小説✳︎「月明かりで太陽は輝く」第8話
結里子ー心許す場所
大地さんから紹介された
オフィスビルの中の、ネイルサロン。
こじんまりとしたお店だけど
センスのいい壁紙と装飾品。
照明も温かみのある柔らかい光を差す。
ちょっと緊張気味で、待っていると
名前を呼ばれた。
「初めまして。ご来店いただき
ありがとうございます。本日より私が
担当させて頂きます」
切長のはっきりとした二重。
目の色が薄茶色の、綺麗なネイリストさん。
マスクで隠れているけど、美人なのはわかる。
「はい、よろしくお願いします」と
向かい合わせに腰掛ける。
ネームプレートには
「AKIKO」とあった。
フカフカの椅子に沈み込みながら
心落ち着くアロマの香りは
マスク越しでもわかる。
お店は、大地さんの勤め先のビルの
下の階のテナントで
大地さんの奥様の事で
一度相談に行って顔見知りとなり
その後も、アキコさんとは
近くの閉店間際のデパ地下の
お惣菜売り場で、大地さんとも
よく行き合うそうで
エレベーターで乗り合うと挨拶から
お惣菜のオススメなんかを
話すようになったとの事。
ゆったりとした音楽とアロマの香り。
アキコさんの穏やかな話し声で
緊張も解けて、気持ちがとても落ち着く。
「はい。これで終わりです」
治療で薄くなった青黒い爪が
綺麗な薄紅色に変わって、本当に嬉しかった。
思わず涙が出てしまって
「すみません。ありがとうございます」と
言うのがやっとだった。
ジェルネイルと違って、週一通わないと
取れてしまうし、爪も伸ばせないから
その日から金曜の夜は
アキコさんのサロンに通わせて
いただくことになった。
そのうち、ネイルをして貰いながら
女子トークに花を咲かせるようになった。
例えば
以前、酔って階段から落ち
骨折した患者の担当をしていた。
若者にありがちな怪我。
でも、人懐っこいその患者さんは
上手くいかない彼女との事を
相談してきて、私もさりげなくアドバイス。
いつしか私を結里子ちゃんと
呼ぶようになった、患者さん。
「彼氏は居るの?」と聞かれて
一瞬言葉に詰まったけれど
「居るよ。イケメンだし。
もう一緒に住んでるよ」と答えてしまった。
その患者さんも
ちょうど、そろそろ彼女と一緒に
暮らし始めようと思っていたようで
色々聞いてきたので
紘太との楽しかった暮らしの話を
思い出しながら
話すのが日課になっていた。
束の間、紘太がまだ生きてるような
錯覚をしてしまう……と話した。
そして、もう1人。
通勤中に見かけるサラリーマン。
いつもは座っているのに
立っていることがあって
その人は吊革ではなく
上のバーにつかまりながら
いつものようにスマホを見ていた。
電車に乗った時
いつも私が立つ位置に。
この位置は
紘太と通勤が重なる日は
いつも並んで立っていた、大切な場所。
その位置に、その人が立っていた。
紘太も吊革ではなく
上のバーの方が
持ちやすいんだよねって
同じようにつかんでいたっけ。
そして私がすっぽり収まる位置も同じだった。
この人、紘太と身長が同じかも?
今まで座っていたから
気がつかなかったけれど
座高が高くないからか、座っていても他の人と
違いがないし
こんな高身長とは思わなかった。
目を瞑ると、隣に紘太がいる様な気がして
泣きそうになってしまうーー
いつのまにか、アキコさんには
本音を話せる様になり
心の安らぐひと時にもなっていた。
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