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そして船は沈む、分断の果てに痩せた考えの向こうに

ブラック企業、その朝は早い。社訓の斉唱で始まり、理不尽な指示をこなし、かつ安い給料で、仕事のおわりに疲れ果てた労働者を待ち受けるのは「環境整備」という名の無償の清掃作業だ。

知床遊覧船から、その指導を仰いでいたコンサル会社、そしてブラック企業の推進剤については前回記事をご覧に入れたい。問題は、彼らは少なくともミクロにおいて、経済合理性があるかに見えることだ。

その理解に至るには、「コンプライアンスなどという戯言の向こう側の論理」「高学歴エリサーには決して見えない世界線」を垣間見ることが必要なようだ。

この手の分析には、まず大企業エリサラの真逆、もっとも酷いところから分析しよう。

横軸を人材の質、縦軸を仕事の社会的意義とする

エリートが、真っ当な仕事をする、それが社会の綺麗な一面だ。コンプライアンスを遵守し、SDGsなんかの目標もついでに掲げ、誰もが立派と思うような仕事を想像いただきたい。「ごめん、同窓会には行けません。いま、シンガポールにいます。この国を南北に縦断する地下鉄を私は作っています」なんていうCMのカッコいいセリフを思い浮かべよう。「きっといつか誰かの青春を乗せる」地下鉄を作る仕事は、間違いなく立派なものだ。

逆に、酷い仕事をやばい人材がやってのける例をあげよう。反社会的勢力、まさにヤクザの世界が典型だろう。

暴力団の世界

この世界においては、そもそも人材がマジメであるわけもなく、恐怖とリアルタイムでの管理(携帯電話のコールに何があっても出る)によってはじめて機能させることができる。なんせ麻薬密売の売上金を持ち逃げされたからといって、警察に被害届は出せないのだ。

このタイプの組織は、決して日本だけのものではないようだ。その特徴もこちらの大著「世界犯罪組織研究」で分析されており、国や地域を問わず、ワンマントップ、リアルタイム管理といった特徴を備えていることが明らかにされている。ついでに一度入ったら抜けられないという意味で、終身雇用、なのだという。

そして、まっとうな仕事をする、低レベル人材のセグメントだ。ここでもグラデーションとなった社会を簡易に表現するため、一番低いところをまず押さえよう。

「ルポ西成」

これは大阪の日雇い労働者地区にあえて入り込んだルポタージュだ。薬物使用で何度も前科のある人をはじめ、自称証券マンという謎のハッタリ男や、生活保護を受けながら宿泊所の従業員を見下す人など、どうしようもない人々の描き出す日常がどこまでも描かれている。

実のところ、彼がこなすことができる仕事は、単調かつ生産性の低い仕事であり、そして労働者の創造的献身性などは臨むべくもない。見ていなければサボるし、バックれる。人によっては備品をパクる、というのは、ある意味真理であろう。

性悪説に基づいた管理が、生産性を引き上げるという事象も、もちろんあるのだろう。

まっとうな人間を、まっとうで無い賃金で使う

当然ながら、あらゆる企業は利益の最大化を試みる。そして、売り上げを増やすか、支出を減らすことがその手段となる。容易なのはもちろん後者である。高いサービスで高い支払いを要求するためには、創造的な工夫が求められるが、今までよりも安い料金で同じモノを売れば、当然ながら売り上げは伸びるだろう。

これは、おもてなしお(安く)も(ちろん)て(は抜かず、)な(にごとも変えずに、)し(ごとします。)
という、現代日本の誇る経営テクニックだ。

しかしながら、グローバル化の進む現代社会において、仕入れコストを下げることもまた、難しい。そこで、人件費を効率よく引き下げる方法が求められた。

単純な不況期であれば、これは容易だ。安い賃金で人を募集して、労働力が確保出来るのであればそれに越したことは無い。しかし、景気には循環があり、同じ内容で良い賃金が得られる場合や、少ない労働時間で同様の賃金が得られる場合に、労働者が転職してしまうことは避けられない。

しかしながら、人間はパンだけをもとめて生きるのでは無い。やりがい所属感、そして使命感が得られれば、それで納得して働くのだ。そのような人材は、単に給料だけを求めて働く人より献身的で使いやすいだろう。

国境なき医師団のメンバーは、安全な国内でもっと稼げるであろうに、あえて社会的使命のために戦地へ向かう。この使命感を実感させることは、経営のテクニックといえる。

戦争で大怪我をした子供の命を救うため、自身の命も賭ける。この高尚な目的のためには、高学歴な医者も勝手に来てくれるのかもしれない。しかし、居酒屋で「ヨロコンデェェェ」と絶叫することに意義を感じさせるためには、数多くの工夫が求められる。

実のところ、「世界犯罪組織研究」でも言及されていたが、組織の中の承認(60人程度の「組」で、階級が数十個に分かれ、少しずつ昇進していく)ことが最大の報酬なのだ(給料はほとんど変わらなかったりする)。イタリアン・マフィアの強固な組織運営テクニックと同じ結論に、我が国の実業家たちもたどり着いている。ついでに、マフィアでも「社訓」の斉唱はことある事に実施され、厳かに構成員はそのマントラを唱えるのだという。

一日を社訓の斉唱で始め、理不尽な指示でやりがいを感じさせ、疲れ果てた労働者へ「環境整備」というさらなる労働負荷を与える。これは極めて効率的な労働者へのインセンティブとなる。もはや転職という選択肢が見えなくなった労働者は、死に物狂いで何かのために働く自己認識だけの存在に昇華する。当然ながら給料明細などは些末なモノだ。

人件費切り下げのため、天候不順などの「サボる言い訳」を並べた船長を解雇し、経験には乏しいが「お客様の笑顔」のため、どんな悪天候でも船を出す船長を安く雇用することは、コロナ不況で傾いた観光事業で、再び収益を上げるため、もっとも手っ取り早い方法だったのだろう。

そして船は沈んだ

そもそも、価格を下げるのでは無く、より高いサービスで高い料金を取れなかったのか?という質問について。日本においては、零細企業の労働者数が国際的にも多い。当然ながら各零細企業の社長が必ずしも優秀な人間では無いだろう。そして零細企業の数の多さは、さらなる過当競争を推進する。

ブラック化推進剤は、さして能力の無い社長も取り組める、零細企業の再現性ある事業継続マニュアルであり、そしてこれからも消えることは無い。船は、どこかでまた沈む、社会を生きる人々を飲み込んで。

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