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変わるものと、変わらないもの #自殺した少年と同級生達の切ない物語

第一話 宮田忠

 世界には、いつも変わらないものと、いつも変わるものとがある。見分け方は簡単。人を好きになったことがあるか、ないか。たったそれだけだ。人を好きになると、人は変わる。人を好きになったことがないと、人は変わらない。
 俺は、いつも変わるものだった。

 それはほんの1日前のこと。隣のクラスに転校生が来た。
 「おい、男だってよ。しかも、イケメン」
 「そう」
 うちの学校は、転校生がよく来る。俺がこの学校で学んでもう2年が経つが、その間に8人は来たと思う。そのうち7人が女子。うちの学校、もとは女子高だったから、女子がたくさんいる。その女子ら目当てで入学してきたらしいのが、さっき話しかけてきた田中だ。一言で紹介すると、うるさい奴。
 「くっそー!女子奪われるじゃねえか!」
 「そう」
 「お前愛想0だな」
 「そう」
 俺は今勉強をしている。こいつに邪魔されたくない。学校の授業についていけてないなんて、絶対に言えない。
 「よし、見に行くぞ」
 「はあ?ちょっ、放せよ!」
 そのまま俺は隣のクラスまで引っ張られていった。この馬鹿力め。
 「うわ、マジのイケメンじゃん。....宮田?どうした?」
 俺は、そいつを見た瞬間、固まった。整った顔、色白な肌、艶のある黒髪、高身長。そいつはすべてが完璧で。
 恋をしないほうがおかしかった。
 「宮田?」
 「悪い、便所」
 俺は近くにあった男子トイレに駆け込む。そのまま手洗い場の蛇口をひねり、顔に冷たい水をかけまくった。鏡を見ると、俺の顔は真っ赤になっていた。
 「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!」
 「うるせーぞ」
 いつの間にかトイレの個室から出てきていた、隣のクラスの金子にびくっと跳び上がる。
 「恋でもしたか」
 恋?俺が?男に?そんなこと....。
 「そうかもしれない」
 「そうかそうか!お前もついに恋したか」
 「その言い方ムカつく」
 「はいよ。今度その娘紹介しろよ」
 そのまま金子は、俺の初恋の人がいる教室に戻っていった。
 (俺も戻ろう。田中が心配する)
 トイレのドアを開けると、田中がぶつかってきた。人相を変えてすごい勢いで突進してきたから、クソ痛い。
 「たな―」
 「大丈夫か、宮田!お前熱あるんじゃねえの!って、なんで濡れてんの!?」
 「田中うるさい。大丈夫だから」
 俺が落ち着いているのを見て、田中も少し落ち着いた。もちろん、俺の心臓はさっきからバクバク田中よりもうるさいが、俺は感情が顔に出ないタイプだから乗り切った。
 「で、どうしたんだよ?顔真っ赤だったからビビったぞ」 
 「ああ、ちょっと朝から体調が悪くてな。でも、もう大丈夫だから」
 「良かった!」
 俺たちはそのまま教室に戻って、1限目を終わらせた。その後は、田中や他のクラスメイト達にあのイケメン転校生のことを訊いた。名は、星野卓也。誕生日は1月17日。A型。身長は188センチ。バレー部。彼女は、いない。誰かと付き合ったことも、ない。
 この時の俺は、絶好調。
 半年後、勇気をもって好きだと伝えたら「気持ち悪い」と言われ。
 俺がゲイだってことと、星野に告ったことがバレて。
 毎日毎日いじめを受けるようになって。
 両親に認めてもらえず、生きることが嫌になってきて。
 最終的に自殺することになるなんて。
 考えてもいなかった。

 この時、俺は変わった。人を好きになって、変わった。
 でも、この世界には変わらないものがある。LGBTの差別。変わってほしいけど、変わらないもの。努力してるなんて言って、実は何も変わってない。
 そんなことをする人達はきっと、人を本気で好きになったことがないのだろう。もし、愛することの幸せと、美しさと、儚さを知っていたなら、そんなことはしないはず。
 俺は、死ぬ瞬間まで、その人たちを憐れんでいた。

第二話 星野卓也

 世界には、変わらないものしかない。しかし、一つだけ変わるものがある。それは僕だ。
 見た目とは違う、が最も当てはまる人物。
 それが認識できたのは、8歳のころだった。
 
