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[ためし読み]『世界の中のラテンアメリカ政治』「この本について」「第1章」より

植民地、独立、国家形成、ポピュリズム、軍事政権、米国の介入、新自由主義、左傾化、民主制の後退、専制の台頭——

ラテンアメリカ諸国は非常に類似した経験を共有しており、しかし同時に、これまで各国が示してきた政治的特徴は極めて多様である。
複雑に絡み合う国際社会との関係、歴史の変遷を丁寧に読み解き、先植民地期から現代まで日本や欧米諸国などと対比しつつ、ラテンアメリカ政治史の全体像を俯瞰する、新しい概説書。

本書から、著者による「この本について」の一部と、「第1章 ラテンアメリカ政治の全体像」から冒頭部分を公開します。

◇   ◇   ◇

この本について

 この本はラテンアメリカの政治に関する概説書です。ラテンアメリカはアメリカ大陸とその周辺の島々の中でも、アメリカ合衆国(米国)より南に位置しています。多くのラテンアメリカ諸国が独立した一八〇〇年前後からさらに昔にさかのぼり、二〇一〇年代までの政治の歩みを見ていきます。

 この本はラテンアメリカの政治に見られる共通点や多様性を扱います。ラテンアメリカ諸国は非常に類似した経験を共有していることに着目します。同時に、その経験に関連して、各国が異なる政治的特徴を示したことを指摘します。

 私たち筆者は、世界史の流れの中にラテンアメリカを位置づけることを意識して、この本を作りました。ラテンアメリカ諸国に共通する経験は、ラテンアメリカを取り巻く世界の動向に深く関連しています。このつながりを意識することで、そうした世界とラテンアメリカ諸国の変化を連動させて理解することができます。さらに同時期の日本の状況にも適宜触れることで、ラテンアメリカの状況を日本と対比して理解する機会も設けています。

 この本は政治を扱う上で基本となる学術的な概念を用いて、ラテンアメリカの政治を記述しています。ラテンアメリカ諸国の経験をそれ以外の国と関連づけるには、一般的な広がりを持つ概念を用いる必要があります。その概念をなるべく平易に定義し、ラテンアメリカ内外の政治の説明に生かしています。(後略)


第1章 ラテンアメリカ政治の全体像

 日本にとって、ラテンアメリカは文字通り遠くにある地域である。日本とラテンアメリカは太平洋をはさんだ対岸にある。東京から見た地球の裏側は、南北アメリカ大陸とアフリカ大陸の間に横たわる大西洋の洋上にあり、アフリカ大陸よりも南米大陸に近い。

 ラテンアメリカを知る機会が乏しいという意味でも、ラテンアメリカには遠さが感じられる。日本を取り巻く世界について学ぶ主な機会として、高校で地理歴史を学ぶことがある。

 NHK教育の番組「NHK高校講座」で年四〇回放送される「世界史」で「ラテンアメリカ」がタイトルに登場するのはわずかに一回(第三八回「ラテンアメリカとアメリカ合衆国」 )である。

 しかし、注意して見れば、ラテンアメリカと日本のつながりは色々なところにある。鶏肉や塩、アボカド、バナナなどラテンアメリカ産の食料品がスーパーマーケットに並び、レゲトンやサルサ、タンゴなどラテンアメリカ発の音楽ジャンルを聞いたことがある人もいるだろう。野球やサッカーなど日本のプロスポーツの世界でもラテンアメリカ出身の選手が活躍している。

 人的交流の面でも、日本とラテンアメリカの関わりは深い。二〇二一年時点で、ラテンアメリカ諸国の国籍を所有し、日本に在留している者は約二七万人に達した。これには含まれない、すでに日本国籍を得たラテンアメリカの人々も数多く存在する。また、ラテンアメリカに在住する日本人も約九万人を数える。過去に遡れば、一九世紀後半から二〇世紀前半までに、推定二五万人が日本からラテンアメリカに移住した。その子孫が大規模な日系人コミュニティを形成している国もある。

