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【小説】私の明日はどっちだ?7-①

何とか決まった就職先は、思いがけずアタリだったかもしれない。別にすごくやりたかったことではないけれど、人生なんてこんなものだし。

これまでのおはなしはマガジンからどうぞ。

飛び散ったクリーム入りの大福

「で、いったいどうしちゃったんですか?」

私はなかなかの焼き鳥に満足しながら、ちっとも本題に入ろうとしないニワカさんを問い詰めた。デキる女性にお友だちになってと言われて、戸惑わない凡人がいるだろうか。

「あ、うん。だよね。そうだよね」

ハッキリしない。ますます疑問が沸き上がる。実は別件での勧誘とか?この人ならすぐ引っかかりそう、と思われたのかも。

「私さ、友だちっていないんだよね」

「はい?」

「…。なんて言うか。それなりに話せる人はいるんだけど、ほんとのことは言えないっていうか。で、薮田さんなら笑わないで聞いてくれるかなって」

「はあ?」

意外といえば意外だったが、まだ油断はできない。それで私にどうしろと?とは口に出せず、その代わりにビールをごくんと流し込んだ。その時、聞き慣れない着信音が鳴った。私の、ではない。

「あ、ハルカくん。どした?え?大丈夫?うん…うん。わかった。すぐ行くから、それまで頑張って!」

ハルカくんからか。何だろう。

「薮田さん、悪い!どうもトミさんともめてるらしくって、ハルカくんからSOS来たから行ってみる。誘っておいて申し訳ないんだけど、また今度にしよう」

むむ。もめてるって何だろう。私は行かなくていいのかな。

「ほんとごめんね。これ、少しだけど」

ニワカさんは私の前に五千円札を一枚置くと、あわてて席を立っていった。
なんだ。疲れてるって言ったのに無理やり連れてきて、これかあ。よく考えたら私何やってるんだ?やっぱり断ればよかった。いや無理か。こういう時、私はきっぱり断れない。自分ではすごくイヤだ感を醸し出しているつもりなのに、相手には全然伝わらないのだ。全身全霊で断っているつもりでも、そんなにイヤじゃないように思われてしまうみたいなのだ。ニワカさんのお友だち発言の真意も、中途半端でよくわからなかったし、何だかムダに疲れてしまった。

お腹の方も中途半端だったので、せめてシメてから帰ろうと、焼きおにぎりを頼んだ。食べているうちに気持ちが落ち着いてきて、ふと思った。

近いし、ちょっと覗いてみようか…。

ニワカさんは私に来てとは言わなかったが、もしかして人手があれば助かるかもしれない。こんなの余計なお世話だろうか。でも気になる。ムダ疲れついでに、行ってみるか。

焼きおにぎりをたいらげると、ニワカさんのお金で支払いを済ませ、私は戻ることにした。キャッシュレスならポイント付いたのに…も加わって、すべてがモヤモヤしたままでは、家に帰ってもスッキリするはずがない。

ことが片付く前に行かなければと思い、ムダついでにタクシーに乗った。10分もかからないうちに着くと、私は深呼吸してからドアを開けた。

…静かだ。

あれ?もう終わったのかな、と思って中を覗くと、奥にある流しの前でニワカさんとハルカくんが座り込んでいた。

「ど、どうしたんですか、ふたりともこんなところで」

ふたりはおもむろに顔を上げると、どちらからともなくこう言った。

「…疲れた」

「…もうムリ」

「どうしたんです、大丈夫ですか?いったい何があったんですか」

「トミさんが。みんなでテレビ見てた時、急に怒り出しちゃったみたいで」

「春にやったのの再放送だったんですけど。サクラは毎年咲くんだから、って話になった途端、トミさんがテレビに向かって大福投げつけたんです。それ、クリーム入ってるやつだったから周りに飛び散っちゃって。そしたら一緒に見てた人たちにも飛んじゃって。いつもならあーあとか言ってすむのに、今日はみんな疲れてたみたいで、何するんだ!って大騒ぎに…」

「で、どうしたの?」

「ニワカさん来て、トミさん部屋に連れて行って、その間にぼくはここ掃除して、みんなの着替え手伝って、それで」

言っていることはわからないでもなかったが、何しろ言葉がとぎれとぎれだ。よほど大変だったのだろう。

「ハルカくん大変だったね。お疲れ様だよ。で、ニワカさんは?」

「疲れた」

いったいトミさんをどうやって落ち着けたのか。さすがだなと思う一方、あまりにも憔悴しきっている姿に驚いた。

「ニワカさん、大丈夫ですか?」

「うん。や、やっぱり大丈夫じゃない」

「ニワカさん?」

「何とかできるんじゃないか、話を聞いてあげれば気持ちが落ち着くんじゃないかって思ったけど。私に話してもダメだって、途中であきらめたね。トミさん」

「でも、聞いてもらってトミさんの気も済んだんじゃ…」

「だから、きっと、違うと思う」

「どっちにしてもみんな神様じゃないんですから。その人にはなれないんだから、仕方ないです。ニワカさんのせいじゃないです」

ハルカくんがフォローした。そんな大ごとかなと私は思ったけれど、ふたりにはかなり応えていたようだった。ニワカさんはゆっくり立ち上がると、はーっと長い息を吐いてつぶやいた。

「しっかり聞いてあげるフリして、実は自分の都合のいいように受け止めようとしてた。これ、楽しちゃダメなとこだ…」




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