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どこかの世界で。

松井海斗は、キャンプに来ていたはずだった。
友人5人と共に。
なのに、気づけば知らない場所にいて、友人達とはぐれてしまっていた。
「おっかしいなぁ」
辺りを見回すも、自分がどこにいるのか全くわからない。
右も左も木や草花だらけで、人の気配も建物も見当たらない。海斗が立っているのは、人ひとりがやっと歩けるくらいの、道と行って良いのかもわからない場所である。
「うぅううーあぁーくそおぉぉぉ」
茶色い髪をかきむしって、うめき声を発する。
方向音痴である海斗は、見知らぬ土地に行く際は必ず誰かに同行してもらうようにしている。
1人で出歩くことはまず、ない。
友人達も海斗の高校音痴ぶりは知っていて、海斗を気にしてくれていた。

なのに、このザマだ。
どうしたら、自分はこうも道に迷えるのだろうか。そもそも、ちゃんと車の通るアスファルト
の道を歩いていたはずなのに、どこをどうしたらこんな地面が土の道に入るというのだろうか。普通、気づくのではないだろうか。
携帯電話の電波が入らない。連絡の手段がない。

自分の不注意さに辟易しながら、海斗は深い深いため息をついた。
不注意さという問題なのだろうか・・・と思いながら、とりあえず、歩いてみることにした。もしかしたら誰か人がいる場所にたどり着けるかもしれない。

さわさわ。さわさわ。

30分ほど歩いた時。唐突に風が吹き始め、周囲の木々を揺らした。
「?」
妙に、清らかな風だと感じた。
神社に行った時のような神聖な雰囲気とでもいうのだろうか。
なにか、そういうものを感じたのである。

しかし海斗は、神社は建物や巫女さんの存在など、視覚的に「神聖な場所」と認識しているのだと思っている。神社的要素が何一つないこの場所で、なぜそんな雰囲気を感じるのかわからない。

ふいに、すぐそばで何かの気配を感じて振り向いた。

するとそこには、さっきまではなかった広い空間があり・・・その中央に、巨木が、あった。
「え・・・」
海斗は戸惑いながらも、巨木へと吸い寄せられるように近づいていく。
直径5メートルはあるだろうか。
高く伸びた幹は空を覆い尽くすように、枝を伸ばし、葉をつけている。

呆然と見上げていた海斗だが、幹に何かが描かれているのに気が付いた。
鋭い刃物か何かで彫られたもののようだ。
何かよくわからない、文字のようなものと、図形が描かれている。

そっと、その図に触れてみる。
・・・次の瞬間。ふわっと、白い光が広がった。
「!?」
えっ、と思った時には、すでに景色は一変していた。
何が起こったのか、海斗には理解できない。
確かなのは、先程までいた場所とは違う場所にいる、ということだ。
「え・・・え!?どゆこと!?!?何が起きたんだ!?」
ひとまず辺りを見回して情報を得ようとする。
どこか建物の中にいるようだが、特に家具があるわけでもなく、あるのは目の前の扉だけだ。
何もない部屋である。

ドンッ

混乱して突っ立っていると、後ろから衝撃がきた。
今度はなんだ、と独り言を言うより先に、声がした。
「誰だ?」

声だけで、不機嫌なのだと分かった。
衝撃で床に突っ伏してしまった海斗は、ハッと振り返る。
その先にいたのは、青白い顔の、声の通り不機嫌そうな顔をした女だった。

「あ、あの・・・」
戸惑って、とりあえず何か言わねばと声を発してみるも、何を言って良いのか分からず、黙ってしまう。
「お前。どうやってここに来た?」
「え」
女は威嚇するように、険しい顔で海斗を睨む。
「えっと・・・気づいたらここに・・・」
説明を端折りまくった気がする海斗だが、ある意味そのひとことに要約されている。
「気づいたら・・・?」
ますます訝しげに睨んできたため、海斗は慌てて、混乱しつつ何とか頭を働かせて説明を試みる。
「み、道に迷ってしまって・・・そしたら大きな木をみつけて、気づいたらここに・・・」
先程よりはマシな説明だろうか・・・と、恐る恐る女の様子を窺う。
「・・・。ふぅん?」
納得したわけではなさそうだが、とりあえず敵意はなくなったようだった。ホッと胸をなでおろし、海斗
は聞いた。
「あの、ここどこですか・・・?」
「私の研究所だ」
「・・・は?」
ぽかんとする海斗に、再び不機嫌そうな顔になり、女が言う。
「私の研究所だと言っている」
「あ、はい、そうですか・・・」
妙な圧力に、とりあえず素直にうなずいた。
その時。

"ぐうぅぅぅぅ~~~~~"

海斗のお腹の音が、部屋に響く。

「なんだ?腹減ってるのか」
「はい・・・・」
歩いたせいですっかりお腹が減ってしまっていた。
こんな状況だというのに、体は正直である。
「よし。何か食わせてやる。来い」
「えっ」
女は、目の前にあるドアを開けて、部屋から出て行ってしまった。
怖い人だと思ったが、そうでもないのだろうか・・・そんなことを思いながら、海斗は慌てて女の後を追った。

