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【小説】私の明日はどっちだ?8-②

何かを選ぶのってすごく勇気がいる。さんざん迷ってこれだって決めても、結果はどれもイマイチだ。いったい私はどこに向かっていけばしあわせになれるのだろう…。

これまでのおはなしはマガジンからどうぞ。

こんな私にまかせないで

次の週末、3人の小学生たちがやってきた。

6年生で小柄なリョウくん、4年生ながらテキパキとしてリーダーっぽいあずさちゃん。そして、なんとボンちゃんだった。

「ボンちゃん!」

私はなんだかうれしくなって、思わず声をかけた。ここへは何度も来ていて慣れているはずなのに、ボンちゃんは恥ずかしそうに下を向いてしまった。琴音さんが、私の腕をぎゅっとつねった。

「次郎さん、子どもたち来てくれましたよ。次郎さんも早くこっち来てくださーい」

入口のドアが開いて子どもたちが入ってきたのを知らないわけがないのに、次郎さんは呼ばれるまでこっちに来なかった。そこまで言うのなら行ってやるか、という雰囲気である。ああ、こんにちは、と偶然会ったように素っ気なく挨拶をすると、で、何でしょうかねみたいな顔をして椅子に座った。

「みんな、今日はよく来てくれたね。お昼、食べてきた?」

ニワカさんがニコニコしながら話しかけた。間髪入れず次郎さんがボソッとつぶやく。…そんなくだらないこと…。それが聞こえているのは明らかだったが、あずさちゃんが礼儀正しく答えてくれる。

「ハイ!来る途中、3人でハンバーガー食べてから来ました」

「そう。リョウくんとあずさちゃんは、ここ初めてだったよね。ボンちゃん…じゃなくてええとユウタくんから何か聞いてる?」

「ハイ!すごくおもしろいとこだよって。で、私たち、いろいろ戦略練ってきました!」

「せんりゃくぅ?」

次郎さんがすぐ反応した。すごく上からのモノ言いだったので、私は子どもたちがやっぱりやめますとか言い出すんじゃないかとヒヤヒヤした。ところがそんな心配をよそに、応戦したのはボンちゃんだった。

「次郎さん、そっちのリーダーなんでしょ。かっこいいね」

あとのふたりも、素直に次郎さんの顔をじっと見ている。どうやら、スタートは子どもたちの方がうわてだったようだ。

「じゃ、次郎さんお願いしますね。薮田さんあとはよろしくね。よっぽどなんかあったら呼んで。琴音さんと部屋まわってくるから」え、うそ。私?

「ニワカさん!行っちゃダメです!」

「大丈夫だって。じゃ、みんな頑張ってね。相手が大人だからって、ぜんぜん遠慮しなくていいから」

子どもたちはお互いに顔を見合わせ、クスッと笑った。よかった、緊張はしていなさそうだ。いや、むしろ緊張してるのは私のほうだ。

「あ、あの、それで、新聞の記事なんだけど。みんなとしては、こんなこと聞いてみようかなとかってある?」

「ぼくは、子どもの頃、何して遊んでたか聞きたいです」

「そんなこと聞いてどうするんだ。今とは時代が違う」

「わ、私は子どものとき好きだった食べ物や、学校で何が流行ってたか知りたいです」

「どうせそんなもの、とか言うんだろう。君たち、もう少しマシなことが考えられないのかね?」

「…」

「次郎さん、意地悪なこと言わないでよ。だってぼくたちそういうことが知りたいんだもの。本とかじゃなくて、近くにいる人の話が聞きたいんだ。いいんだ、それで」

「ユウタ、へりくつを言うな。大人の話はだまって聞くもんだぞ」

「そんなあ」

ボンちゃんは、困ったなあ、と下を向いて小声で言った。

「とにかく、君たち、もうちょっとマシなことを言いなさい」

「たとえばどんなことですか?」あずさちゃんが決死の覚悟で聞いてみたが、次郎さんの返事はハッキリしない。

「これじゃ、話し合いになりません!おじいさんこそ、僕たちの話を聞いてください」

リョウくんが最後まで言ったか言わないかのうちに次郎さんの顔がみるみる赤くなり、こぶしでテーブルをドンっとたたいた。部屋中の空気が、カキーンと凍りつく。何かが起きてからではマズい。ニワカさんを呼びに行こうと、私が立ち上がったときだった。

「この子たちの言うとおりだ。次郎さん、あれもダメ、これもダメ、じゃ話し合いにならんだろ」

テーブルの端で静かに新聞を読んでいたシゲルさんが口を開いた。正直、しゃべっているのを聞いたのは、これまでほんの数回ほどしかなかった。

「何だと!それじゃ、あんたがやればいいだろう。こっちは頼まれたから仕方なくやってるんだぞ」

「次郎さん、落ち着けって。子どもだの大人だのって、何こだわってるんだ。誰もあんたを非難してるわけじゃないのに」

「あんたまで私をバカにするんだな。もうこんなことやってられるか!やめたやめた!」

「ちょ、ちょっと次郎さん、誰もバカになんてしてませんよ。ただお互いに、話聞きましょうって言ってるだけで」

「うるさい!おれは、もうこの役降りるからな。こんなのに付き合っていられるか!」

大声でさんざん怒鳴り散らすと、次郎さんはそのまま自分の部屋に引きこもってしまった。私はニワカさんを呼びに行く余裕もなく、ただオロオロするばかり。ほっときゃいいんだよ、というシゲルさんの声もむなしく、私の頭の中ではどうしようどうしようという不安がグルグルと回っていた。

「今日は、ぼくたち帰ったほうがよさそうですね」

泣きそうになっているリョウくんとあずさちゃんにはさまれながら、ボンちゃんが言った。今この空間で冷静さを保っているのは、ボンちゃんとシゲルさんのふたりだけだった。

「そ、そうだね、なんかごめんね。せっかく来てくれたのにこんなことになっちゃって。全然気にしなくていいからね、みんなまた来てね…」

たぶんほとんど感情はこもっていなかったと思う。でも、それだけ言うのが精いっぱいだった。

「今度いつ来たらいいか、連絡ください。あと、そっちはそっちでちゃんとまとまっててくれないと、ぼくたちも困っちゃうのでよろしくお願いします」

おとなしいのかそうじゃないのか。ボンちゃんは手際よくこの場を収めると、リョウくんとあずさちゃんを引き連れて(いるように見えた)帰っていった。シゲルさんが、やれやれ…と言わんばかりにため息をついた。

そのとき私が何をしていたかと言えば、ただ、そこに居ただけだった。


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