【小説】私の明日はどっちだ?6-③
何とか決まった就職先が思いがけずいいところだった、と思ったのもつかの間、やっぱり何かあるのかも。だって私を採用したくらいだもの…。
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ニワカさん壊れる
それは、ちょっとした運動会があった日だった。イベントらしいことがあったのは久しぶりで、そこにいた誰もが何となく浮足立って、ざわついた雰囲気があった。
運動会と言っても学校でやるような大それたものではない。長机の端から端までを行ったり来たりするとか、借り物競争に倣ってあちこちから何かを調達してくるとか簡単なものばかりだったが、お年寄りも小さい子も、出たい人は誰でも出ることができた。各競技には景品が出て、自分も参加しているのだという楽しさは感じられたに違いない。
いつもより何倍も多くの人たちが集まり、笑い、多少もめごとがあったりしたお祭りが終わり、片付けまで済ませたころにはみんなクタクタだった。
「さあさあ、みなさん、今日はさっさと帰ってくださいよ」
今日の夜勤をかって出てくれたハルカくんには、まだ体力が残っているらしい。昼間だって人一倍動いていたのに。私はもう今すぐにでも帰りたい気分だった。玄関のところでハルカくんに、お先、と挨拶をして靴に足を入れたその時、後ろから声がした。
「薮田さん、今日時間ある?」
「はい。え?今日?今日、これからですか?」
気持ちはすっかり家に向かっていたので、その至福の感情をぶち壊したニワカさんを気遣う余裕はなかった。
「ニワカさん、また今度でもいいですか。さすがに今日はちょっと疲れちゃって…」
「だって今日しか時間ないんだもの」
せめて前もって言ってくれれば、もう少し余力を残しておいたのに。
「すいません、ニワカさんの頼みでも、ほんとにバテちゃって。今日はムリです、ごめんなさい」
「わかってる。疲れてのは私も同じ。でも今日を逃したら今度いつ時間あるか」
「だったら今、ここでお話聞きます。できれば手短に…」
「ここじゃなくて。ね、ご飯食べに行こう。なんか食べに行こう」
それ、今日じゃなくていいです。ほんとにもう帰りたいんですけど。
「ね、ね、行こう行こう」
「ニワカさーん…」
半分涙目になって私は答えた。そんなに大事なことって何だろう。いや、もう全然頭が働かない。
確かに、ちょっと前ニワカさんに言われた「あなたになぜそんなことがわかるの」は、心のどこかでずっと引っかかっていた。だって、人生勝ち組みたいな人にそんなことを言われたって、はあ、私とはレベルが違いますから、としか思えなかった。…はずなのだけれど、その時のニワカさんは、いつもと違って本気で怒っているみたいに見えたのだ。でももし何かあったとしても、凡人から言わせてもらえばどうせ大したことないことなんだろう、と勝手に思っていた。その後も何もなかったように毎日が過ぎていたので、気にはなっていたけどわざわざ切り出すことでもないかな、と思いそのままになっていた。思い当たるのはそのことぐらいしかない。
そして気づけば、私は重いからだを引きずりながら、ニワカさんの後をとぼとぼと歩いていたのだった。情けない。すっぱり断れなかった自分が情けない。今のこの気持ちに見合うだけのものすごいごちそうを、してもらおうじゃないの。
「ここでいいかな」
ブツブツ言いながら下を向いて歩いていた私は、そこでようやく顔を上げた。そこは、屋台風の居酒屋だった。
「ここの焼き鳥、なかなかなのよ」ニワカさんはこともなげに言った。
焼き鳥かあ。嫌いじゃないけど、今日の、この憤りを収めるには。でももうほとんどどうでも良かったので、はい…と小声で答えて暖簾をくぐった。
確かに評判はいいらしく、店の中はお客さんでにぎわっていた。奥の方のこぢんまりした席に落ち着き、ニワカさんがテキパキ注文を済ませると、私はやっと我に返った。
「で、ニワカさん。今日じゃなきゃいけない話って何です?」
「うん」
「うんじゃなくて。もしかして、この前のことですか?だったら私が悪かったと思ってます。謝ります」
「え?この前のことって?」
しまった!違うのか?いや、違うなら流そう。流さねば。
「いえ、何でもありません。ニワカさんどうされたんですか?」
「うん」
ニワカさんが珍しく言い渋っている。何だろう。
「あの、ね。」
「はい、何でしょう?」
「…」
「気にしないで言ってみてくださいよ。何だかわからないけど」
「あの。あのね、薮田さん」
「はい」
「友だちになってくれない?私と」
「いいですよ」いや待て、いいですか私?お友だちとは?
「何でも言ってって言ったじゃない」
いや言ってません。気にしないで、とは言ったけど。
「何ですかお友だちって。言ってる意味が、私には…」
「そのまんまだけど」
もっとわかんない。
ちょうどその時、店員さんが「はい、ぼんじりおまたせしました~!」と勢いよく飛び込んできた。
「すぐ売り切れちゃうから、今日はラッキーだったわね。これ、ほんと美味しいから食べてみて」
香ばしい匂いがして、噛んだらじゅわっとにじみ出た脂が、たまらなく美味しかった。確かに、これは旨い。
「美味しい!焼き方がちがうのかな。今まで食べてたのと全然違う」
「でしょ?これ、絶対薮田さんに食べさせたいと思ったのよ」
その言葉に、私はなぜだかドキッとした。そうだ、友だち発言のことをすっかり忘れてた。
「あの、さっきのことなんですけど」
混乱する私の頭の中で、焼き鳥とはてなが交互に飛び交っていた。
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