 「星野卓也です。バレー部です。よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げて、新しいクラスメイトに自己紹介をする。それに対して、男女ともに「むっちゃイケメン」、「ヤバッ」ぐらいの反応しかしない。人生で何度言われたことか。
 HRが終わると、僕の周りは人しかいなくなった。違うクラスからも来て、とにかくうるさい。
 どうにか乗り切って、1限目も終わらせると、同じクラスの体育会系の男子、金子が近づいてきた。
 「大人気だな」
 「慣れてる」
 「これだからイケメンは。嫌味か?」
 「違うよ」
 「ていうかさ、」金子はいきなりすごい顔になる。「お前、OO校出身だよな。そこでいじめられてたって、本当?」
 僕は固まる。
 何故知ってる?わざわざ隣県まで引っ越してきたのに。しかも、どうして金子が?ちゃんと「僕」って言えてたよな?
 「その顔でいじめられるんだ」
 「....あの、それは」
 「別に責めたりしてないから。お前の勝手だし。訊いてるだけ。友達にOO校出身がいて、お前の名前だしたら、お前がいじめられてたこと聞いただけだから」
 「そ、そう」
 僕はジェンダーだ。外見は男、内見は女。本当は、スカートがはきたいし、可愛いものを身に着けたいし、「私」と言いたい。でも、気持ち悪がられる。いじめられる。認めてくれない。誰も―。
 「色々、あったんだよ」
 「そうか」
 金子はそのまま去っていった。誰も私のことを訊きはしなかった。良かった。そのまま僕を男だと思っていてくれ。お願いだから。
 その半年後、隣のクラスの宮田に告られた。男に告られた。外見は男、宮田は男の僕が好きだ。内見は女、私は男の宮田が好きだ。
 「きもちわるい」
 そういった時の宮田の顔は忘れられない。宮田は結構、私の中ではかっこいい方だ。その顔が、ぐしゃりと音をたてそうな程歪んだ。泣きそうな、叫びだしそうな顔になった。
 僕がそうさせた。
 僕が、私が、一番泣きたかった。
 僕が、私が、一番叫びたかった。
 その日、私は泣いた。宮田がかわいそうだった。私なんか好きにならなければよかったのに。僕なんか好きにならなければよかったのに。
 翌日、宮田の上靴が消えた。宮田はびしょ濡れになった。顔に痣ができた。
 私のことじゃなくて、宮田のことがバレたのだ。
 ごめん、宮田。私が勇気を出して、全部話せばよかった。私が、あなたを好きなきもち、我慢しなければよかった。付き合えばよかった。私が好きな、君と。
 何週間か後、宮田が自殺した。誰も泣かなかった。私だけが、大泣きした。
 
 世界には、変わらないものしかない。変わらないものは、私だけ。僕は、女だ。宮田が好きだった。言えなかった。殺してしまった。私が。
 僕は、私に、変わりたい。変わって、皆に認めてほしい。だって、皆私が人間みたいじゃない風に接するんだもん。私はただ、宮田を好きでいたかっただけなのに。私はただ、宮田に受け止めてもらいたかっただけなのに。
 でも、世界には、変わらないものしか、ない。

第三話 田中功

 世界には、変わるものしかない。例えば、季節。例えば、恋愛。この世の全てのものは、変わる。俺だって、変わる。
 でも俺は、世界唯一の変わらないものを見つけた。 
 俺を支えた、たった一人の親友だった。

