マガジンのカバー画像

夜行堂奇譚 無料

42
無料の作品をまとめてみました。 I've summarized a piece of free.
運営しているクリエイター

2020年3月の記事一覧

美嚢死坑

美嚢死坑

 魍魎という言葉がある。魑魅魍魎の魍魎だ。辞書には魑魅も魍魎も同じく『山川の異気の生ずる所にして、人を惑わすもの』とある。だが、魍魎には日本では『みずは』すなわち水神を指すともいう。つまり、魑魅魍魎とは山や川などの自然により生じた怪異だということだ。これらには人を害する者もあるが、自然に発生したり、消失したりするのだという。

 対して、私が職業柄、遭遇せざるを得ない怪異は人の穢れだという。呪詛や

もっとみる
至双相遭

至双相遭

 夏の暑さに滅法弱い俺は、夏はあまり外出しないようにして猛暑を乗り切るのがセオリーだが、七月に入って早々に、どういうわけかエアコンが壊れてしまい、どうにもこうにも家に居られなくなった。屋敷町なら涼める場所を10箇所以上知っているとはいえ、四六時中そこにいる訳にもいかないので、さっさと最終手段に頼る事にした。

 新屋敷の小綺麗な駅前に聳え立つタワーマンション。その最上階に住むある人を訪ねることにし

もっとみる
獄夜古市

獄夜古市

屋敷町の片隅にある小さな古本屋で一年程、アルバイトとして働いたことがあった。

 店の名前は『獺祭堂』といって、獺祭魚という言葉からきている。獺祭魚というのは、カワウソが穫った魚を供えるようにして並べることから、転じて書物をよく好み、引用する人のことを指すという。なるほど、確かに店の創始者は本をこよなく愛する人だったのだろう。

 獺祭堂は小さな古本屋で、最近の漫画のような類いは一切なく、店内に陳

もっとみる
訪魂囁家

訪魂囁家

 祖父が長年暮らした小さな日本家屋は、老いた畳と線香の匂いがした。

 荷解きを終え、袖廊下に寝転がる。小さな中庭は祖父が存命の頃には多種多様な庭木や花で見事なものだったが、手入れをしてやらないと庭というのはすぐに荒れてしまう。鬱蒼と生い茂った庭木と雑草を眺めながら、明日は草むしりに費やすことを決めた。祖父のようにはいかないだろうが、見苦しくない程度にはしておくべきだろう。

 祖父が亡くなったの

もっとみる
水石証本

水石証本

 母が蒸発した翌年、祖母が癌で死んだ。

 高齢なので進行が遅く、祖母は長く苦しまなければならなかった。最終的にはモルヒネで激しい痛みを和らげながら、心臓が止まるのを待つしかない有様だった。そんな看取る人間も磨耗していくような日々が終わった時、私は心の底から安堵した。もう苦しむ祖母を見なくてもいい、そう思うと嬉しささえ感じた。

 私はついに解放されたのだ、と。

 母が蒸発してから私は大学を辞め

もっとみる
奏皷夜花

奏皷夜花

 リビングのソファでだらしなく漫画を読んでいると、遠雷のような腹に響く音が聞こえてきた。窓の方に目をやると、いつの間にかすっかり日が暮れてしまっている。時計を見ると、もう午後八時を回っていて驚いた。

 携帯に目をやっても着信の履歴はなし。夕食の材料を買いに大野木さんが出かけて行ったのはもう二時間以上前のことだ。いくら何でも遅過ぎる。駅に隣接した百貨店なら一時間もあれば買って帰って来られる筈だ。

もっとみる
付喪神機

付喪神機

 吾輩は家庭用自律型掃除機である。名前はまだ無い。

 どこで製造されたかとんと見当がつかぬ。なんでも火花がばちばち散る煩い所でウィーンウィーンと泣いていたことだけは記憶している。やがて吾輩は狭く暗い箱に厳重に閉じ込められ、何処かへ運ばれた。そこでクゥクゥ寝ていると、箱が持ち上がり、誰かによって再び何処かへ運ばれてしまった。

