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あなたの余命知りたい?(ショートショート)【音声と文章】

山田ゆり
00:00 | 00:00
20XX年。


政府はある無料サービスを始めた。
「あなたの余命を教えます」



生年月日
首が座った頃
ハイハイができた頃
予防接種の種類と罹った病気の内容
保育園のお遊戯会でどんなことをしたのか

小中高校の学校名と受けた教育の内容
生徒会や部活動の成績

大学の教科や卒業論文

社会に出てからは
会社名・部署名・仕事の内容
会社での賞罰・年収


食材・本・家電・家具などの購入品
飲食店での食事のカロリー数

一人ひとりに固有の番号が付され、
その人がどこで何を購入し、
どんな食事をしてどんな娯楽をしたのか。


その日の歩数
病歴と医療機関の受診内容
ありとあらゆる記録が
政府のある機関にビックデータとして存在していた。

そして、その人の余命は
何年何月何日何時何分まで分かるほど精密だ。



人は、いつかは死ぬと分かっていても、
「その時」はまだ先だと思って生きている。
だから「今」は「とりあえず生きている」こともある。



しかし、余命を知ることで「死ぬまでにこれだけはしたい」と思うようになる。

すると、その内旅行したいと思っている人が旅行をするようになった。
カヌーの乗り方を習う人・英会話を習う人、
「いつかしよう」と思っていることをする人が多くなって、市場が活発になり経済が大きく動き出した。


今まで眠っていた通帳の定期預金が減り、
その代わりお金が回り出した。

これは政府の狙い通りだった。




ある日、ある組織がそのデータをハッキングした。

そして、ボスが自分の関係者の余命を一覧表にするよう部下に命令した。
その関係者の個人番号を入力している横で彼は「まだか!」と怒鳴る。

言われた職員は急いで入力し、どこかのキーを間違って押し、ワンテンポずれてプリントアウトしてボスに手渡した。



ボスは重厚な椅子にふんぞり返りながらその一覧表を眺めた。
人の余命を知るのはどこか罪深く、
しかし、見たいという欲望には勝てない。


うむ、こいつはあと43年もあるのか。
むむ!こいつはあと12年しか生きられないのか。
少し太り過ぎだからなぁ。



余命が遅い順になっているその一覧表の一番下を見て彼は顔面蒼白になった。


俺が余命1年!


そんなはずはない。
俺は他の奴らとは違い、高級なものを毎日お腹いっぱい食べている。

会社の金でゴルフもしている。
酒と煙草はしているが、健康診断で、
肝臓と腎臓、血圧、脂質が異常値なだけで、
普段の生活は至って普通だ。

こんなに健康な俺があと一年しか生きられないはずはない。

しかし、政府のデータに間違いはない。


彼は暗い部屋でじっとその用紙を眺めていた。
窓にポツポツと雨が当たり始めた。




一年後

紫陽花が映える季節がまたやってきた。
葬儀場には家族全員が笑顔でいる写真の中から
切り抜かれた嬉しそうな彼の遺影が飾られていた。



参列した人々は口々に言う。

「昔、彼は無茶なことばかりしていたのに一年位前から、まるで別人のように変わったよな。」

「そうだよな。酒・たばこ・ギャンブルは全てやめて、子どもたちの登下校時の緑のおじさんを自らかって出たというじゃないか。」

「そうそう。町内清掃や廃品回収も自主的に参加し、彼の会社が所有するトラックを無償提供しているというじゃないか。」

「あんなにワルだった彼を何がそうさせたのか。」

「どうやら、例の余命お知らせシステムを使ったらしいぜ。」

「以前とは比べものにならないくらい健康になり、真っ当な人生を歩むようになったのに、みどりのおじさんをしている時にネコが突然飛び出してきた。
とっさに彼が猫を助けたお陰で、彼は別世界へ旅立ってしまったなんて、皮肉なもんだね。」



彼の葬儀は盛大に行われた。
慈善活動をするようになった彼を悼む人々で式場はいっぱいになった。


その葬儀には当時、余命お知らせシステムを操作し、プリントアウトした従業員も参列していた。


実は、彼が入力している時にボスがあまりにもせかすのでボスの番号を入力したあとに、間違って、「END」キーを触ってしまったのだ。

そのキーは「余命」を強制的に「1年」と変えるキーだった。
しかし、彼はそのキーを押したことに気づかず、すぐにプリントアウトしてボスに渡したのであった。


だから、彼はその時のことを認識していない。
本当は「余命38年」だったが、それは誰も知らない。



自分の余命は1年。
それを知った彼は心を入れ替え慈善活動に専念した。



「自分はあと1年しか生きられない」
その潜在意識が彼の死を引き寄せたのかもしれない。






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