よくよく見れば、綺麗な人である。
すこし癖のある真っ黒な髪。長い前髪から覗く眠そうな目がいかにも気だるげで、どこかミステリアスな雰囲気がある。

出されたスープとパンを食べながら、海斗は思わず女を何度も盗み見る。

「この後、少し付き合え」
女が、唐突に言った。
「え?」
「ほしい素材があるんだが、私よりお前の方が、それを採取するのに向いてそうだ」
「はぁ・・・わかりました」
よく分からないが、海斗はうなずいた。
「そういえばまだ名前を聞いてなかったな。私の名はアリアという。お前は?」
「松井、海斗・・・・です」
顔は日本人っぽいが、ハーフか何かなのだろうか・・・?と海斗が思っていると、そんなこと知る由もないアリアがこくりとうなずいた。
「マツイカイトか。よろしくな」

食後。
アリアの研究所はそれなりに広い建物だったようで、あっちへこっちへ部屋を抜け廊下に出ると、窓の外には紫色の空間が広がっていた。
建物の外に出ると、その紫色は、木々と空の色で成り立っていることが分かった。
紫色の木々は、枝がぐねぐねとうねっていて、気味が悪い。

「こっちだ」
アリアに案内されて、不気味な木々の間を歩いていく。
10分ほど行くと、植物の感じが変わってきた。
紫色のうねった木々や真っ黒な草ばかりだったのが、ぽつぽつと、いろんな色の植物が混じるようになってきたのだ。
中には光っている植物や、結晶のようなものができていたり、見たことのないものばかりだ。

アリアは、いろいろな植物を採取したり液体の入った瓶に入れたりしている。
そして、あっ!と声をあげて、走り出した。
慌てて海斗もついていくと、ある植物の前で止まった。
「マツイカイト。お前の出番だ」
見ると、大きな花とつぼみのついた植物がある。
「これは、ポクルケッタという花でね。この花の、つぼみの方を採取したいのだが・・・このポクルケッタの茎はとても丈夫で、私の力では茎を切ることができないのだ」
いかにも貧弱そうな細い腕を見せて、ため息をついた。
「・・・わかりました。やってみます。この茎の分部を切って、つぼみを採取すればいいんですね」
海斗は、アリアから渡された大振りの刃物で茎を切り始める。
・・・が、カキィンと金属音がして、刃が入っていかない。
「そいつが丈夫なのは、表面だけなのだ。表面さえ突破すれば、簡単に切れるはずだ」
ノコギリのように押したり引いたりして切ろうとするがキィィと嫌な音が立つばかりでちっとも切れる気配はない。
ムッとした海斗は、刃物を高く振り上げると、思いっきり茎に叩きつけた。
手に、ものすごい衝撃がきて、肘までしびれる。

メリッ、と音がした。
茎に傷はついていなかったが、触ってみると、少し柔らかくなったような気がした。
もう一度、力いっぱい叩きつけてみる。
・・・すると、バリィィィッ!!!!!と、植物とは思えない音を立てて、刃が茎に刺さった。
「おお!!」
アリアが歓声をあげる。
海斗がちらりと見ると、目をキラキラさせたアリアの顔がすぐそばにあった。
そうとうこのつぼみが欲しかったようだ。
ぐっと力を入れると、茎の奥まで簡単に刃が入っていき、つぼみがボトリと地面に落ちた。
アリアが慌ててつぼみを拾おうとしたが、
「ゔっ・・・」
とうめき声をあげて固まってしまった。
「お、重い・・・」
その姿が面白くて、思わず海斗は笑い声をあげた。
「俺が持ちますよ」
笑われたのが恥ずかしかったのか、拗ねたのか。
アリアは少し口をとがらせながら、大きいビンを差し出した。
「これに入れてくれ」

ポクルケッタのつぼみはそう見つかるものでもないようで、もうひとつ取ってほしい探したが見つからず、結局ほかの植物を採取して戻ってきた。
荷物を持たされた海斗はぐったりだ。

「この植物たち、どうするんですか?」
なんとなく、聞いてみた。
「成分を抽出して、結晶化させるのだ」
きれいに植物を洗いながら、アリアが言った。
「成分を抽出・・・ですか」
「そうだ。この植物たちはみな、魔力を秘めた植物なのだ。魔法具などに結晶がはめ込まれているだろう?私は、その結晶を作ったり、新たな結晶を見つけたり、ほかに応用できないか研究したりするのが仕事なのだ」

海斗の頭は理解が追いつかないようで、全く内容が入ってこない。
いやむしろ、理解するのを拒んでいるようにさえ思える。

魔法具?魔力?そんな、RPGじゃあるまいし・・・。
成分を抽出って・・・エッセンシャルオイルとかじゃなくて??