 ある日、宮田はスリッパで教室に入った。
 「あーあ。上靴忘れたのかよ」
 「ああ、忘れた」
 宮田は苦笑いした。
 昼放課になると、宮田はびしょ濡れになった。
 「おいおい。宮田、何やってんだよ」
 「水やりしてたら濡れた」
 宮田は派手に笑った。
 帰る時間になると、宮田の顔に痣ができた。
 「ど、どうしたんだよ宮田!」
 「転んでぶつけた」
 宮田は悲しそうに笑った。
 俺はこの頃、宮田はドジだなあ、ぐらいにしか思ってなかった。でも、その”ドジ”は、どんどんエスカレートしていった。
 「ちょっ、お前、顔....!」
 「ああ、風呂場で転んで....」
 「違うだろ」
 俺のちょっと大きい一声に、宮田はびくっと震える。宮田の顔は痣だらけだった。青いのも、赤いのも。
 「大丈夫、だから」
 宮田は泣きそうだった。
 でも、何も言えない。
 昔にも同じことがあった。友達がいじめられて、俺は細かくすべてを聞き出した。何をされ、何を理由にされ。俺はそれに言われた。
 「お前、人のことに首突っ込みすぎ。ウザイ」
 親切でしようとしていたのに、迷惑になっていた。友達のことを思ってやったのに、怒られた。
 首、突っ込まないように、しないと。また、嫌われる。
 数週間後、全てが分かった。宮田はゲイだった。隣のクラスの星野に告ったらしい。それを誰かがバラして、いじめられていたのだ。
 でも、分かった頃には遅かった。
 宮田は、自殺した。
 家のベランダから落ちたらしい。
 俺が、もっと宮田を問い詰めて、何か訊き出せていたら、止めに入れていたら、宮田は自殺しなかったかもしれない。そう思うと、すごく泣けた。
 宮田とは家が近くて、小学校から友達だった。優しくて、朗らかで、ちょっと口は悪かったし、ときどき不愛想だったけど、世界一の親友だった。
 そんな人が死んだ。
 自殺しようと思ったきっかけは何だったのだろう。星野に断られたことか?いじめられていたことか?俺が気づかなかったことか?助けなかったことか?
 俺が、宮田を、殺したのか....?

 世界には、変わるものしかない。多分それらは、変わりたくないけど、変わっている。それで、苦しんでいる。自殺をしてしまった宮田みたいに。
 誰にも、苦しんでほしくない。
 誰にも、変わってほしくない。
 宮田みたいな、俺みたいな、全ての人を、これ以上増やしたくない。皆に、幸せになってほしい。
 俺は、泣いた。この世の全ての宮田みたいなやつと、この世の全ての俺みたいなやつと、この世の全ての星野みたいなやつと、この世の全ての宮田をいじめたやつのために。

第四話 金子敬

  世界には、変わるものと、変わらないものとがある。俺の考える違いは、良いか、悪いか。良いものだったら変わらず、悪いものだったら変わる。
 俺は、悪いものだ。だから、いつも変わる。
 あいつは、良いものだった。だから、いつも変わらなかった。

 宮田がゲイだっていう噂は、すぐに広まった。
 たぶん、俺も気付いていたのだろう。あの転校生、星野が最初に学校へ来た日、あいつと男子トイレで会った。顔を真っ赤にしたあいつは、乙女みたいに言った。
 「恋、したかも」
 俺はずっと気付いていた。星野だけでなく、いつも宮田は男子に迫られると、赤くなっていたから。俺でもそうだ。
 俺は昔から良いものが嫌いだ。ずっと変わらないなんて、気持ち悪い。反吐が出る。
 だから、宮田が星野に告ったことも、宮田がゲイだってことも、俺がバラした。
 でも、やっぱりあいつは変わらなかった。
 「今日も水浸しだな」
 「ああ。困っちまうよ」
 ちょっと嫌味を込めて言っても、あいつはヘラヘラ笑う。
 だから、言ってやった。
 「お前それ、いじめられてんだろ?」
 「....え?」
 「いじめられてる原因、俺がバラしたの」
 宮田は固まった。想像もしてなかった、という顔をしてただただ驚いていた。
 でも―。
 「そっか。金子だったのか。ちょっと安心」
 宮田はまた笑った。
 (いや、そこ笑うところじゃないだろ。安心って何?)
 「何それ」
 俺はいつの間にか宮田を殴っていた。宮田は簡単に床に転がる。俺は無意識に宮田の腹を蹴りまくった。宮田はずっと呻いているだけ。
 「良いものぶってんじゃねえよ」
 俺は良いものが嫌いだ。ずっと変わらないものが嫌いだ。宮田は、俺がバラした犯人だと知っても、何も言わない。変な言葉を発して、いつもと変わらずヘラヘラ笑った。俺が暴力をふるっても、反撃してこない。
 きもちわるい。
 翌日、宮田は学校を休んだ。
 でも、その次の日は来て。体中に絆創膏やら湿布やらを貼り付けて、いつもみたいに。
 いつもと、変わらず。
 数週間後、宮田が死んだ。
 身を投げ捨てて、自殺した。
 俺のせい、なのか?

