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夜行堂奇譚 無料

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無料の作品をまとめてみました。 I've summarized a piece of free.
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#大野木千早

花鏡游月

花鏡游月

 この世の憂さを晴らそうと呑む酒ほど、虚しいものはない。

 酔いが覚めてしまえば、現実に打ちのめされるだけ。

 茹だるような夏の夜に、ひとり虚しく酒に溺れている自分が酷く情けなかった。恋人を作り、家族を設けている友人たちが立派な大人に見え、そうではない自分は子供のままのような気がしてならない。

 電信柱の影に蹲りながら、悪態を吐く自分の有り様が嫌になる。頭は痛むし、指先は痺れる。このまま死ん

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玩鼠廻遊

玩鼠廻遊

 苔生した岩の間を淀みなく流れる清流を眺めながら、ぼんやりと缶コーヒーを啜る。遠く山間を彩るような紅葉が綺麗で、紅、黄色、緑。渓谷全体が鮮やかなパレットのようだった。
「微糖にしときゃよかったかな。苦ぇ」
 行儀悪くコーヒーを啜る俺のすぐ側で、大野木さんが水没した携帯電話を必死になって探している。この寒い中、膝まで浸かって携帯電話を探さなきゃならないとは公務員とは面倒な仕事だ。あれが私用の携帯なら

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賀祝癒温

賀祝癒温

 太宰府天満宮の祭神として祀られて幾星霜、御神徳を得ようとやってくる参拝客は増え続け、今や日本屈指の大神社となった。学業の神として知られる一方で、家内安全や商売繁盛、恋愛成就や安産祈願など願い事も大変多い。遠路はるばるやってきたのだから、他の願い事も一緒に叶えてもらおうというのは無理もない。人間誰だって高名な神社で願いごとをする。そういうものだ。
 しかし、如何せん専門の分野というものがある。私は

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美嚢死坑

美嚢死坑

 魍魎という言葉がある。魑魅魍魎の魍魎だ。辞書には魑魅も魍魎も同じく『山川の異気の生ずる所にして、人を惑わすもの』とある。だが、魍魎には日本では『みずは』すなわち水神を指すともいう。つまり、魑魅魍魎とは山や川などの自然により生じた怪異だということだ。これらには人を害する者もあるが、自然に発生したり、消失したりするのだという。

 対して、私が職業柄、遭遇せざるを得ない怪異は人の穢れだという。呪詛や

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至双相遭

至双相遭

 夏の暑さに滅法弱い俺は、夏はあまり外出しないようにして猛暑を乗り切るのがセオリーだが、七月に入って早々に、どういうわけかエアコンが壊れてしまい、どうにもこうにも家に居られなくなった。屋敷町なら涼める場所を10箇所以上知っているとはいえ、四六時中そこにいる訳にもいかないので、さっさと最終手段に頼る事にした。

 新屋敷の小綺麗な駅前に聳え立つタワーマンション。その最上階に住むある人を訪ねることにし

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訪魂囁家

訪魂囁家

 祖父が長年暮らした小さな日本家屋は、老いた畳と線香の匂いがした。

 荷解きを終え、袖廊下に寝転がる。小さな中庭は祖父が存命の頃には多種多様な庭木や花で見事なものだったが、手入れをしてやらないと庭というのはすぐに荒れてしまう。鬱蒼と生い茂った庭木と雑草を眺めながら、明日は草むしりに費やすことを決めた。祖父のようにはいかないだろうが、見苦しくない程度にはしておくべきだろう。

 祖父が亡くなったの

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奏皷夜花

奏皷夜花

 リビングのソファでだらしなく漫画を読んでいると、遠雷のような腹に響く音が聞こえてきた。窓の方に目をやると、いつの間にかすっかり日が暮れてしまっている。時計を見ると、もう午後八時を回っていて驚いた。

 携帯に目をやっても着信の履歴はなし。夕食の材料を買いに大野木さんが出かけて行ったのはもう二時間以上前のことだ。いくら何でも遅過ぎる。駅に隣接した百貨店なら一時間もあれば買って帰って来られる筈だ。

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付喪神機

付喪神機

 吾輩は家庭用自律型掃除機である。名前はまだ無い。

 どこで製造されたかとんと見当がつかぬ。なんでも火花がばちばち散る煩い所でウィーンウィーンと泣いていたことだけは記憶している。やがて吾輩は狭く暗い箱に厳重に閉じ込められ、何処かへ運ばれた。そこでクゥクゥ寝ていると、箱が持ち上がり、誰かによって再び何処かへ運ばれてしまった。

 箱を開けたのは人間という不思議な生き物だった。どうやら彼らは吾輩の創

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閑話夜会

閑話夜会

 真夜中に目が覚めた。ベッドから起きて時計を眺めると、真夜中を少し回ったくらい。右腕の付け根を揉みながら、トイレへ向かう。

 リビングは真っ暗、大野木さんの部屋にも灯りは付いていない。今日は珍しく早く休むと言っていたから、早々に横になったらしい。今頃、女々しいアロマ焚いて夢の中に違いない。小腹が空いたので夜食を作って貰おうと思ったが、あてが外れた。流石に寝ている所を起こすのは悪い気がする。

 

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無為驟雨

無為驟雨

 まとわりつくような霧雨の中、睫毛から滴り落ちる雨粒を手で拭う。決して視線を外さないよう、瞬きひとつしないよう細心の注意を払いながら、視界の端で倒れる相棒に意識を向ける。

 彼はぐったりと倒れたまま目を覚ます素ぶりはない。無理もない。あれだけの高さから地面に叩きつけられたのだ。骨の二、三本骨折していてもおかしくはない。最悪、死んでいる可能性すらある。本当なら今すぐ駆け寄って容体を診るべきだが、今

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