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それ、全然違います【ショートショート】


「なんだかなぁ……」
スズキは、ため息混じりにぼやいた。
昨日今日の話じゃない。こうなってから毎日だ。
だからといって、慣れるものじゃない。慣れてしまっていいものでもない。

「なんだかなぁ……」
スズキは再び、ため息混じりにぼやいた。
スズキにとってこの悩みは、目の前に広がる殺人事件よりも、よっぽど大きな問題だった。

先程から上司の佐藤は、苛立った様子で死体を調べている。
スズキにはそれが、事件を未然に防げなかったことや、不可思議な傷跡のせいだけではないことがわかっていた。
隣では、スズキのもう一人の上司――佐藤にとっては部下であるが――山口が、「まぁまぁ」と佐藤をなだめている。

佐藤が苛立っている理由。いや佐藤だけではない。田中も山本も高橋も、本当のところは山口も、上司たちがいつもいつでも苛立っている理由。
――5年の間に変わってしまったからだ。


今の元号に変わった2050年。心を読める者、テレパスの存在が初めて公になった。
はじめは冗談だと思った。
「まるでSF小説じゃないか」
そう思うことすら、なんだか虚構じみているようだった。

それからたった5年。
今や1割。人類の約1割が、テレパスであることが明らかになっている。
社会にとんでもなく大きな影響があったらしいが、実感は湧かなかった。

「間違ってたら責任とれるの?」
「状況証拠? 物的証拠? そんなものより、心的証拠でしょ」
「推理なんかいらない」
「さっさと心を読めばいい」

『探偵』という職業が、テレパスによって追いやられたことの方が、スズキにとっては圧倒的に身近な問題だった。
「こんなことになるなら、探偵なんて職業選ばなきゃよかった」

今や探偵は、チームを組むのが当たり前。個人ではとても活動していけなかった。
大勢の知識と調査と推理を総動員することが必須。それでもテレパスにはかなわない。
せいぜい「昔ながらの方法で、事件を解決して欲しい」という、非常にニッチな要望に応えるくらいしか出来ないのだ。

お陰でスズキは、上司という存在を持つことになった。
年がら年中、苛立っている上司だ。
「こんなことになるなら、探偵なんて職業選ばなきゃよかった」


相変わらず死体を調べている佐藤が、わしゃわしゃと頭を掻きはじめた。
死体の傷跡をじっくりと見つめ、傍らに落ちていたボールペンと照らし合わせる。
「どうしました佐藤さん?」
声を掛ける山口に、佐藤は得意げに答える。
「こりゃ、凶器に意外なモノが使われたのかもしれんぜ」

「違いますよ佐藤さん。全然違います。その傷は氷によるものです」
口からこぼれかけた言葉を、スズキはグッと飲み込んだ。

「ということは、犯人は娘のマリア?」山口が、佐藤に問いかける。
「まだまだ甘いな山口。そう見せかけて、この家の主、タツノブが怪しい」
「え? タツノブさんが!? 気づかなかったなぁ!」
「俺の長年の勘が、そう言ってやがるんだ」佐藤は、自慢のあご髭を撫でながら、そう言った。

「違います。二人とも全然違います。全く見当違いです。犯人は執事です」
「そのボールペン関係ないんで、早く片づけてください」
「ていうか探偵の勘ってなんですか!? せめて推理してくださいよ!」
スズキの頭に、次々と浮かぶ言葉。
もしこれを聞かれたら……佐藤達の苛立ちは、全てスズキにぶつけられるだろう。
何しろ探偵は、テレパスを憎んでいるのだ。

「なんだかなぁ……」
スズキはまたしても、ため息混じりにぼやいた。

仕方ない。いつものことだ。
そして、これからする行動も、いつものこと。

「なんかあの氷、変じゃないっすか?」
スズキは、今度はしっかりと、口に出して言った。やや大げさに、無邪気に、偶然気づいたという感じで。

「何言ってんだスズキ?」佐藤は怪訝そうに答える。
「まぁまぁ若いヤツの話も聞いておかなきゃ、おじさんになっちゃいますよ」山口は、自分は理解のある上司だ、という感じで佐藤をなだめる。
――この反応も、いつものことだ。

「スズキの言うこと結構当たるんだよな。あいつテレパスじゃねぇだろうな? テレパスなんて卑怯者はすぐクビだ」
「スズキってテレパスなのかな。よくないなぁ。テレパスならテレパスらしく裏方仕事だけやってくれないと」

スズキは、二人の心の声を聴いて、もう一度ため息混じりにぼやいた。
「なんだかなぁ……」


後にわかることだが、人類の1割どころか3割近くを占める程に、テレパスは増えていた。20代より下の、若者が中心だったという。
だが若いテレパス達は、上の世代の理解が追いつくまで、その事実を隠していた。

スズキの毎日の悩みは、時代に取り残された上司を持つ若者にとって、よくある日常に過ぎないのである。

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