 俺はあいつが死んでから、この世には変わるものしかないのかもしれない、と思い始めた。あいつ程変わらなくて、良いものなんて、見つけられなかった。
 あいつが自殺した理由は何だったのだろう。
 星野に気持ち悪いと言われたことか?
 自分がゲイだってことがバレたことか?
 俺が友達を裏切っていじめたことか?
 葬式なんかには出ずに、俺は一人宮田のために泣いた。これ程良いものでも、嫌いになれなかった。宮田よりも、自分の方が嫌いだ。反吐が出る。
 これ程、変わるものを嫌い、変わらないものを恋しく思ったのは、初めてだった。

第五話 東雲悟

 世界には、ずっと変わるものがある。でも、ずっと変わらないものもある。見分け方とか、違いとかは分からない。
 僕はバカだから。
 人生で何度「バカ」「アホ」「マヌケ」などの言葉をぶつけられただろうか。
 それは、変わらないものの一つだった。

 1年生の2学期。夏休み明けに転校した。もとは女子校だったここに転校してきた人は、意外といた。7人。全員女子。1人。男。
 「東雲悟です。よろしくお願いします」
 (まあ、今日でクラスメイトと会うのは、最初で最後だけど)
 席に着いてHRも終わると、人だかりができた。嫌々応えていく。1限目の放課はもう誰も来なかった。
 昼休み。1人、屋上でお弁当を食べていると、男子2人組がやってきた。2人とも同じクラス。まだ、話していない。
 「一緒に昼食わねえ?」
 丸坊主の田中とかいうやつが訊く。
 「いいよ」
 正直言うと嫌だったが、断ると色々面倒だ。
 「俺は田中功。で、こいつは親友の宮田」
 「よろしく」
 宮田は控えめな性格らしい。ぺこりと頭を下げて、優しく笑いかけてくる。
 「東雲君はどこ出身?」
 「XX校」
 「あ、意外と近いじゃん。俺、△△校」
 「俺はOO校」
 「一人県がいいるし」
 この2人は、少し話しやすかった。田中はフレンドリーだし、会話をリードしてくれる。宮田は物知りだし、ノリがいい。
 早速2人とメール交換をした。
 「また明日」「また明日」
 僕は田中と宮田に、同じ帰り際の言葉をかけられなかった。
 あの日からもう1年が経つ。
 僕は今、宮田の葬式にいる。
 まさか、小さいころから心臓が弱くて、ずっと入院ばかりの学校にも行けない僕よりも先に、あの明るくて優しい、いつも変わらない宮田が逝くなんて。
 宮田はゲイだった。いじめられてもいた。告った相手に気持ち悪いと言われてしまった。それはすべて、宮田が僕にメールした内容だから知っている。
 でも、自殺するなんてきいてない。
 宮田。お前は自分の命をそんな短いところで切っちまうぐらい、苦しんでいたのか?

 世界には、変わらないものと変わるものがある。見分け方や違いは、今でも分からない。でも、たぶん宮田みたいな人は、変わらないものなのだろう。
 僕は病気だけでなく、学習や人間関係とも戦ってきた。それはものすっごく辛かったけど、それでも戦い続けた。
 宮田が戦い続けられなかった理由は何だろう?
 バカな僕でも、何か助けられなかったか?何か言ってあがられなかったか?死ぬなって。生きろって。
 たぶん、そんな言葉は、ずっと変わらない宮田には、通用しなかっただろう。

第六話 杉田有理

 世界は、変わらないものだらけだ。変わるものなんて存在しない。それに気づいていたわけでもないが、勝手にそう思い込んでいた。
 本当にそれに気づいたのは兄が強盗をした時だった。
 そして、変わらないものを嫌い始めたのは、あいつが死んだ時だった。

