お葬式

母方の祖父が亡くなった。
なるべく急いで駆けつけたつもりだった。
私は普段から焦る事が苦手な人間である。私に例外はない。
人は死ぬ。いつ死ぬか分からないものだから突然訪れるその瞬間はとても苦手だ。
緊急事態に焦る人に巻き込まれる自分にも嫌気がさす。

普段履かない黒いストッキングは朽ちて迷彩柄のような代物になっている。数珠がない。バックはどこにしまいこんだのか思い出せない。7つぶら下げていたピアスを外し、なんとか身支度を済ませて遠方へと急ぐ。靴の中敷きが剥げかけていて足裏で形を崩し片寄っている。足裏で糊がベタつきとても気持ちが悪い。

結局私は息を引き取るその瞬間には間に合わず、死臭の漂う空間で祖父の姿をした死人の側に座った。臭いが気になって仕方がない私はそれを小声で母に伝えた。母が私に言う。「人は死んでも暫くは耳が聞こえているのよ。気を付けなさい。」母はよくくだらない嘘をつく。疑わしく思いながらも死人に口なし。死人に耳あり。考えれば考えるほど怖くなり心の中で「お祖父さん臭いなんて言ってごめんなさい」と謝る。…とても奇妙な気分だった。

通夜、葬儀と事は進む。葬儀とてただの行事だ。涙だけでは終わらない。
お坊さんが別室に控えているというのでお茶を運ぶ。ノックして部屋へ入る。
おじさんが躍起になって重ね着した服を脱ぎ散らかしていた。お坊さんに変身中だったようだ…布施を渡しお茶を置き部屋を出る。
葬儀が始まり、変身したおじさんが信じられないくらい派手でキンキラな衣装を身に纏い、ごちゃごちゃと大小の玉ネックレスを重ね付けして、ゴインゴインとリズミカルにお経を唱え始める。
隣で兄がゴインゴインのリズムに合わせて前後に揺れていた…こいつシラフか?
斜め前方に正座した親戚の叔父さんの五本指ソックスが目に入る。一応黒だ…
絹製品なのだろうそれはとても薄く冷えそうだ。今は二月、普通の靴下を重ねて履けばよかったのでは?叔父さんの足はそんなに風通しが必要な状態なのだろうか?いらぬ事が気になる。
逆方向の見知らぬおばさんはストッキングに長すぎるスジ穴が入っている。
美しく並べられていたはずの座布団が、出入りする人々で斜めになり重なったりして無法地帯のような空間になっていた。二列前のおばさんは二枚重ねの座布団と斜めになった座布団の間にまたがるように座り、若干傾いている。座りごごちが気になる。

葬儀も終わりバタバタと人が出て行く。お坊さんも帰ったようなので、お坊さんのいた別室のお茶を片付けに部屋に入る。
かじりかけのお茶菓子が床に転がり猫が食い散らかしたような有様だった。まさか立ったまま着替えながら食べたのだろうか…あの人は本当にお坊さんだったのだろうか?
お坊さんのイメージを覆す事が出来ないまま、その後も親戚の泣き言や小言、酔っ払いに付き合わされ働かされヘトヘトで重だるく後日帰宅。

死んでからも人間は面倒くさく お坊さんは胡散臭い。

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