見出し画像

【小説】私の明日はどっちだ?9-③

これまでのおはなしはマガジンからどうぞ。

ボンちゃんからの手紙

おいしいだまこもち入りのおつゆが、冷めてしまう。

今夜は特に冷え込むだろうと、献立を変更してあったかメニューを用意したのだ。だから、冷めたものを出したのでは納得いかない。やはり、あたたかいうちに味わってもらいたい。でも、次郎さんはちっとも部屋から出てこなかった。

「これ旨いなあ」と言いながら二杯目をもらっているあつしさんはひとりご機嫌だ。この間のイベントで、次郎さんが途中で離脱したことから突然スポットライトを浴びることになり、あつしさんに変化が起きた。熱弁をふるうわけではないけれど、周りの人たちに自分から話しかけるようになったのだ。こころなしか、顔もツヤツヤしてきたように見える。

「メシ、まだ食えるか」

ギョッとして振り向くと、重たい気配をしょって次郎さんが立っていた。

「も、もちろんありますよ、よかったぁ、今日は寒いから、ホッカホカのおつゆ用意したんですよ。よ、よかったぁ」

むやみに明るく言い続けたので、不自然さがもろに出たのは否めなかった。でも、次郎さんのことより私に対してしらっとした空気に包まれたのはむしろ幸いだった。

「…旨い…」

妙に静まりかえったテーブルでほかの人たちはそそくさと食事を終え、いつもならしばらくおしゃべりをしてる常連さんも、早々に引き上げた。ここはオレの出番か?とばかりにあつしさんが場を盛り上げようとしたけれど、慣れないことに自分でも気まずくなったのか、もそもそと部屋に戻ってしまった。沈黙。

「次郎さん、おかわりありますよ」

「うむ」いや、うむじゃなくて要る?要らない?

「…旨かった…」なんだ、もういいのか。はあ。

「勇太のやつにはまいった」

「はい?」

「あいつにはまいった」

触れてはいけない話題だと思ってビクビクしていたが、ついに来たか。手紙には、いったい何が書いてあったのか。

「年明けたらまた来るっていうから。オレはいつでもいいから。あんた日にち決めといてくれ。頼んだぞ」

「え?ボンちゃん、また来るんですか?ニワカさんに聞いてみないと…。あ、でも自分で来るならいいのかな。やっぱりニワカさんに確認しますね」

「何でもいいから頼んだぞ」

その日ニワカさんは会議で出かけていたので、次の日聞いてみると、いいんじゃない?とあっさり言った。そんなものかと思ったが、まずは次郎さんに報告しなければならない。さっそく部屋の前に行き、コンコン、とドアをノックして言った。

「次郎さん、OKでしたよ」

そうか、とドアを開けてくれた次郎さんは、あの手紙を差し出した。

「これ、読んでみるといい」

「いいんですか?私ボンちゃんに読むなって言われたんですけど」

「内緒にしといてくれ。ただ。あいつがどんなヤツかわかるから」

あいつのすごさは私もよく知っている。でも、いいというならぜひとも読んでみたい。じゃあ、大切に読ませていただきますね、と手紙を受け取り、その日の仕事が終わるのを待った。手紙を開くのが楽しみでもあり、なぜかちょっとこわい気もした。訳もなく緊張した。

…今日の仕事が終わってしまった。こころの中で次郎さん見せてくれてありがとう、と思いながら、手紙をそっと広げる。そこにはボンちゃんのキラキラした気持ちが、精一杯ていねいに書いたのだろうと思われる字で置かれていた。

*****************

じろうさん、このあいだは泣かせてしまってごめんなさい。
いじわるを言うつもりはなかったのに、ほんとうにごめんなさい。
あんなこと言ったのは、ぼくのお父さんはぼくが小さいときになくなったからよくわからないけど、もしお父さんがいたらどうしてほしかったかなあとおもったからです。あと、もしぼくがじろうさんだったらすごく悲しかっただろうなあとおもったからです。じろうさんはおとなだけど、子どものじろうさんも悲しかったんじゃないかな、っておもったらなんだか泣きたくなっちゃって、そしたらじろうさんが泣いてしまいました。
ぼくはここに来るとなんにも気にしなくてよくて、あんしんして、のんびりします。じろうさんにだけ言うと、ぼくはいつもみんながこまらないようにガマンしたりくろうしているけど、ここではちゃんと子どもになれるのでぼくはここが好きです。じろうさんにおこられるときもあるけど、なんでおこられるのかわかるからへいきです。だからじろうさんがぼくにおこってるならあやまるし、おこってないならもういっぺんじろうさんにはなしを聞いてきじを書きたいです。おねがいします。

じろうさんのしんゆう、勇太より

あ、あと、しんゆうとしてひとつちゅうこくします。おこりっぽいとそんするのでもうすこしにこにこしてください。ではさようなら。

*****************

ボンちゃん。いつもガマンしてたのか。

「忠告とはおそれいったね」

鼻をすすりながらニワカさんが言う。声ぐらいかけてくれればいいのに。

「という訳で、次郎さんはいつでもいいって言ってたのでニワカさん調整お願いします」

「了解、了解。年内中にボンちゃん来れるかな。あんまり予定っぽくしない方がいいかもね」

「わかりました。ありがとうございます!」

大事な手紙を次郎さんに返しに行ってニワカさんと話したことを伝え、本日の業務は終了した。途中、何度も思い出し笑いをしながら家に帰った。

「親友、かぁ…」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?