 俺はOO校の2年生。1年生から上級したばかり。それでも、俺に対するいじめはなくならなかった。
 「お前は強盗した兄さんのこと好きだもんな」
 「兄ちゃん~、兄ちゃん~」
 「お前の家族は犯罪者だもんな」
 これらはもう、クラスの教訓だった。
 (ま、とっくの昔に慣れたけど)
 その日もいろいろなことを言われた。そして帰ろうとすると、同い年ぐらいの男子に声をかけられた。
 「お前、OO校だよな」
 「そうだけど何?急いでんだけど」
 「宮田忠について訊きたいんだ。あいつ、OO校内でいじめられてたのって本当か?そして、それが理由でわざわざ隣県まで引っ越してきたっていうのも―」
 「まず俺は宮田とちゃんと話したことない。いじめられてたけどな、ゲイって噂されて。でも、なんでそれをお前みたいなやつが訊くんだよ」
 「....あいつが自殺したからだ」
 そいつは田中と名乗った。宮田の親友らしい。俺は別に、宮田がゲイでいじめられてたなんて気にしなかった。俺もいじめられてたから、自分のことだけでも手いっぱいだった。
 「で、自殺したから何?」
 「何とかいうな。あいつは俺の、たった一人の大切な親友だったんだ。それなのに、俺のせいで....死んだかもしれない」
 「あっそ」
 俺は正直興味がなかった。宮田は俺と同じくいじめられてたけど、別に親近感を抱いたりはしなかった。というか、少しあいつが嫌いだった。
 いじめられているときは頑固に耐え、それ以外の場所では、人目の少ない所で泣いている。
 (そういえばあいつ、すげえ悲しそうに泣いてたな)
 結局その田中とは、なぜか連絡先を交換して別れた。
 宮田がゲイだと知ったとき、実は喜んでいた。これで犯罪者の兄を持つ俺ではなく、あいつをいじめるようになる。そう思ったからだ。
 でも、違った。宮田も、俺も、いじめた。いじめっ子らはめげずに暴言を吐き、暴力をふるった。
 たぶん、俺は宮田を少しかわいそうだと思っていた。ゲイだということだけでいじめられていたからだ。女が男を、男が女を好きなように、あいつは男が好きなのに、どうしていじめられるのか。
 今思えば、俺は自分のことよりも、宮田のことを気にかけていた。

 たぶん俺は、あの宮田が自殺をしたと聞いた瞬間、悔しくなったのだろう。宮田の代わりに、あの心優しい男子の代わりに、俺が逝けば良かったのに、と思った。
 そうだ。
 この世界には、変わらないものしかない。
 じゃあ、俺も変わらないんだ。昔の、兄ちゃん兄ちゃん言って兄貴を追いかけて、繊細で他人への気遣いができる、あの頃の俺と、俺は何一つ違わないんだ。

第七話 宮田義

 世界には、変わったり変わらなかったりするものが一つだけある。その他のものは、全て変わるものだと思う。
 僕は、変わりたくない。
 兄さんは、変わりたかっただろうか。
 世界唯一のあのものは、あの瞬間何を思ったのだろうか。

 僕には、兄さんがいた。
 優しくて、朗らかで、弟思いの完璧な兄が。
 でも、兄さんは自殺してしまった。
 学校に、ゲイだっていじめられ、苦しくて自殺した。もちろん、それが真実なのかは分からない。もっと別の理由で身を投げ捨てたのかもしれない。
 クラスの人たちが葬式に来ても、いじめっ子たちが両親のいなくて兄をも失った僕に頭を下げても、兄さんを殺した人たちに対しての怒りはおさまらなかった。
 葬式に来なかったが、お線香は上げに来た人たちはこう言っていた。
 「宮田はとてもいいやつでした。俺の最高の親友です。いじめられる理由なんてありませんでした。ゲイだからって言って自殺したも同然です。とても、悲しいです」
 そう言ったのは、兄さんのクラスメイトの一人だ。兄さんの親友だという田中さんは、本当にとても悲しんでいた。
 「実は、宮田がゲイだってバラしたのは俺なんです。今では本当に後悔しています。他の奴らは公開も反省もしませんけど、俺は、宮田のおかげで変われたんです。あいつは、最高の友人でした」
 そう言ったのは、兄さんとは違うクラスの金子さんだ。友人だったが気の迷いで兄さんをいじめていたらしい。後悔しているといって彼の目に、嘘はなかった。
 「僕は、宮田とメールと電話ぐらいのやり取りしかしてませんでしたけど、それだけでも宮田はむっちゃいい人なんだっていうのが分かりました。僕は宮田のおかげで今、学校にも通えてます。たぶん、僕は宮田にたくさんの勇気をもらったんです」
 そう言ったのは、兄さんとメールでつながっていた東雲さんだ。心臓が悪くて病気やいろいろなことと戦って折れそうだったけど、兄さんのおかげで生まれ変われたらしい。
 「俺は、宮田とはそんなに面識はなかったけど、あいつのこと、結構気にかけてたんです。自分のことよりも。ちょっとぐらい、親近感もあったと思います。だから今は、もっと宮田と話せばよかったなんて思ってます」
 そう言ったのは、兄さんの前の学校の杉田さんだ。彼もいじめられていたらしいが、最近は反抗しているから少なくなってきているらしい。
 結局、直接兄さんの死を悲しんでくれたのは、5人だけ。中でも、一番驚くことを言った人がいた。
 「私は、宮田君のことが好きでした。でも、それを言う勇気がなくて、しかもひどいことも言ってしまって、私はすごく宮田君を傷つけたのだと思います。過ぎてしまったから、もうしょうがないですけど。もし、宮田君がもう少し生きててくれたなら、付き合えていたかもしれません。でも、そしたら私になれなかったんだと思います。見てわかる通り、私はジェンダーです。でも、今まではそれを隠してきました」
 そう言ったのは、兄さんが好きだと話してくれていた星野さんだ。
 彼女は、こう言った。
 「たぶん、宮田君の死がなかったら、ここにいる全員、誰も変われなかったんだと思います」
 
