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[ためし読み]『28言語で読む「星の王子さま」 世界の言語を学ぶための言語学入門』「第1部 言語学入門 第1章 世界の言語・言語の系統と歴史、言語接触、類型」

世界中さまざまな言語に翻訳され、愛読されている『星の王子さま』を言語学的に解説しました。言語学の考え方を知ると、言語ごとの特徴や共通点がわかり、言語を学ぶことが楽しくなります。本書では、言語の構成要素を取り上げながら言語学を解説する第1部に続いて、第2部では28の言語で1言語1章ずつ「星の王子さま」を読み進みます。

王子さまが星から星へと旅したように、28の言語で『星の王子さま』を読み継ぎながら、世界の言語を旅してみませんか。

世界中に言語は6000~7000あると言われています。なかには互いに似ている言語もあります。どうして似ているのでしょうか? その疑問に答える第1部第1章「世界の言語・言語の系統と歴史、言語接触、類型」を公開します。

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【目次】
まえがき

第1部 言語学入門
1 世界の言語・言語の系統と歴史、言語接触、類型
 ←公開
2 文字の系統、翻字
3 発音記号概説
4 結合音声学と音韻論
5 言語類型論 語順類型論と古典類型論
6 形態的手法
7 品詞 (特に形態的な基準で分ける)語のグループ
8 性数格 名詞の文法的カテゴリー
9 TAM 動詞の文法的カテゴリー
10 情報構造
11 連接/複文
12 形態素分析の方法論
13 28言語の特徴 対照一覧表
14 文献

第2部 28言語の概説と28言語による「星の王子さま」
英語/ドイツ語/フランス語/イタリア語/スペイン語/ポルトガル語/ロシア語/ポーランド語/チェコ語/中国語/朝鮮語/モンゴル語/フィリピン語/マレーシア語/インドネシア語/カンボジア語/タイ語/ラオス語/ベトナム語/ビルマ語/ベンガル語/ヒンディー語/ウルドゥー語/ペルシア語/アラビア語/トルコ語/ウズベク語/日本語
28言語でこんにちは/28言語でありがとう/28言語で数えてみよう

あとがき
索引

◇   ◇   ◇

第1部 言語学入門

1 世界の言語・言語の系統と歴史、言語接触、類型

世界の言語

 世界には約6,000から7,000の数の言語があると言われています。国の数が200ぐらいなので、それよりも何十倍も多くの言語が話されていることがわかりますね。

 それにしても、どうして1,000も数にひらきがあるのでしょう? 一つにはパプア・ニューギニアや南米のアマゾン河流域など、どんな言語がいくつ話されているのかさえもまだよく調査されていない地域があるためです。もう一つは、言語と方言の違いを判断するのが難しい、という理由です。例えば、沖縄のことばは東京のことばから見ると、さっぱりわからないくらい違いますが、一つの国の中のことばどうしで、しかも元は同じ起源だからというので、たいていは一つの言語の別の方言として扱っています。一方、例えばスペイン語とポルトガル語、特にその国境あたりの方言どうしは互いに非常によく似ているのですが、別の国で話されているので別の言語とされています。このように違う言語と見るか、それとも同じ言語の方言と見るかは実はきわめて難しい問題なのです。

 この約6,000の言語のうち、話し手が1万人以下の小さな言語は、約半数の3,000を占めるといわれています。一方、話し手が100万人以上のいわゆる「大言語」の数は約250です。この状況は、約4パーセントの言語を約96パーセントの人々が話し、約4パーセントの人々が約96 パーセントの言語を話している、ということでもあります。

 小さな言語の話者たちは、たいていが大きな言語とのバイリンガルで、そうした小さな言語は文字で書かれることがなく、子供たちはもはや大きな言語しか話せない、ということがよくあります(こうした言語を危機言語といいます)。ある統計によれば、いま地球上で話されている6,000の言語のうち約半数の言語が今世紀中に消滅する、とも言われています。このことをイメージするのは難しいかもしれませんが、みなさんの周りの日本各地の諸方言のことを思い起こしてみてください。方言は基本的に文字で書かれることがなく、また方言によってはもうお年寄りしか話すことができず、若者は共通語しか話せなくなっている、というような状況がありますよね。

