見出し画像

ソロキャンプと、用心について

ソロキャンプが話題のようだ。例にもよってキャンプそのものの楽しみがどうこうではなく、ある女性がソロキャンプ中に性的暴行を受けたという事件が発端となっている。

この事件自体は、数ヶ月前にTwitterで流れて来ていたが、今になってそのネタを放り込んだ「ソロキャンプの注意点、思わぬ危険性も」などという記事が書かれ、バズったことで話題に着火された模様である。

事件そのものについては、やはり犯人が悪いとしか言いようがないし、そして若い女性のソロキャンプは用心が必要というのもまた事実であろう。というより、人気ひとけの無いところでは、男性であれ用心に越したことが無い。

一体、なぜこのテーマで激しい論争が繰り広げられるのか理解しがたいが、そういった論争は著名なTwitter論客様にお任せし、ここでは「用心する」ということについて、自身の北海道ツーリングの旅の思い出をベースに説明したい。

ライダーハウスという宿泊施設について

バイクに乗らない方は、あまりご存じでは無いだろう。北海道以外の地にも、バイク乗り向けの簡易な宿泊施設があるようであるが、私がバイクに乗っていた十数年前の北海道には、数多くのライダーハウスが存在していた。

驚くべきことに、一部の施設は無償で利用できたのだ。もちろん立派な施設である訳もなく、何も無い部屋が置いてあるだけである。宿帳のようなものに、お礼や旅の抱負を書き込み、あとは畳であればそのまま寝袋を、寒ければ銀マット(発泡スチロール材など、床の寒さが上がってこないようにするもの)を敷いてその上に寝ることとなる。もちろん、相部屋が基本だ。

ちなみに北海道の住人たちは、基本的にバイクには乗らないようだ。それはそうだろう、乗れる期間が雪が積もっていない時期だけであるし、そもそも寒すぎればバイクに乗る気はしない。

というわけで、夏の北海道に大量に発生したバイク乗りは、基本的に道外からきた観光客であった。その上、北海道は広大であるため、結構な長旅となる。

永遠の旅人なにをしているかわからない人たち

故に、ライダーハウスには、夏休みが存在する大学生などが訪れる。バイクがブームであった80年代は、もっと多くの若いライダーで溢れていたと聞いたが、当時の時点で、もはや大学生はメインの利用者では無かったはずだ。

加えて、人生を見つめ直す系の放浪者(無職となった当時の私みたいなの)が合流する、なぜそんな厄介な集団をあえて自宅の敷地を公開して入れてやろうと思ったのか、と思うが、なぜか存在していたのだ。無論、有償(といっても一泊1000円以下が大半であった)の施設の方が多かったが、得られる収入を考えれば、余り割の良い商売ではなかったように思える。

相部屋で、これまたなぜか皆酒飲みだったライダーたちは、日が暮れれば酒盛りを始めていた。古株のおじさんライダーからは、どこどこのライダーハウスは喧嘩が絶えずオーナーがいやになって閉めた、とか、余りにマナーの悪い奴が増えたので閉店になった、などという情報を教えてくれたが、今になって思えば、「互いに知らない男が集まる」「酒をみんなで飲む」「仕事も金もない」の3拍子そろった集団が、平穏無事に施設を利用し続けると考える方がおかしいであろう。

相部屋と、酒盛りと

この行き先不明の男達の酒盛り、決して悪いものではなく、それなりにバイク乗り同士の情報交換会としての機能もあり、私は大変楽しんでいた。遭遇したトラブルは、楽しく酒を飲んでいるときに、眠れなかったおっさんがいきなり逆上してきた(ガン無視したが、結局飲み会はお開きになった)ことと、承認欲求お化けのじいさんにひたすら罵声を浴びせられたことであった。

無償に近い金額で利用させて貰っているので、揉めると皆に迷惑がかかる、という常識は、なんだかんだで大半の人が持ち合わせていたように思う。ひょっとすると、80年代なんかはもっと若い集団で、無鉄砲だった人間も多かったのかもしれないが。

用心についての、共通解:先輩たちとの答え合わせ

わたしは、無職を脱出した後に、大型バイクを購入し、もう一度こころに余裕をもって北海道を訪れた。今度は、用心することにした。トラブルなんて、あわない方が良いに決まっている。

「無償の施設は避ける」

「マウントをとってくる承認欲求お化けは、とりあえず相づちをうってさっさと寝る」

「立派なバイクが泊まっているところに泊まる」

以上が、私が見いだした用心の内容だ。

「やばい人」という定番ネタを話す、上質なおじさんの集団

わたしは、あるライダーハウスを訪れた。そこは確か一泊1500円ほどする、ライダーハウスの中では高級な施設であった。入り口には、しっかりと立派なバイクが並んでいた。一日の旅を終えたわたしは、さっさと風呂に入り、買ってきたビールを引っ張り出したが、あいにくその日は相部屋といいつつ部屋に他の宿泊客はいなかった。どうやら、食堂にバイク乗りが集まっているようだ。もちろんわたしは手土産のビールを持参し、輪に入れて貰うことにした。

おじさん先輩達の話、十数年をへて鮮明に思い出せるのは、「やばい人に出会った」系のネタである。曰く、「朝起きたらバッグの中から全ての金目の物が消失していた」とか、「理解不能な理由で喧嘩を売ってきた」など、旅の続行に懸念を抱かせる重大インシデントを引き起こす類いの人間だ。

彼ら曰く、危険なのは夏休みを外した時期であるという。というのも、大学生は本土に帰るので、永遠の旅人たちの密度が高くなると言うのだ。また、いくら無法者とはいえ、6人が寝ている大部屋で理不尽には暴れないし、風呂に入っている間にも他の人の目があるので、泥棒も出来ない。一番の危険はそういう人と2人で相部屋に入ってしまうことであるという。

そこに宿泊していたおじさんたちは皆、定職についており、有給をとって旅行していた。彼らのトラブル回避方法を聞いたが、結局のところ答え合わせのようなものであった。「挨拶をしない」「いきなりぶっきらぼうに話かける」「見るからに金が無い」人間を避ければ良いんだよ、と言ってくれたのは某市の公務員だったが、それは確かに頷けるものであった。

バイク乗り、バイクは立派でも服装はよれっとした者が多いので、服装だけでは判断が付かない。バイク本体は懐具合が如実に表れるので、値踏みにはもってこいであるが、一番は酒盛りの輪に入る際に、持参する酒のクオリティであるという。

最初に挨拶代わりに渡される酒が、プレミアムモルツであるか、紙コップに注がれる4L焼酎であるのか。それこそが適切なリトマス紙とのことであった。幸いにも、わたしは発泡酒でないキリンビールを持参したのと、ちゃんと挨拶したのでよろしかったようだ。

そして、何よりも重要なこと、それはちょっと不便なところにある、ちょっと高め(といっても一泊2000円もしない)ところに行けば良いのだという。そして、彼らは、そのライダーハウスの客層の良さから、常連客として毎年その施設を訪れているのだと話していた。

用心しよう

先輩方は、今でもバイクにまたがり、夏が来るたびに北海道を優雅にツーリングしているのだろうか。わたしは今はバイクを手放してしまったが、いつかまた、北海道をバイクで回りたい。先輩方との答え合わせを思い出しながら、当時の自分のような奴が輪に入ってくれば、多分同じ事を伝えるだろう。彼は、ひょっとすると既に答えを見つけているかもしれないが。


この記事が参加している募集

#夏の思い出

26,328件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?