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小説✳︎「月明かりで太陽は輝く」第2話

結里子ー心静か

私がいつも乗る
通勤の電車の中
同じ時間
同じ車両
同じ顔ぶれ

誰一人として
知り合いは居ないけれど
みんな知ってる。

いつも杖に顎を乗せてる
おじいさん。
お化粧の仕上げする
スーツの女性。
音漏れしてる音楽は
ヒップホップの高校生。
分厚い参考書を
開いてるけど
いつも居眠りの中学生。
スマホから目を離さない
サラリーマン。
体より大きなランドセルで
Suicaを握りしめる小学生
何故かいい香りのする
作業着のお兄さん。

わたしは、毎朝
8駅分電車に揺られ
いつもの吊革につかまり
車窓を眺める。

コロナ禍で、みんな顔半分しか
分からない。

一人暮らしになってから
自分の顔以外
マスクのない顔見る事って
ないかもなぁ。

顔が半分隠れていると
心のうちも、なんだかわかりにくい。

悲しんでいるのが喜んでいるのか。

駅のアナウンス以外
音ない世界は
感情も静寂。

でも、今のわたしは
その静寂が心地よい。

砕け散ってしまった心で
生きていくためには
そのかけらを
一つ一つ静かに拾い集めて
修復していかないとならないから。

♢♢♢♢♢

私の名前は「結里子」《ユリコ》

生まれは吉祥寺。
看護師になり、就職して
一人暮らしを始めたけれど
恋人の紘太と
二人で、この駅の物件を見つけ
住み始めたのは、4年前。

一人暮らしの頃、アパートの
隣の人が、いつも大きく
音楽をかける人で
夜勤明けの時なんか
かなり困ってて
それを紘太に相談したら
「いっそ、一緒にくらそうか?」って
言ってくれた。

こじんまりした駅前商店街は
居心地が良く
すぐにこの街が気に入った。

紘太も、私も
不規則勤務なので
休みが重なった時はいつも 
商店街で買い物して
喫茶店で、私はベトナムコーヒー
紘太はカフェオレを飲んで
のんびりと過ごすのが
お決まりだった。

幸せな日々。

その日、私は夜勤で
玄関で見送る私に
出勤する紘太が、靴を履きながら
「今度の休みはいつ?」と聞く。
「木曜日だけど」と私。
「合わないか。その次は?」
「えっと来週は金曜日かな?」
「OK!じゃあ金曜日は、ちょっと美味しいディナー食べに行こう!」
「えー!?どうしたの?
記念日でもないよね?」
「たまには、商店街以外で贅沢もいいんじゃない?」
「うふふ、そうね。わかった。
じゃあ、少しおしゃれでもしようかな?」

駅へ向かう紘太を
ベランダから見ていると
振り返って、私に
笑顔で手を振った。

♢♢♢♢♢
夕方、職場に着き
白衣に着替えて
髪を束ねる。

私は、中規模の救急病院の
外科病棟でナースをしている。

夜勤は、入院患者以外にも
救急患者受け入れもある

慣れたとはいえ
緊急時の処置は
冷静さと判断力も必要。
毎回緊張する。

この晩は、特に変わったこともなく
ホッとしつつ、少し眠気を感じていた私だった。

もう少しで外来の受付開始時間となる頃
一台の救急車が着いた。

緊急度が高いのは
救急隊からの問い合わせ電話から
伝わっていた。

急いで、救急入口に
医師や看護師たちが
吸い込まれる。
私はもう
救急専属のナースと
バトンタッチの時間だが
手があった方が良いかと
一緒に、救急受け入れ口のドアへ向かう。

ストレッチャーで運ばれきた患者。
通勤電車にぶつかったとの事。

飛び込み?事故?
人騒がせだよね。って
思いつつ、ストレッチャーの顔を
覗き込んた瞬間。

時が止まった。

嘘。

え?夢?
夜勤だったし
私、寝ぼけてる?

♢♢♢♢♢

気が付いたら
当直用のベットに
横たわっていた。

やっぱり夢だったんだね。
疲れて貧血でも起こしてたのかな?

