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小説✳︎「月明かりで太陽は輝く」第5話

佳太ー怪我の功名

その日の朝
いつもは座っている、行きの電車で
たまたま座る事が出来ずに
吊革の上のバーにつかまり立っていた。
僕は、身長が188センチある。
吊革よりも、上のバーが安定するし
掴みやすい。

やがて彼女が、いつものドアから
乗り込んできた。
そして、僕の隣に立つ。いつもの位置に。
僕の左側に立とうとしたが
腕に気が付いたのか
すぐに回り込んで、右側に立つ。
怪我している方に、ぶつからないよう
気を使ってくれたのかな?

彼女は、僕のちょうど
脇の下の辺りの身長だった。
ぼくの腕の下から
見上げる彼女と
目があってしまった。
いきなり目を背けるのも
わざとらしいから
ゆっくりと視線を、窓の外に向けた。
すると彼女が
「あの……後ろ。席空いてますよ。
危ないからお座りになっては?」と
僕に話しかけてくれた。

初めて聞いた彼女の声は、意外と低く
想像とはちょっと違った。
「いえ、大丈夫です」と言ったものの
他の周りの人たちも
「座れば?」って顔でこっちを見ている。
「お怪我されていらっしゃるから
遠慮しなくてもいいと、思いますよ」と彼女。
「そうですか。ありがとうございます」
と僕はひとつだけ空いている
席に腰掛けた。
そのまま僕は、彼女の後ろ姿を見つめ
車内はいつもの出勤風景に戻った。

一人、気恥ずかしいのと
彼女と初めて言葉を交わした事で
少し汗ばんだ手のひらは
スマホを握りしめているが
画面の内容は全く頭に入ってこなかった。
僕にも『怪我の功名』か?

並んで立つことも無かったから
彼女は意外に小さくて、155センチ位かな?
また一つ、彼女の情報は増えた。

♢♢♢♢♢

奏は無事、退院したが
リハビリに通うと言う。
松葉杖を使いながらの通院は
結構大変だ。

ついでだし、二人で
一緒に通う約束をした。
まるで高校の時に戻ったみたいだ。

受付で、奏の分も一緒に
「リハビリお願いします」と
診察券を差し出した。
「おふたり共ですね」
少し低めの声の受付の女性に
目を向けると

「あっ」
僕が言うより先に
奏が声を上げた。

「え?結里子ちゃん!なんで受付してるの?」
奏が言う。
「奏くんが退院する少し前から、受付の方に
しばらく回して頂くことになったんですよ」
「あ,だから退院の頃
病棟にいなかったんだ。
挨拶できずに退院しちゃったから
会えてよかったよー」
「そうだったね。退院おめでとうございます」

“ちゃん“呼びする奏の顔と
受付の彼女の顔を交互に見る
僕の目は泳いでいたんだろうと思う。

待合室で僕は
奏に話しかけた。

「電車の気になってた彼女。
受付のあの娘だよ」
「え?マジ?マジ?」
「それより、奏。
なんで“ちゃん”呼びなんだよ」
「入院中、担当のナースだったんだよ」
「もっと早く言えよ」
「だって結里子ちゃんが
佳太の片想いの彼女とは知らないしー。
でも、なんで病棟担当から
受付になったんだろう」
僕にはそんな事は、どうでも良かった。

奏が僕の肩に手を置いて言った。
「佳太。残念なお知らせだ。彼女、男居るわ」
「……」
「入院中にさ、彼氏とかいるの?って聞いたら
“イケメンと同棲中“って」

告白する間も無く
失恋だ。

って言うか、彼女
いつも僕が一緒の車両に乗ってるの
気が付いていたかなあ?

会計で呼ばれて行くと
受付の結里子さんが
「林 佳太さん。奏くんのお友達だっだのですね。いつも電車で、お見かけしてますよね」
「あ、あ、あの、この間は
席を勧めてくれてありがとうございました」
「いえ、いえ」
初めて見る、彼女の笑顔の目だった。
僕は、彼女と知り合えたと同時に
失恋したわけだ。

なんとも皮肉なものだ。

イケメンと同棲中。
自分で言っちゃう位って事か?

リハビリが終わって
僕はトイレに行った。
そこから出た所で
結里子さんと男性が話していた。

え?
男の方が泣いてる?
なんでだ?
もしかしてあの人が
イケメンの彼氏?
たしかにイケメンだ。
でもなんで泣いてる?

そっとそこから離れて
会計を待っていた。
さっきの事を、奏に話すかどうか
考えていた時
戻ってきた結里子さんに
奏が話しかけていた。
「結里子ちゃん、結婚は?
同棲中の彼氏とはうまく行ってんの?」
すると結里子さんは
「イケメンとは
お別れしちゃったのよ」

僕は奏の腕を引っ張っていた。
さっきの泣いてる男性が
彼氏だったらやばいと思ったからだ。

奏は僕の耳元で
「お前のためにも聞いてやってるんじゃん!」
とささやく。

すると結里子さんは
「それより奏くんこそ、彼女さんとは?」

「お陰様で、今部屋探してる所でさ。
そうだ!引っ越ししたら遊びに来てくださいよ!色々参考にさせてもらって
すごく感謝してるんですから」

「うん、わかった」
そう答える結里子さんを
僕は複雑な思いで、見ていた。
♢♢♢♢♢
次の出勤日
通勤の電車の中
同じ時間
同じ車両
同じ顔ぶれ

結里子さんがいつものドアから
やってきた。
いつもの位置に立った時
目があって
同時に「おはようございます」と
言ったので
お互い笑ってしまった。

僕が席を譲ろうとしたが
「だから〜、そんな装具つけてる人に
席を譲られても困ります」
と、笑いながら話してくれた。

「今週も土曜日に伺います」と僕。
「そうですか。残念ですが、私お休みなので奏くんにも、よろしくお伝え下さい」
「あ、わかりました」
静かな車内では
これくらいでお互い
話を終わらせた。

彼女の降りる駅になり
会釈をして出ていく
後ろ姿を見送る。
少しがっかりしたのと、奏に比べて
僕には敬語で話す結里子さん。
ちょっと奏が羨ましく思ったりした。


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