完全に、混乱していた。

「えっと・・・魔力って、なんですか」
「・・・・・・・・・・・・・・は?」
そんな顔もするんだな・・・と思わず海斗が思ってしまうくらい、今まで見た彼女らしくない反応だった。
ぽけ~・・・ぽかーん。
そんな感じだ。
今度は、彼女のほうが理解できないようだった。

「キミは・・・魔力を知らないと?」
「ハイ。あ、ゲームとかでなら知ってますけど・・・」
「はぁ?」
ますます、アリアの頭上に「?」マークが浮かんだ。
「驚いた。魔力を知らないとはね・・・身近なものにたくさん使われているだろう」
「例えば?」
「例えば・・・列車だ。動力源が魔力だろう」
「そうなんですか?」
そんなこと聞いたこともないわ!!と、思わず心の中でつっこみを入れた。
「ライトだってそうだろう。このライトを見ろ。ここに結晶がはめ込んであるだろう」
そばにあったデスクライトには、確かに何か石のようなものがはめ込んである。
「これが植物から抽出した魔力の結晶ってことですか?ただの飾りじゃなくて??」
「はぁああああ~~~?」
呆れたようなアリアの反応に、ちょっと傷つく海斗だ。
何言ってんだこいつ、あほか?んなの当たり前だろうが、と言わんばかりの態度をしないでほしい。

今更ながら、自分のいた世界とは違うところなのではないか、という思考が浮かんできた。
なんかおかしいとは思っていた。
そういえば、スープにも、へんてこな、みたことない野菜なのかキノコなのかが入っていた。
天然、とよく言われる海斗だが、今それを思い切り実感した気がした。

「なるほど・・・」
海斗は、今理解したと言わんばかりに天を仰ぐ。
「なんだ?どうした」
「俺はきっと・・・こことは別の世界から来たんだと思います」
素直に、その事実を受け入れた海斗だ。
「別の世界・・・?まぁ確かに、お前はあの魔方陣の部屋にいたしな・・・」
これまたあっさり、アリアも受け入れた。
「へ?」
「お前がいたあの部屋は、いろんんあところにつながっている魔方陣の部屋でな。・・・とはいえ、異世界の人間が転移してきたことは初めてだが・・・」

そういえば、と海斗は思い出す。
「俺がここに来る前、木にへんな模様が描いてあったのを見た・・・」
海斗のそのつぶやきに、こくりとアリアはうなずいた。
「それが、魔方陣だな。・・・しかしここに転移するには、私と同じ血統でないと無理ははずなんだが・・・」
なにやら真剣な顔で考え込んでいたアリアだが、思い当たる何かがあったのか。「もしかして・・・」とつぶやいて、しかしすぐに首を振った。
「まぁいい。…元の世界に戻りたいか?」
「え?あ、そりゃあ、もちろん。友人達が心配してるかもしれないし・・・」
「・・・。そうか。なら、戻してやる」
「え!?できるんですか!?俺がどこから来たかわかるんですか?」
「まぁな。来い」
そう言うと、アリアは洗っていた植物を置いて、さっさと歩き始めた。

ついた場所は、来た時とは違う部屋のようだった。
床に図形が描かれている。

「心の準備はできているか?」
いきなり帰れることになって、少し戸惑いはあるものの。海斗はホッとして、うなずいた。
「では、そこの魔方陣の中央に立て」
アリアの指示に従って、図形の中央に立つ。
「・・・」
アリアは、ポケットからブレスレットを取り出した。綺麗な青色のブレスレットだ。
「これを持っていけ」
「・・・これは?」
アリアがつけてくれたブレスレットをまじまじと見つめながら聞くと、
「これは魔力を増幅させる効果のあるものだ」
「?」
海斗のいる世界に、魔力など存在しない。何の意味があるのかと思ったが、手土産的なことだろうか?と思い、素直にお礼を言った。
「ありがとうございます」
「・・・。お前は、私の助手に良さそうだ」
「は?」
ぽかん、と海斗がしていると、アリアが初めて笑った。
「ポクルケッタのつぼみ、ありがとう。また会う日まで、そのブレスレットをなくすなよ」
そういうと、アリアは何か呪文のようなものを唱え始める。
視界が、真っ白になった。

気が付くと、どこかの森の中にいた。
「ここは・・・・」
辺りを見回す。
元の世界に帰ってきたのだろうか。
腕には、アリアがつけてくれたブレスレットが光っていた。
「・・・」
その時。
「あーーーーーーーっ!海斗ー!!」
名前を、呼ばれた。
ハッと顔を上げると、こちらに駆け寄ってくる友人達の姿が見えた。
「どこ行ってたんだよ!!いきなり消えるからびっくりしただろ!?」
本当に心配してくれていたのだろう。表情と態度で、、すぐに分かった。
「ご、ごめん・・・」
友人達の顔を見て、海斗は安心したのか一気に脱力感に襲われた。
「とりあえず、もどろうぜ。あっちが道路だから」
友人が言う。

歩き始めた海斗は、一度、後ろを振り返った。
こそに、アリアもいなければ巨木もなかったけれど・・・何かを感じる気がして、笑いかけた。

アリアが最後に言った言葉は、どういう意味だったのだろうか。

(また、会えたらいいな)

そう思い、海斗は友人達と森を後にした。

・・・数年後、海斗はアリアの言葉の意味を知ることになるのだが・・・この時の海斗はまだ、そんなこと知る由もない。

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