付け替えればいい

 止まった。シャワーの音が止まった。弟の退屈な文章が映るパソコンから顔を上げる。そのままパソコンへ戻るのも何かソワソワして、立ち上がる。
 何か頭がさえない。
「なあ。」
 呼び掛けるが聞こえないのか弟は答えない。
 こんな狭いワンルームで、
 隣の部屋のわびしい咳まで筒抜けなのに、
「入るよ。」
 シャワールームを開ける。
「……。」
 居ない。
 ……。
 シャワールームの床はぬれている。
 おれの気が狂っている訳ではない。居ない弟を居ると言っている訳ではない。
 弟がじじつとして、
 ……。
 こっちの方がどうかしている。
 訪問者が表でおれを呼んでいる。
 シャワールームを後にして、扉を開けた。
 おれと似た輪郭を持つ男がおれをまるい目でじっとみる。
「……弟が居なくなった。」
「不精の弟だったんだろう、」
 確かに、不精の弟だった。
 目を細める目の前の本物の弟とは似ても似つかない。
「……さがさないと。」
 家の中へ戻り、弟を探す。
「この狭い部屋の中を、」
 男は不可解そうな声で聞き、中へ入るか迷う仕草をする。
 本の間や、
 ワインの中を探す。
「……どうかしてる。」
 背後で男はさも案じているかのような声で告げる。
 どうかしているのはお前の方だ。
「帰ってくれ。」
 項垂れておれは頼んだ。
 以前ならこんなことはしなかった。
 玄関さきで男は静かに、かつてのように、招かれるのを犬のように、待っている。
「なあ、」
 てを伸ばし、玄関を閉める。
「暇ならお前も弟を探してよ。」
 お前と、あの男の歯車の狭間でおれは無音の叫びを上げる。
 誰であっても当て嵌まる程の、肉片となる。
 お前とあの男の歯車の狭間で。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?