【小説】私の明日はどっちだ?6-②
人生は無数に枝分かれした道でできている。どれほど真剣に選ぼうと迷いは消えず、こころはいつも霧の中。ただ普通に幸せになりたいだけなのにな。
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波風なんていらない
考えてみれば、いや考えなくても、これまでの人生可もなく不可もなく、ということばかりだった。学生時代はすみっこの方で、できるだけ目立たないように過ごしてきた。すごくできるわけでもないし、悪くなる度胸もなかった。卒業の時に泣いて別れを惜しむ友達は特にいなかったし、そう思ってくれる人もいなかった。淋しくなかったと言えばウソになるけれど、ここまでは平和といえば平和だった。
でも勤め始めて数ヶ月で、病気で両親が相次いで亡くなった。親孝行なんて全然できなかった。最後の記憶は、ただ初めての社会的な儀式をこなすのに精いっぱいだった大変さだけだ。一人っ子だった私は、地球上でたったひとりぼっちになってしまったような気がした。
それから仕事だけ頑張ってきたけれど、気力だけではどうにもならなくて、職場を転々とするうちに自分の市場価値はどんどん下がって、気がつけば結婚もしていなくて…映画やドラマはもちろん、SNSで飛び交う華やかな人たちとは無縁の、はるか遠くの世界で生きているようだった。
それでも、私は、人生をあきらめていたわけではなかった。口に出さなかっただけで、ずっと幸せになりたいと思っていた。それがどんな姿をしているのか想像もつかなかったけれど、とにかく幸せになりたいとぼんやり思っていた。きっと、まわりの誰よりも強く願っていた。だけど現実ときたら…。
「ね。薮田さんもそういうタイプじゃないですか?」
「え?」
「どんな時でも冷静だって話、でしょ?」
ニワカさんが答える。取り込んだ洗濯物をたたむ手は動かしながら、頭では全然違うことを考えていたようで、私はまた全然話を聞いていなかった。
「すいません私、ボケっとしてて」
夕方から2時間ほど手伝いに来てくれている近所の足立さんは、ニコニコしながら私の分と思われる洗濯物をさりげなく取った。
「薮田さんは、あんまり感情表に出さないから。クールですよね。あっちの方で、もめごととかあっても動じないで自分の仕事してる感じがします。あ、いい意味でですよ」
「足立さん、私のことそんな風に見てたんですか?」
クールなんて気の利いたものじゃなくて、ただほんとにボケっとしてるだけ。そして、人の中に入っていくのがちょっと面倒なだけなんだけど。
「あ、でもちゃんとあったかい、ていうのがミソで」
「そうそう。この人、見てないようで見てるからね。なんだかんだ言って、突き放さないから」
「ニワカさん。からかってます?」
「素直じゃないねえ。ね、足立さん」
足立さんはそれには答えず、手際よく洗濯物を片付けると、そろそろ時間なのであがりますね、と言って帰っていった。足立さんは専業主婦で、中学生になる息子さんが二人いる。夕方のこの時間は、ちょっとヒマになるので来てくれているのだそう。ご自身の親御さんは今は自分たちで生活できていて、たまに顔を見に行くくらいで何とかなっているという。ここでの手伝いは、ボランティアでも良かったけれど報酬がもらえるので、ひそかに自信になっている、と話してくれたことがある。
「足立さんみたいに、ちょっと来たよ、っていうの良いですね。こういうので解決できることって、実はいっぱいあるじゃないですか」
「実の親だとうまくいかないっていう人もいるけど。いずれにせよ、どこかで人と人とがつながって回していくやり方、悪くないんじゃないかと思う。だからね。薮田さんには、もうちょっと積極的に動いてもらいたいんだよね。そろそろ」
「すいません、私気がつかなくて」
「すいません、て。誰も責めてないのに。なんか、気持ち引っ込めるよね。いろいろ。何を気にしてるの?」
「え、別にそういうわけじゃ…」
あれ、やっぱり責められてない?私。
「思ったらやってみたらいいんだよ。らしくない」
「らしくないって、ニワカさん、私の何知ってるっていうんですか?知り合ってそんな時間たってないし、仕事しかしてないのに」
「怒らないでよ。だから責めてるんじゃないってば。私はただ…」
「ニワカさんみたいに人生うまくいってる人に、私のことなんかわかるわけないです!これでも私なりに必死にやってるんです!」
普通に話すつもりだったのに、売り言葉に買い言葉でつい叫んでしまった。とその時ニワカさんの顔色が変わった。それは、私が初めて見る顔だった。
「私の人生がうまくいってるって…、そんなことあなたがなぜわかるの」
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