 兄さんは、人を変える力を持っていたのかもしれない。だから、兄さんも変わったり、変わらなかったりしていたんだと思う。彼と関わったすべての人が、変われている。皆、変わりたがっていたから。
 僕はどうだろう。
 変わりたくなかったから、変わらなかった。
 僕はちゃんと、兄さんの弟になれてたかな?

宮田の遺書①

『こんにちは。この遺書みたいなものを誰が読んでくれるのかは分かりませんが、一応挨拶はしておきます。ありがとう。これを読んでくれて。
 遺書ってどういうことを書けばいいのか分からなかったから、ちょっとネットとかで調べたら、お金のこととか継ぐ人とかのことを書いてるらしい。お金も継ぐ人も好きにしていいよ(笑)
 多分これを読む人は、僕の死んだ理由が知りたいんだろうな。僕は、ゲイです。男が好きな人です。
 隣のクラスの星野卓也のことが好きだった。告白をした。そしたら「気持ち悪い」って言われた。まあ、そうだよね。いきなり男に告られたらそう言うよね、普通。でも、そういった星野は苦しそうだった。どうしてだろう。もう、分からないけど。
 そのことを、バラされたんだよ。星野と同じクラスの友人、金子敬に。どうしてバラしたんだろう。それももう、分からない。そしたら、僕のことを気持ち悪いって言っていじめる人が現れた。金子にも一度、殴られたことがある。痛くて体中が絆創膏と湿布だらけになったけど、普通に学校に行った。どうしてかって?いじめに負けたような気分になるから。
 そして、もう学校に行かなかったら東雲悟に顔見せできない。あいつは、本当に苦しんでるんだ。病気のことだけじゃなく、それ以外のことでも苦しんでる。僕は、そんな彼を助けられない。どうしてだろう?分からない。
 たぶん、一番苦しみが深かったのは杉田有理だっただろう。1年ぐらいしか同じ学校に通えなかったけど、なんとなく、彼も苦しかったのだろうという気がする。あんなにお兄さんのことが好きで、犯罪者になっても大好きなはずなのに、どうして変わってしまったのだろう。分からない。
 謝りたいのは、弟だ。ごめん、義。辛い思いをさせたね。もし、本当に魂とか天国とかがあるのなら、ずっと義と一緒だ。お前だけは、僕の周りで変わらなかった。どうしてだろう。分からない。でも、嬉しいよ。
 結構長くなっちゃったけど、これを読んでくれてる人に一番伝えたいのは、僕は辛くて自殺したんじゃないってこと。じゃあ、どうしてかって。それは、僕が墓までちゃんと持っていくよ。いや、もう持ってった。正直、何度も飛び降りることを躊躇した。でも、何故かあいつらが背中を押したんだ。悪い意味じゃないよ?違うからね?親友の田中功なんて絶対優しいから、自分のせいだとか思ってる。でも、違うから。君たちは、良い意味で僕の背中を押してくれたんだ。
 自殺は悪いことだっていう人が多いけど、そうでもないと思う。僕にとって、自殺は訓練みたいなものなんだ。勇気をもらう訓練。最後にテストがある訓練。僕は、テストで満点を取ったんだ。君たちのおかげで。だから、すごく感謝してる。ありがとう。本当に、ありがとう。
 さようなら。  』