言語の系統と歴史

 世界にはこのようにものすごくたくさんの言語があるわけですが、互いに似ている言語もあれば、まったく違う言語もあります。二つの言語が似ている場合、それには三つの理由があるといわれています。

 まずその一つ目の理由は、その二つの言語が互いに系統関係にある場合です。系統とは簡単に言えば親縁関係のことで、その二つの言語は、歴史的に見て一つの同じ源(祖語と言います)にさかのぼります。系統関係にある言語群のことを語族と言います。本書に出てくる28言語は、それぞれ次のような語族に属しています。なお各語族には、ここに挙がっている言語以外にも、さらにとてもたくさんの言語が所属していることに注意してください。

インド・ヨーロッパ語族(印欧語族とも):英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、ポーランド語、チェコ語、ベンガル語、ヒンディー語、ウルドゥー語、ペルシア語
シナ・チベット語族:中国語、ビルマ語
アフロ・アジア語族:アラビア語
オーストロ・アジア語族:カンボジア語、ベトナム語
タイ・カダイ語族:タイ語、ラオス語
オーストロネシア語族:フィリピン語、マレーシア語、インドネシア語
モンゴル語族:モンゴル語
チュルク語族:トルコ語、ウズベク語
系統的に孤立した言語:朝鮮語、日本語

(なおシナ・チベット語族、タイ・カダイ語族に関しては、一語族にまとまるかどうか、一部の言語を含めるか否か、などの点で異論もあります。本書でいう「朝鮮語」は朝鮮民族の言葉という意味で、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の両方(さらには中国の延辺朝鮮族自治区やアメリカ、日本における朝鮮民族のコミュニティ)で話されている言葉全体を指す用語として用いています。)

 モンゴル語族とチュルク語族は、互いによく似ている上に歴史的にも深い関係があったので、アルタイ諸言語と呼ばれることがあります。しかし両語族が系統関係にあるかどうかは、未だ立証できていません。起源は異なるものの影響を与え合ううちに互いに似てきてしまったのかもしれません。

 一方、語族より下位の系統的分類の単位を語派と言います。上記の印欧語族の諸言語は次のような語派に分かれます。

ゲルマン語派:英語、ドイツ語
イタリック語派:フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語
スラブ語派:ロシア語、ポーランド語、チェコ語
インド・イラン語派:ベンガル語、ヒンディー語、ウルドゥー語、ペルシア語

比較言語学と言語接触

 それでは、「ある言語とある言語が系統関係にあって、同じ語族に属し、同じ源から分かれてきた」ということはどうやって証明するのでしょうか? それにはまず音対応を見つける、という手続きが必要であるとされています。例えば、ドイツ語で「2」のことをzwei、「歯」のことをZahn、「10」のことをzehn と言いますが(Z の字は[ ts ] と発音します)、これらの語は英語ではそれぞれtwo, tooth, ten ですね。このような状況を「ドイツ語の[ ts ] の音は英語の[ t ] の音と対応する」と言います。このことは、元は同じだった言語が何らかの理由で二つの集団に分かれて暮らすようになり、片方の集団で、ある音がいっせいに別の音に変化した、とすればうまく説明することができます(なおこの事例で実際にはt > ts の変化が起きました)。こうした組織的な対応は偶然の産物であるとは考え難いため、このような対応をもって問題の二つの言語は同系統にある、と判断します。このようにして言語の歴史的関係を考える分野を比較言語学と言います。

