ込むのが矢上川。矢上川右岸は横浜市港北区。写真中央奥は、綱島古墳のある台地です。
合流部近くは、川面と地面の高さが同じくらい。矢上川は小さいながらも、江川と渋川が流れ込んでいるので、鶴見川の水かさが増せば逆流や越水が起こる可能性も。そのため、現在、河川の防災対策工事中。
(あぁ写真ヘタクソ。スマホだし、こだわりがないんです。)
矢上橋の手前で左岸を見ると、加瀬台が見えます。
正面には観音松古墳(矢上小学校の敷地内)。本当に松がある!古墳は滅失したようだけど、ネット上に当時の写真が残っていた。
【ご参考】観音松古墳の研究2(pdf 慶応大・安藤 2015)
渋川との合流地点。ここから矢上川は左手に大きくカーブします。
慶応義塾大学矢上キャンパス、急な段丘。
この先、新幹線の高架と綱島街道、東急東横線の高架を超えて行きます。
矢上古墳(日吉公園)
上田橋を左折して少し登って日吉公園に到着。ここは、弥生集落の遺跡と矢上古墳、横穴墓が見つかった所です。
公園入り口から、さらに上へ向かう階段が。
公園の一番上に、案内板がありました。
何も…跡らしきものはありません。
う~ん…この辺りが横穴墓かな?
傾斜地だけど芝生広場があって子どもたちが喜びそう。見晴らしの良い公園です。左側は武蔵小杉のマンション群。
写真正面奥が、矢上古墳のあった場所らしいが、公園からは分からない。あそこなら、多摩川対岸からも見えるかな?
入り口の階段辺りにも横穴墓があったらしい。
遺跡の跡地なので、古墳を見たい人は興味がないかもしれないけれど、古代人が生きた土地の形を味わうことができます。
矢上川に戻って、更に進んで行きます。右岸にこんもりとした丘陵が迫っていて、どこの頂にも古墳がありそう。
江川との合流点。人工河川で、周辺は「せせらぎ遊歩道」に整備されている。桜のプロムナードが有名。
さあ、ここからあと一息で、目指す古墳に到達します!
蟹ヶ谷古墳群
「橘橋」を左折するとセブンイレブンがあり(ひとつ手前の橋のそばにもセブンがあるので要注意!)、その脇の細い道を進んでいくと、神庭緑地の案内板が現れる。蟹ヶ谷古墳群は、この緑地内。
近隣のご迷惑になるので、自転車は(狭い)道路に駐輪せずに緑地内の駐輪場へ移動します。奥の階段から古墳へ向かいます。
結構急な階段を上っていくと…
わぁ、とても良い眺望!
正面は武蔵中原駅方面、富士通のビルが見える。右は等々力緑地かな?
さらに先へ進むと古墳らしき膨らみが。
尾根の先端になる高台に3基の古墳。さらに先には4号5号墳もあるようですが、公開されていないようです。
2号墳
直径約 13m。しかし、墳丘から離れた場所に溝が見つかり、実際はもっと大きかった可能性が。
1号墳
前方部側面。現存する市内唯一の前方後円墳。(う~ん。ますます加瀬台の白山古墳が滅失しなければ…と感じる次第。)
後円部右側から
前方部から。長さ約 27m、後円部が削られているので、実際には 30m以上あったらしい。
3号墳
南北約 9m、東西約 11mの円墳。墳丘がかなり削られている。2号墳と同様に離れた場所に溝が見つかり、直径 18mの円墳であった可能性が。
園内の様子
尾根自体が広くないのですが、園内(?)にはベンチもあるので、お弁当を食べることはできます。竹林や植栽があり、静かな場所でした。駐車場はなし、トイレもありません。
神庭遺跡
この台地一体が、縄文中期~弥生~古墳時代の遺跡であったようです。
江川からの散策コースの案内板がありました。
有馬古墳 矢上川古墳紀行(2)へ続く
オタク気質の長文を最後まで読んでいただきありがとうございます。 またお越しいただけたら幸いです。