宮田の遺書②

 『みんなへ。僕の遺書を読んでくれてありがとう。それだけでもう、嬉しいよ。こっちの遺書みたいなものは、僕にとって大切だった人たちに捧げます。たった6人の僕の、友達に。
 
 まず、星野。男にいきなり告られてきもかったよね。その気持ちはなんとなくわかる気がする。僕だって最初は、男を好きになるのは気持ち悪いって思ってたから、自分が嫌いだった。でもね、途中で気づいたんだよ。男を好きになるのも、女を好きになるのも、一緒なんだって。だから、僕は君のことを好きになって、全然気持ち悪くなかった。まあ、そんな僕に星野が言った「気持ち悪い」は、さすがに効いたけど。
 これは僕の勝手な想像になるけど、星野は何か悩んでなかったかな?僕が君に告白した時も、あと男子の友達と話してる時も。少し、行動や言動に無理があったからさ。どうしてわかるかって?君のことが心の底から好きで、ずっと君のことを見ていたからだよ。本当は話してほしかった。好きな子が悩んでるの見たら、当たり前に心配になる。あの一言を発した時も、すごく辛そうだった。
 僕は星野のこと本当に何も知らないけど、死ぬ前に何かしてあげたかった。頭を撫でてあげたり、優しく声をかけてあげたり。でも、もう、できない。それが一番悲しいかな。

 次に、田中。僕の世界一の親友。小学校から何やら話しかけてきて、いつも会話をリードしてくれる、心優しい友。まだ、前の学校での出来事が頭から離れなくて苦しんでいた僕に寄り添ってくれた。僕は田中に、感謝してもしきれないよ。本当に、ありがとう。
田中は、いつも僕のことを心配してくれたよね。すごく嬉しかった。もちろん、大切な親友は気づかなかったみたいだけど(笑)話そうと思ったことは何度もあったけど、君を巻き込みたくなかった。やっとできた、僕を信用してくれる親友を失いたくなかった。
隠し事をしていてごめん。はぐらかす時、とても辛かった。最後に、君に全てを話せばよかった。

次に、金子。もう、ずっと言いたかったことを先に書くよ。金子が、僕が星野に告ったことをバラしたと知ったとき、正直安心したことは知ってるね?でも、もちろん怒りもあった。一瞬だけだけど、お前のせいで俺は苦しんでるんだって、ものすごく怒った。でもすぐに、それも消えたんだ。何故なら、金子なら知ってから、どうにでもしていいと思ったから。それほど、金子のことを信用していた。
逆に僕は、折角の友達に素直でいることができなかった。その事は謝る。ごめん。
最後に、どうして金子がバラそうとしたのかだけ、訊けばよかった。

次に、悟。僕の、なんでも話した友人。一度も学校に来なくて、少し最初は心配したけど、君にも色々あったみたいで、すぐに納得した。大変だったんだね。辛かっただろうね。僕は何度も君に同情したよ。君はそれが嫌いだったみたいだけど。
僕にも、ゲイだってこととか、いじめられてたとか、色んなことがあったけど、正直辛くなかった。ゲイだってことを恨んではいないし、みんなが僕を気持ち悪がるのも理解できた。
じゃあ、どうして僕の前に逝ったんだ?そう君は思うだろう。死ぬのに前や後はないよ。自殺した理由は、最後に書くから、楽しみにしてて。

次に、一方的に親近感を抱いていた杉田へ。正直、僕のことを覚えていないと思うけど、書きます。
君は僕と同じ学校でいじめられていたね。僕が受けた暴力の数々を君も受けているのを、何度も見たよ。そんな君に、僕は親近感を抱いていた。僕と同じだって。正直、君が殴られていたり、暴言をぶつけられているのを見て、少し勇気が湧いていたんだ。ほんの少し、君を守らないとって思ったこともある。その都度に、僕は自分の弱さを実感した。
君は、無意識にも僕に勇気を与えてくれていたんだ。転校する前に、君に話しかければよかった。転校することで、君からもいじめっ子らからも逃げてしまった自分が嫌いだった。その後の君はどうなっただろうか。

そして、僕のたった一人の弟。愛する家族、義へ。君を置いて逝くことが一番怖かった。でも、義が完璧な姿を見せる度、僕は安心したんだ。これなら大丈夫って。
でも、やっぱり一人になるのも、兄を亡くすのも、僕の秘密を知るのも、恐かっただろうと思う。でも、僕は天国から見守ってる。いや、そもそも自殺したから地獄行きかもしれないし、成仏せずに残るよ。いつでも、義を見守って、助けるから。義は、苦しまないでくれ。

