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【小説】私の明日はどっちだ?9-②

これまでのおはなしはマガジンからどうぞ。

ちょっとぐらいは認めてほしい

子どもたちを招いた新聞づくりイベントでは、少し早いクリスマス会も企画されていた。ちょっとしたケーキを食べ、その日の感想を言い合ったりするぐらいのものだったが、ふだんあまり交流のない世代同士。それだけでもなかなか貴重だったな、と私は思った。一部の人たちを除いて。

次郎さんは泣き崩れた後、イベントの場には戻ってこなかった。娘さんとお孫さんは応援するつもりで来てくれたのだろうが、思いがけない展開に早々と引き上げてしまった。…帰るんだ。取材の成果は冬休みの間に書き上げられ、1月半ばに持ってきてくれる段取りとなっている。次郎さんの記事は、はたして形になるのかどうか。なし、というのも居心地が悪い。まったく、何をするにもうまくいかないものだな、とため息をつくと、ハルカくんが大丈夫ですか?と私の顔を覗きこんだ。

そういえば、このところハルカくんは休みがちだった。ニワカさんに聞いても結局はぐらかされて、事情は分からずじまいだった。でも具合が悪そうには見えないし。体調の問題ではなかったのだろうか。

「ハルカくんこそ、大丈夫なの?」

「ぼくですか?全然大丈夫ですよ。むしろパワーアップした感じです」

「休み多かったから心配してたんだよ。実際、ハルカくんいなくて心細かったし」

「すいません。ご迷惑かけて」

「調子悪かったんじゃないなら安心したよ」

「え?違いますよ。ニワカさんから聞いてませんか?」

「…いくら聞いても何も教えてくれなかったから心配したんじゃない。何だ、私は知らなくていいのか。ふーん」

「そんな。いじけないでくださいよ。まあ、確かに大したことじゃないですけど」

「いいよ。慰めてくれなくても。あーあ、自分じゃ頑張ってるつもりなのに、やっぱり認めてもらえてないのかあ」

「そんなことはないでしょう。気にしすぎですよ」

「そうかな。新聞のことだって、年明けのこと考えたら夜も眠れない。こんなの引きずったまんま年越すなんて辛すぎる…」

「何とかなりますって。きちんとやろうとするから気になるんですよ。テストじゃないんだから」

「そんなこと言ったって無理だよ。ちゃんとやる以外に何があるっていうの。子どもたちまで巻き込んでるのに」

日も暮れて冷え込んでくると、今年もあとわずかで終わるよ、その前にやり残したことはないか、とせかされているような気分になる。自分の能力のなさをハルカくんにぶつけても仕方ないが、聞いてくれると思うとつい愚痴をこぼしてしまうのだった。

外に出るのが面倒で後回しにしていたが、ハウスの入口にかけたクリスマスリースを片付けなくちゃ。重い腰を上げてごそごそ作業をしていたら、背中をちょこん、とつつかれた。

「ボンちゃん!どうしたの」

「あのさ。これ、次郎さんに渡してくれない?」

小さく折りたたまれた紙を渡された。何だろう。開こうとすると、それ次郎さんにだからね、とくぎを刺された。

「ごめんごめん、確かに受け取ったよ。次郎さんに渡しておくね」と約束すると、ボンちゃんはあわてて帰っていった。気にしてたんだな、と申し訳ない気持ちになった。

さっそく次郎さんの部屋に行き、トントン、とドアをノックする。中から誰だ?と声がした。

「薮田です。次郎さんにお届け物があって」

ドアが少しだけ開いて、その隙間から次郎さんの顔がちらりと見えた。

「届け物って?」と不愛想な声で次郎さんに聞かれ、内心こんな素晴らしい贈り物を…とイラッとしたが、つとめて明るく答えた。

「ボンちゃんからお手紙です。今、持ってきてくれたんですよ」

開いたドアの隙間から手紙を差し出すと、少し間があって中から手が伸び、さっと手紙を取った。そして、もう用は済んだだろう、と言ってドアをバタンと閉めてしまった。とにかくこの人は、なんかこう温かみとか感情(激怒以外の)というものが苦手なんだろうか。それとも単に、私への信用が足りていないのか。どちらにしても、あのイベント以来、以前にもまして接しにくくなったのは確かだった。はあーっとまた,、ため息が出る。

さて、夕食の時間になっても次郎さんが出てこない。いつもまだかまだかと言われるので、おかしいなと思いながら呼びに行った。ドアをノックしようと部屋の前に立つと、なにやらすすり泣きのような声が聞こえる。私は、びっくりして次郎さん、次郎さんどうしたんですか!と思わずさけんだ。

しばらくしてドアが開くと、真っ赤に目をはらした次郎さんが立っていた。

「メシか。…今、行くから」


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