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『スーツ=軍服!?』(改訂版)第95回

『スーツ=軍服!?』(改訂版)連載95回 辻元よしふみ、辻元玲子
 
※本連載は、2008年刊行の書籍の改訂版です。無料公開中につき、出典や参考文献、索引などのサービスは一切、致しませんのでご了承ください。

旅行者が流行させたサンダル

 コンフォート靴ということでもう一つ、今度はドイツの話題を。高い医学と人体工学の水準、合理主義から、ドイツはコンフォート靴の一大産地で、ドレッシーからコンフォートまで扱うエデュアルト・マイヤーやハインリヒ・ディンケラッカーから、最近では九四年創業から瞬く間に世界的ブランドに成長したトリッペンなど、個性的な会社が多い。
 中でも著名なのがコンフォート靴とサンダルで知られるビルケンシュトックだろう。同社の歴史は古く一七七四年にヨハン・ビルケンシュトックが創業した。一八九〇年代には早くもコンラッド・ビルケンシュトックが足に優しい健康靴のコンセプトに着眼している。
 が、この会社の世界的飛躍は意外なことが契機となった。一九六六年、ドイツ系アメリカ人のマーゴット・フレイサー女史が故国に里帰りしたとき、たまたま入手したビルケンシュトックのサンダルの履き心地の良さに感銘を覚えた。女史は子供のころから足に持病があり、快適な履物を探していたのだ。アメリカに戻った彼女はサンタクルーズでビルケンシュトック製品の販売を開始、大ヒットとなった。一旅行者の思い付きから世界に広まった稀有なお話である。

ビーチサンダルは日本生まれ

サンダルといえば夏の風物詩。開放的な履物は基本的にサンダルで、日本の草履や下駄も国際的にはサンダルの一種と見なされる。昨今のクールビズでも、改まった場でサンダル、ということはあまりないと思うが、じつはかつての時代には、サンダルこそ権威の象徴だった。
今までに見つかっている人類最古の履物は、米オレゴン州で出土した約一万年前のサンダル。このように有史以前から存在するが、古代エジプトではファラオ(大王)や王族が豪華なサンダルを履き、裸足の庶民と差を付けていた。さらにこの流れは古代ギリシャが引き継ぎ、職業や身分によって異なったサンダルを使用した。サンダルという言葉はギリシャ語のサンダロンが語源である。
古代ローマでも身分ごとに細かい履物の規定があり、様々なサンダルが用いられた。そんな中、独裁者カエサルは凱旋パレードで履く真っ赤なサンダルを履いて議会に当院し、元老院議員を怒らせたと言う。やはり目立ちたがり屋だったのだろうか。また、ローマ軍団の兵士たちは軍用サンダル(カリガ)を用いた。今、この形式のサンダルが女性に「グラディエーター」の名で人気を呼んでいるが、史実ではグラディエーター(剣闘士)は裸足で、カリガは正規軍の兵士用だった。
ブーツや靴を好む北方のゲルマン人が欧州文化の担い手になると、サンダルは姿を消す。これが見直されるのは十八世紀末、フランス革命期で、古代ギリシャ、ローマへの憧れからサンダルも復権した。
今日、サンダルといっていちばんイメージしやすいのがビーチサンダル。これは一九五二年に日本の中外ゴムが、日本の伝統的草履を元にした履物として開発、米国人レイ・バスティンのデザインで発売した。手軽さが受け、日本に進駐していた米軍兵士らがアメリカに持ち帰り海外でも普及した。今やこのゴム草履は「フリップ・フロップFlip-flop」の名で国際的にも通用する。


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