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【小説】私の明日はどっちだ?8-①

何かを選ばなきゃいけないとき、自信をもって決められたらいいのに。上手くいかないことばっかりだから、つい弱気になる。

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できない理由を探せばいくらでもある

「まあ、あれだな。そもそもそれだから」

「は?」

あれだのそれだの言われても、何のことだかちっともわからない。いつも理屈っぽい次郎さんが、今日はいつにもまして熱弁をふるっている。前に新聞を買い忘れて怒鳴られたことがあってから、私はどうもこの人が苦手だ。ネットがどうこうという話までは記憶があったのだが、途中からは、はぁ、とそうですかーとを交互に繰り返していた。

「だから。我々の世代はまず新聞を読む。字が小さくて見えなければ、老眼鏡かけてでも読む。で、今日の分を最初から最後まで読んだら終わるんだが、ネットっていうやつは際限がない。いつでも誰かが何か言ってて、それをずーっと必死で追いかけてる。何に追われてるのか知らんが、言ってみりゃ向こうは無力だ。人が手に取って見なきゃ、真っ黒い画面があるだけなんだから。おい、ちゃんと聞いてるのか」

ほう。確かに。次郎さんごめんなさい、ちゃんとしたこと言ってたのね。

「技術とか向こうは進歩してるが、人間の方がまだ追いついていないってことだ。同じスピードで人が進化できるのかはわからんが、とにかくモノは人が作ったもんで、それをどう使うかは人間が決める、っていうことを忘れちゃぁならん」

次郎さんはそう言い捨てると、テレビをつけて囲碁チャンネルの番組を検索し始めた。そして、ザーッと見て面白そうなものがなかったのか、ちょっと散歩してくる、と言って出ていった。

向こう向こうって…。でも、パソコンやスマホがなかった時代を経験してきたからこそ今の状況を俯瞰的にとらえられるってこと、あるかもしれない。

ここにいると、いろんな人と、いろんな話をする。というか、話を聞く。初めは話し相手なんて、ただフンフン聞いていればいいのかなと思っていた。だけど実は、聞いているこっちの方が救われてたりする。

そう考えると、今さらながら、ここはそれほど悪い場所ではない。周りの人たちは個性的だけど、特にひどい環境、ではないのだ。それでも私はいつも、何だかしあわせじゃない、と思っている。この間の琴音さんの言葉にしたって、言ってることは正しいし、自分はこうだと言っているだけで、私のことを批判しているわけではなかった。

とすれば。私って、どんなところにいてもこれでいい、とは思えないんじゃないだろうか。いつもため息をついてしまうような、思考のクセみたいなものを何とかしない限り、ずっとこのままなんじゃないんだろうか。

「そうかもね」

あまりのタイミングにのけぞってしまった私は、思わずニワカさんの顔をじっと見つめた。

「え、何?私、変なこと言った?」

「あの、違います、えーと」

「私も、次郎さんなら適役だと思います」
琴音さんが、テーブルを拭きながらこそっと答えた。

次郎さん。何の話だろう。

「次郎さんにちょっと頑張ってもらって、新しい風入れてみようよ。男性陣のためにも」

えーと。これは何の話か。

「あの、すいません、私ぼーっとしてて。次郎さんて、何でしょう…」

ニワカさんと琴音さんは、ぷっと吹きだして笑った。

「やだあ薮田さん、もはや特技ですよ、それ」

「すいません」

「薮田さん、ときどき異次元にワープしてるからね。でも、今日は特にわからなかった。まあいいけど。ほどほどに頼むわ」

「ニワカさん、私、そんなでした?うわー全然気づかなかった。お恥ずかしいです、ほんとすいません。で、次郎さんて」

「うん。今ここにいる男性陣は、次郎さんとあつしさんと茂さん。まあ次郎さんとはよく絡んでるけど、あとの二人とはほとんど話したことないでしょ。実際、あんまり会話の中に入ってくることが少なくてね。無理強いするつもりはないけど、仕方ないからここにいる、って思いながら生活してるのもどうかなあと思って」

「で、ちょっと考えたんですけど」

琴音さんが新聞のチラシの裏に、マジックでさらさらと何か書き始めた。

「ジャジャーン!これです!」

「…オレの人生の主役はオレだ大作戦?」なんだそれ。

「ちょっと前に、子ども会の方から相談されてたんです。ここで何かイベントできないかなあって。お楽しみ会的なことはありがちですけど、それってみんな喜ぶかっていったら、正直…。で、職業体験&世代の違う人たち交流&うちの男性陣の居心地UPをいっぺんにかなえられる秘策を考えついちゃったんです!」

琴音さんの全身から湯気が出てるかと思った。で、何するの?

「子どもたちが、記者体験としてうちを取材して新聞をつくる。で、それを地域の掲示板に貼ろうって。子どもたちに囲まれていろいろ聞かれたら、気を悪くする人いないと思うの。ま、子どもたちにフレンドリーな態度で接するかどうかは別だけど」

「なるほど。でも、ニワカさんが言うように、キライとまではいかなくても接し方がわからなくて気は進まないかも。3人ともお子さんいらっしゃいましたっけ?」

「次郎さんと茂さんはどっちもお嬢さんがいるの。あつしさんは奥さん亡くされてからおひとり。でも、そういうの考えてたら何もできないよ。自分の話を聞いてくれる誰かがいるってことを、ご自身が体験するのがいちばんの目的だから。次郎さんには、子どもたちとの交渉役になってもらう」

「子どもたちにはどんなこと質問してもらうんです?昔の遊びっていっても興味なさそうだし、学校でやってそうですよね。そんなんで子どもたち集まるんですか?それにもし変なこと聞かれて、次郎さんが子どものこと怒鳴ったりしたら…」

「薮田さんてば。できない理由を探そうと思ったら、いくらでもあるよ。内容はこれからもっと詰めるけど、決まったら迷わずやるのみ!失敗したらやり方変えればよし!」

「えーニワカさん、ほんとにやるんですか?そうだハルカくんの意見も聞かないと。あ、今日休みか。なんかハルカくん、最近休み多くありません?」

「ハルカくんなら大丈夫」

何が大丈夫なんだろう。いやそれより、しばらく平和な日々が続いていたのにわざわざ波風立てなくても。このままじゃダメなの?




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