部屋から出たら
同僚のめぐみが
声をかけてきた。

「起きた?大丈夫?」

「ごめーん。私、貧血起こした?」
謝る私に、めぐみは目を背けて
私の手を引く。

私を「使用中」とプレートのかかった
ドアの前に立たせて
めぐみは黙ったまま
ドアを開けた。

冷え切ったその部屋に
横たわる人。

見慣れたこの霊安室。
そこに横たわる
見慣れた寝顔。

まだ目覚めていないんだね、私。
夢見てるんだ。

「ストレッチャーの横で
結里子が倒れ込んじゃって…」

振り向くとめぐみが、私の肩をさする。

「ホームから、誤って落ちてしまった
子供を救おうとして
咄嗟に、線路に降りてしまってみたい。
間に合わなかったんだって。」

何を言ってるの?

「ご遺体の、スマホの一番はじめに
結里子の番号あってさ。
彼の話は聞いてたし こうたさんって
名前も知ってたけど
顔は知らなかったから…。
すごいイケメンだね。
綺麗な顔してる」

そうよ、紘太はイケメンだよ。
背が高くて、優しくて
穏やかで、頭も良くて。

目の前の
眠る人は、紘太そっくりだけど

だけど、だけど。

なんで?なんで?

もしもし?
あなたは
金曜日にディナーいくって
約束しましたか?
カフェオレは好きですか?
身長は188センチですか?
最近のお気に入りは
ブルーのシャツですか?

質問しても、何も答えてくれない
眠る人の顔に、めぐみは
そっと白い布を被せた。

「答えないから、紘太じゃないよ。」
「結里子……」
「紘太に電話する!」

私のスマホから
紘太に電話をかけると
その部屋のスマホの
呼び出し音が鳴り響く。
「結里子!」めぐみが泣きながら
私の肩を抱いてくれるけど
「いやだ!違う!違う!」
崩れるように
紘太によく似た
眠る人にしがみついた。

♢♢♢♢♢

どうやって帰ったかわからない。
部屋にたどり着くと
一人で飲んだ
紘太のコーヒーカップが
台所のシンクに、置かれていた。

テーブルには
「おかえり!おつかれ!
早く休みなよ。」
と書かれたメモ

紘太の文字。
さっきまでいた気配のある部屋は
どうしょうもないくらい
私の心を、粉々にしていく。

♢♢♢♢♢
紘太のスマホは
しばらく私が
預かってほしいと
紘太のご家族から言われた。

共通の友人も多いし
あまりに突然の事なので
紘太のスマホに
連絡してくる人も多い。
一番近くにいた私に
お願いしたいと。

友人達は
私にお悔やみと優しい言葉で
励ましてくれる。
気持ちはありがたいと思うけど
心が凍りついているから
全て滑り落ちてしまう。

そして金曜日の夜
紘太が予約していた
イタリアンレストランから電話が入った。

予約時間になっても
来ないお客だからだよね。
気にはなってたけど、どのお店か
知らされていなかったから
連絡しようがなかった。

「申し訳ないのですが
料金はお支払いしますので
キャンセルでお願いします」
と伝えると
店員から
「預かっているものがあるので
お返ししたいのですが」と。

仕方なく
「取りに伺います」と
告げて、レストランへ向かった。

この道を
紘太と歩いていたのかもしれないと
思うと、涙が止まらない。

重たい足をなんとか運び
お店に着くと、真っ赤な目の私に
申し訳なさそうに
「代金は結構ですよ」と
店員は告げながら
小さな手提げ袋を手渡してくれた。

店員さんは
これをデザートと一緒に
出して欲しいと、頼まれていたと言う。

ここで一緒にいたかもしれないと
思うと、心が苦しくて
袋を受け取り
お礼を言うと、駆け出して
出てきてしまった。

家に戻ってから
そっと小袋を開けてみた。

そこには
小さなカードが入っていた。

「Please marry me?」

カードと一緒に小さな箱も
入っていて
止まらない涙が
震える手を濡らすけれど
絹のリボンは、するりと解けて
箱の蓋を開けると
小さなオレンジの石がひかる
指輪が収まっていた。

こんな事……

紘太……

私はこれから
どう生きていけばいいの?

仕事柄、人の最後は
何度も立ち会ってきた。
最愛の人を亡くした人を
何人も励ましてきた。

でも自分が当事者になったら
こんなにも、何も考えられないし
どうしていいかも
わからなくなるんだね。

心は白も黒もない、ただの無色透明になる。
時計の秒を刻む音だけが
部屋を包んでいた。


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