さて、みなさんお待ちかねの、自殺理由。僕が、これからベランダから身を投げ出す理由。これは、なんでも話せた悟にも言っていない、誰も知らない僕の秘密。でも最後に、僕の大切な6人には書き残しておくね。
僕は、社会か担当の鈴置先生と関係があった。それも、いわゆるセフレという関係が。星野のことで傷付いていた僕の心につけこんで、身体の関係を提案してきた、鈴置斗真先生と。彼は、日に日に僕を責めた。家族にバラす。友人にバラす。お前が誘ったと言って、警察に突き出す。そんなことを何度も言ってきた。
ある日、彼は徹底的なことを言ってきたんだ。誰にも言わないでおっさんとセックスしているなんて、恥ずかしいと思わないのか、汚らわしい、と。心の中で、何か壁が壊された気がした。確かに、その通りだと思った。誰にも言わず、ただおっさんとセックスしているだけの変態になってしまった。そんな自分が汚くて仕方なかった。
その罪悪感に堪えられず、僕は人生を断つことにした、ということです。みんながどう思うかは予想できないけど、これが僕の自殺理由です。はい、事件解決。本当に警察とかが操作しに来るのかな?子供っぽい発送(笑)
じゃあ、意を決して、行ってきます。』

あとがき

世界のどこにだって、変わらないものはある。それを人が見つけられるかによって、世界は変わる。人には世界を変える力が一人ひとりにあるから。それに気づかない人はもったいない。世界を変える一つの力を無駄にしてる。
 世界を変えたいなんて思ってない。ただ、他の人と交わりたいだけ。そうやって人は生きているから。もちろんこの世の全てのものがすぐに変わってくれるわけではない。じっくりと時間をかけて、やっと何かが生まれる。
 時間はいつも必要だ。なのに、時間は冷酷にも過ぎてゆく。それはもう、どうすることもできない。だから、目標を達成する気で、死ぬ気に頑張るだけ。たったそれだけだ。
 壁にぶつかることなんて誰にでもあり得る。この世に完璧がいるわけない。それと同じように、良い人も、悪い人も、優れた人も、劣った人も、いるわけない。皆、ただの人間なんだ。一つの生物で、呼吸をする生き物。それは、変わらない。いや、変わらなかった。それをも変える力が、人間には与えられているのに。
 壁にぶつかったら、壊すだけ。簡単なことだ。でも、難しく感じてしまう。それは、人間だから。でも、それだって変わる。変え方は人それぞれだ。違う視点から見てみたり、壁を壊す力を手に入れたり。
 世界を変えたいわけじゃない。世界で生きたいだけだ。この世の全ての人間に与えられている権利の一つも使えないのなら、それに存在している意味はあるのか。
 世界には変わるものと、変わらないものとがある。違いは簡単だ。人の手によって変われたか、人が気づかずに変わらなかったか。
 たった、それだけなんだ。

 皆さん、こんにちは。月本きせきです。今回は、「変わるものと、変わらないもの」を読んでいただき、誠にうれしく思います。有り難うございました。
 さて今回に作品ですが、宮田くんを主人公にした作品になっております。宮田くんとその仲間たちと言っても過言ではないでしょう。LGBT、いじめっ子、犯罪者の家族、自分に自信が持てない人、おせっかいな子、を描かせていただきましたが、これはこの世界で起こったいじめの原因の一部でしかありません。読者の中に同じような経験をなさった方たちがいらっしゃるかは分かりませんが、訊いたことがある方も多いでしょう。
 経験者も、そうでない方もきっと心動かされるような作品だったと思います。上でも書いたように、私は世界を変えたかったり、何かを訴えようとはしていません。ただ、この世界の現状を知ってもらいたいのです。知って損する情報なんてありません。それを、私の小説等を読んでもらった方々にご承知いただきたいです。
 単刀直入に言うと、差別やいじめは良くない、ということです。たった、それだけです。それだけのことを、読者の方々に知っておいてほしいです。
今後も、世界の現状を伝え、人の心を少しでも動かし、人の心に少しでもとどまるような作品を書いていきまので、よろしくお願い致します。

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