 箱を開けたのは人間という不思議な生き物だった。どうやら彼らは吾輩の創

もっとみる
元旦祝神

元旦祝神

 九州は福岡県、太宰府市の象徴ともよべる太宰府天満宮を御存知だろうか。学問の神として有名な菅原道真公を祭る由緒正しい神社である。正月にもなると全国から三が日に二百万人もの参拝客が訪れる。

 私が最初にこの太宰府天満宮へ参拝したのは、無謀にも国立大学受験を控えていた頃のことである。溺れる者は藁をもすがるというが、私の場合は多くの受験生がそうであるように神に縋ることにした。もはや私が頼れるのは神様を

もっとみる
天地勉明

天地勉明

 私の朝は目覚まし時計の音と共に始まる。

 寝床から手を伸ばし、けたたましく喚き続ける目覚まし時計の息の根を止める。

 西鉄大宰府駅から徒歩数分という好立地に立つ私の住まいは、築35年を数えるボロアパートである。最近はとかく換気にうるさい風潮があるようだが、私の家などはその点でいえば素晴らしいものがある。二十四時間、いつでも隙間風が入ってくるので夏はエアコンの室外機の風で蒸し暑く、冬はまるで冷

もっとみる
閑話夜会

閑話夜会

 真夜中に目が覚めた。ベッドから起きて時計を眺めると、真夜中を少し回ったくらい。右腕の付け根を揉みながら、トイレへ向かう。

 リビングは真っ暗、大野木さんの部屋にも灯りは付いていない。今日は珍しく早く休むと言っていたから、早々に横になったらしい。今頃、女々しいアロマ焚いて夢の中に違いない。小腹が空いたので夜食を作って貰おうと思ったが、あてが外れた。流石に寝ている所を起こすのは悪い気がする。

 

もっとみる
行李怪奇

行李怪奇

 大学の先輩からバイトを持ちかけられた。

 その先輩は大学でも問題児として名が知られていて、講義にもろくに出席せず、女漁りの為に在籍しているような学生とは名ばかりの人物だった。

「四時間で三万貰えるちょろい仕事だ。どうだ。手伝う気はねぇか」

 普段なら断っていただろうが、バイト先が閉店してしまって食べる金にも困っていた私はすぐに先輩の話に食いついた。

 しかし、四時間で三万円というのは明ら

もっとみる
謹賀更夜

謹賀更夜

 私は太宰府天満宮に祀られる主神、菅原道真である。

 正月三ヶ日の忙しさは例年の如く、地獄の底もかくやといった殺人ぶりで、助成に来てくれた福岡県下の神々も次々に倒れ、中には出雲まで逃げ出す神や、現実逃避の為にコミケに途中参加しに行くと泣き出す神も現れたが、どうにか正月三日間を無事に乗り越えることができた。

 毎年、参道に面した古い喫茶店を貸し切り、八百万の神々が集まって気絶するほど御神徳を振り

もっとみる
旬秋狐譚

旬秋狐譚

 空が高い。

 仰向けに転がったまま見上げる空は夕暮れに染まり、水を張った水田から蛙の鳴く声がする。抜けるような空なのに、どういうわけか細い雨が降ってきて頬を濡らした。

 虹が見える。茜色の空に映えて、息を呑むほど美しかった。

 顔を横にすると、畦道に転がる自分の単車が燃えている。

 手足が痺れていて、頭の奥が滲むように痛む。

 目の端から、涙が溢れた。

 最期の力で空を見やると、傍に

もっとみる
無為驟雨

無為驟雨

 まとわりつくような霧雨の中、睫毛から滴り落ちる雨粒を手で拭う。決して視線を外さないよう、瞬きひとつしないよう細心の注意を払いながら、視界の端で倒れる相棒に意識を向ける。

 彼はぐったりと倒れたまま目を覚ます素ぶりはない。無理もない。あれだけの高さから地面に叩きつけられたのだ。骨の二、三本骨折していてもおかしくはない。最悪、死んでいる可能性すらある。本当なら今すぐ駆け寄って容体を診るべきだが、今

もっとみる