 では、ラテンアメリカとはいったいどのような場所なのか。この章ではラテンアメリカを構成する国々を、本書のテーマである政治に着目しながら紹介する。日本を含むラテンアメリカでない国々との対比を通じ、世界の中でのラテンアメリカ諸国の位置づけが示されることになる。(後略)

【目次】
この本について ←一部公開

第1章
 ラテンアメリカ政治の全体像 ←一部公開
ラテンアメリカという地域/政治体制と経済水準/時代区分

第2章 独立前のラテンアメリカ
先植民地期/植民地行政/独立への道

第3章 独立直後の国家形成
全体的な特徴/保守派政権と自由派政権/国家形成期の課題

第4章 ポピュリズムの時代へ
欧米の工業化の影響/ポピュリズムとは何か/ポピュリズムの兆し

第5章 ポピュリズムの政治
強いポピュリズム/妥協的なポピュリズム/ポピュリズムの課題

第6章 軍による政治支配
二〇世紀の軍事政権の全体像/米国の介入/共産主義の脅威

第7章 軍事政権の多様性
典型的な軍事政権/典型からの逸脱/軍事政権の脆弱性

第8章 民主制への展開 南米
崩壊の要因/統制された民政移管/混乱した民政移管

第9章 民主制への展開 中米
崩壊の要因/紛争の国際化/和平交渉

第10章 新自由主義改革
新自由主義の導入/改革とその功罪/変容する国家

第11章 左傾化
左傾化の要因/穏健と急進/例外

第12章 これからのラテンアメリカ政治
民主制の後退/民主制を脆弱にするもの/注目すべきイシュー

あとがき

【書誌情報】
世界の中のラテンアメリカ政治

[著]舛方周一郎・宮地隆廣
[判・頁]A5判・並製・328頁
[本体]2400円+税
[ISBN]978-4-910635-04-0 C0031
[出版年月日]2023年3月27日発売
[出版社]東京外国語大学出版会

【編者紹介】
舛方周一郎
(ますかた・しゅういちろう)
東京外国語大学世界言語社会教育センター講師。1983年生まれ。上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士後期課程修了、博士(国際関係論)。サンパウロ大学客員研究員、神田外語大学専任講師を経て2020年4月より現職。専門は国際関係論、現代ブラジル政治。著書に『つながりと選択の環境政治学―「グローバル・ガバナンス」の時代におけるブラジル気候変動政策』(晃洋書房、2022年)、“Global environmental governance and ODA from Japan to Brazil,” Nobuaki Hamaguchi and Danielly Ramos eds. Brazil-Japan Cooperation: From Complementarity to Shared Value, Springer, 2022, “Illiberal Bandwagoning: United States–Brazil Relations under the Trump-Bolsonaro Administrations,”Hiroki Kusano and Hiro Katsumata eds. Non-Western Nations and the Liberal International Order: Responding to the Backlash in the West, Routledge, forthcomingなどがある。

宮地隆廣(みやち・たかひろ)
東京大学大学院総合文化研究科教授。1976年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学、博士(学術)。同志社大学専任講師、東京外国語大学准教授、東京大学准教授を経て、2022年4月より現職。専門は比較政治学、ラテンアメリカの政治と開発。主な著書として『解釈する民族運動――構成主義によるボリビアとエクアドルの比較分析』(東京大学出版会、 2014年)、主な論文として”Referendo de iniciativa gubernamental y calidad de la democracia en América Latina,” De Política (Asociación Mexicana de Ciencias Políticas) 9, 2017、訳書としてフェルナンド・エンリケ・カルドーゾ/エンソ・ファレット『ラテンアメリカにおける従属と発展——グローバリゼーションの歴史社会学』(鈴木茂・受田宏之との共訳、東京外国語大学出版会、2012年)がある。

※肩書・名称は本書刊行当時のものです。


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