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三島由紀夫「暁の寺」:日高新報6月14日(金)掲載ブックレビュー

「豊饒の海」第三巻が本作品である。全編の背後には常に死の影が漂っている。
 第一巻「春の雪」では、華族に生まれた松枝清顕と綾倉聡子との儚くも激しい恋とその死。
 第二巻「奔馬」は、清顕の生まれ変わりの飯沼勲の人生と昭和維新に破れた勲の割腹自決。
 本作品では清顕の魂はタイへ飛んでいた。
 七歳になったタイの王女は自分は日本人だという。故郷である日本へ帰りたい泣き叫ぶのであった。
 清顕の友人、弁護士の本多繁邦は、五井物産の法律顧問としてタイを訪れる。そこでタイの王女に謁見をし、その王女が松枝清顕の生まれ変わりではないかと試すのであった。
 本文より。
ー「松枝清顕が私と、松枝邸の中ノ島にいて、月修院門跡のお出でを知ったのは何年何月のことか?」
 「一九一二年の十月です」(中略)
 続けて、
 「飯沼勲が逮捕された年月は?」
 姫はますます眠そうに見えたが、澱みなくこう答えた。
 「一九三二年の十二月一日です」(中略)
 「それで答えは二つとも当たりましたか」
 「いや」
 「一つは当たったんですか」
 「いや。残念ながら二つとも外れた」
 と本多は打遣るように嘘を言ったが、この捨て鉢な口調が却って嘘を隠して、菱川はすっかり真に受けた高笑いをした。-
 その後、離宮へ招かれた本多はそこで水浴びをする王女の裸体を垣間見たのであった。そこには清顕と同じように、左の脇腹に三つのホクロが確かにあったのである。

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