 では、言語が似ている二つ目の理由として考えられることは何でしょうか? それは言語接触による相互影響によるものです。 例えば、インド・イラン語派のうちのインド語派の諸言語は、同じくインドの南部で話されている別系統の言語群であるドラヴィダ語族の言語ととてもよく似ています。これは何千年もの歳月にわたってこれら両語族の言語を話す人々が交流し、その言語が互いに似てきてしまったためだと言われています。系統による類似がいわば「血のつながり」であるとすれば、言語接触は「似たもの夫婦」のようなものです。このようにして互いに似てきた言語群を言語連合(ドイツ語で Sprachbund と言います)そのような地域を言語地域(linguistic area)と言います。言語接触には上記とは違ったパターンもあります。政治や経済の面で強い集団が別の言語を話す集団を支配すると、征服された集団の人々は自分たちの言語を捨てて支配者たちの言語を話すようになることがよくあります。その場合、征服された方の言語を基層言語といいます。時には征服者の言語の中に基層言語からの影響による変化が起きる、もしくは何らかの特徴が残ることがあります。これについてはフランス語やスペイン語の概説(第2部3章、5章)も参照してください。このほかに、異なる言語を話す人々が意志疎通のために臨時に簡単な体系の言語を生み出し、それが慣習化する場合があり、これをピジンと言います。ニューカレドニアのフランス語ピジンやパプア・ニューギニアのトク・ピシン(英語ピジン)などが有名です。ピジンが母語化したものをクレオール(クリオールとも)と言います。

 最後に、言語が似ている三つ目の理由についてですが、これは第5章でお話ししましょう。

 図1-1は語族や諸言語の分布を示した地図です。この地図では語族をなしているグループは「語族」を省略して示しています。インド・ヨーロッパ(語族)やウラル(語族)がそうです。ただし語族の中の言語には、その語族への帰属が疑われているものもあります。次に、系統関係がなお明らかになっていないものの、地域的な理由や類型的な類似を理由に一つのグループとして扱われることのあるものを「~諸言語」として示しました。カフカース諸言語やアルタイ諸言語がそれです。こうした「~諸言語」の中には、現時点で系統関係が判明したたくさんの語族が含まれています。最後に系統的に孤立した言語は、「~語」として示しました。日本語、朝鮮語、バスク語などがそうです。なお系統的に孤立した言語は、実際にはもっとはるかにたくさんありますが、ここではそのうちのいくつかのみを示しています。

 次に、図1-2では本書で扱った28言語の使用地域の地図を示しました。なおよく知られているように、上記のうちの一部の言語、特にヨーロッパの印欧語の使用地域は図1-2で示した地域だけではありません。以下ではその主なもののみを示しておきます。

英語:「第一言語」として使用している国だけでも30弱あり、その中核となっているのは、アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、アイルランドなどです。
スペイン語:中南米ではブラジル、スリナム、ガイアナ、ベリーズ、カリブ海地域の一部などを除く大部分がスペイン語圏で、18か国の公用語になっています。
ポルトガル語:南米のブラジルとアフリカの旧ポルトガル植民地諸国(カーボ・ベルデ、ギニア・ビサウ、サントメ・プリンシペ、アンゴラ、
モザンビークの5か国)で話されています。

 反対に、その国の領土の内側にその国で一番多くの人々が話している言語以外の言語が話されている地域のある場合もあります。例えばロシアにおいては、サハ共和国ではサハ語(チュルク語族)、ネネツ自治管区ではネネツ語(ウラル語族)などがロシア語とともにその地域の重要な言語として話されています。このような場合に、図1-2では国境をそのままその言語の使用地域の境界とはせず、(共和国や自治管区などの)行政区域に従ってそれを除いた地域を示しています。したがって中国ではチベットやウイグルの自治区を、ブリテン諸島ではアイルランドやスコットランドなどを除いた地域を、それぞれ中国語、英語の主要な使用地域としています。

【編著者紹介】
風間伸次郎
 かざま・しんじろう
東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。専門はアルタイ諸言語の現地調査による記述研究、言語類型論。

山田怜央 やまだ・れお
東京外国語大学非常勤講師。専門はアイルランド語。その他、ヨーロッパ諸言語全般、特にケルト諸語、ロマンス諸語、ゲルマン諸語。
【書誌情報】
28言語で読む「星の王子さま」 ― 世界の言語を学ぶための言語学入門

[編著]風間伸次郎 山田怜央
[判・頁]A5判・並製・540頁
[本体]3200円+税
[ISBN]978-4-904575-87-1 C0080
[出版年月日]2021年4月5日発売
[出版社]東京外国語大学出版会

※肩書は本書の刊行当時のものです。

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