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機密天使タリム 第十話「嘘つき」

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 タリムは終焉の王を倒して気を失った。
 僕はタリムの耳当て型通信機を使って救援を呼びかけた。
 機関の救護班はすぐにやってきたが……。

 それから約半月後。


このままさよなら?

1999年2月

 タリムは家に帰ってこない。
 学校にも来ない。
 PHSはアハトに壊されたまま。
 家の電話から機関への連絡はつながらないし、建物に行っても追い返される。
 なんの連絡も寄こさない。
 茨先生も学校に来ていない。

 ……いったいなんなんだ。
 タリムに何が起きているんだ……。

そんなある日の放課後。

 クラスの女子が話しかけてきた。

「タリムちゃん……まだ学校来ないの?風邪?」
「もうしばらくかかるかなあ」
「そういや、最近この町で行方不明?家出?みたいな話しがちょっと多くなっててー。ちょっと心配したんだよねー」
「あー……なんか最近そういうのあるって聞いたな。
けど、タリムはそんなんじゃないから……」
「だよねー」

 別の女子が噂を始めた。

「あとさー、最近化け物を見たとか、それを退治する正義のヒーローがいるとか……」
「流石にそれはさー」
「いや、ねーちゃんの友達が実際に見たって……」
 
 ふと、寅子のほうを見ると、そっと無言で教室から出て行った。

 僕は放課後、一人で帰りながら呟いた。

「終焉の王を倒したってことは……もう戦いは終わったってことか。
じゃあ、タリムの役目は終わって……。
なにも言わずにさよなら……?
そんなの……ないよな……」


会えない理由


 その日の夕方。
 家の電話が鳴った。

「やあ、少年。元気にしてる?」
「茨先生こそ。タリムは元気なんですか?」

「まあ、だいぶ無理したからね。命に別状はない。それは心配しないで」「じゃあ、なんで半月も帰ってこないんですか?」
「この際だから色々検査や休養をね……。私がちゃんとついてるから、心配しないで」

 今日まで連絡しなかった理由でもあるのか……? 

「様子を見に行きたいんですが」
「……本人が会いたくないって」
「え?今電話に出てもらうのは……」
「……話したくないって」
「……どうして、急に……」
「まあ、女の子だから色々あるのよ」

 ……何を隠している?

「……わかりました。
あの、終焉の王は倒したんですよね、確かに」
「……ええ」
「じゃあ、もうタリムは戦わなくていいんですよね?」
「……」
「……?」
「もう切るわ。それじゃ、あんたは学生らしく真面目に勉強してるのよ。
くれぐれも人気のない街中を用事もなくウロウロすることのないように!」
「茨先生っ?!」

”プッ。ツー……ツー……”

 ……嫌な予感がする。
 あのひとは、僕に嘘はつかない。
 けど、明らかに隠していることがある。
 ……まだ、全てが終わっていない?

「街中をウロウロするな……か。
……最近行方不明者が出てるって噂もあったな」

 それにタリムや機関が関わっているかはわからないが、気になった。
 僕は自転車でアテもなく街中を見回ることにした。

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「これでよかったの?」

 機関の一室。
 茨先生はタリムにそう訊いた。

『うん、ありがとう……。
今はまだ……あいつに話せる気がしないから……』

 タリムはうつむいて、自分の脇腹に触れた。

『少し前からタリム砲が安定して撃てなくなって……。
けど、カーティスのときや終焉の王のときは撃てて……。
最近の出撃では一切使えなくて。
どうしちゃったんだろう?』

 茨先生は少し考えてから答えた。 

「そもそもタリム砲って、あんたの一番大切な想いを力にしてぶつける武器よね」
『うん』
「あんたがこれまで込めてきた想いって、何?」
『それは……”みんなを守りたい”。
それが私の使命だから』
「そうね……。
”使命”か……。
七年……いやもう八年になるか。
あんたを引き取ってからずっと、私たちはそう、教育してきた。
……いや、都合のいいように洗脳してきた」

 タリムは首を傾げた。

『洗脳なんておおげさだな。
私が戦わなきゃみんな困るでしょ』
「……そりゃあね。
けど、本来子どもは大人に守られながら、将来どうなりたいとか自分で生き方を決めるものなのよ。
大人の都合なんてクソくらえ!!」
『ええー。
機関の偉い人が聞いたらきっと怒るよ』
「そんなのしょっちゅうだからいいのよ」

 二人は笑った。

「ねえ、今のあんたにとって一番大事なものはなに?」
『だから、みんなを守る使命……』
「ねえ、よく考えて。
それは私たちが押し付けたものであって、タリムが自分で見つけた答えじゃない。
あなたは、自分の残り時間を一番大事なことに使う権利があると思う」

 タリムは深刻な顔でうつむいた。

『私、この町が好き。
茨先生も……黒鵜先生も、他の機関のひとたちも。
学校も、クラスの子たちも、寅子ちゃんも……あいつも。
だから、やっぱり戦うよ。守るために』

 茨はタリムを抱きしめて、声を押し殺して泣いた。

『だから、タリム砲をまた撃てるようにならなきゃいけないんだけど、やっぱわかんないなあ……』
「それは宿題ね、タリムの」
『え?教えてくれないの?』
「一番大事なことは言葉で教えられないの」
『えーっ、じゃあヒント!!』
「そうね……いつかひとつだけ、本当に一番大事なものを選ぶことになる。
それがわかったときは……」
『一番……大事な……』

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思い通りの人形


 タリムや何かの変化を探して、一時間以上走り回っただろうか……。
 そろそろ暗くなってきた。
 今日はもう帰ろう。

「お前……そこで何してんだぁ……」

 後ろを振り返ると、そこにはジャージを着た中年の男がいた。
 ……体育の先生、馬輪原。
 かつては暴力で生徒たちを支配していて、タリムがきっかけで立場を失い、変異体になった後タリムに救われ、博士に収容された。
 こうしているってことは無事に治療が終わったのか……?
 いや、博士はあの後……。

「あ、はい。すみません、すぐに帰ります」

 僕は自転車にまたがって、先生の”反対側”へと走り出した。
 
「どこへ行く……」
 気が付くと目の前に馬輪原がいた。

「え……?」
「先生、実はなあ……」

 体育の先生の手足が丸々と膨れ、頭が異様に大きくなっていく。
 僕は自転車を捨てて、走って逃げようとした。

≪先生の言う事をなんでも聞く操り人形が欲しかったんだよぉおおおおお!!≫

 自分の手が、足が、自由に動かない……?
 肩と首だけなんとか後ろを振り向くと、先生は巨大な赤ん坊のような体格で、顔つきだけ中年男という異様な外見をしていた。


「どうして再び変異体に……?」
≪新しい力をもらったんだよぉおおおーーーぎゃぁああ!!≫

 体育の先生……いや、赤ん坊男の変異体は怪しく両手の指を動かした。
 僕の身体はビデオテープを巻き戻した映像みたいに、身体が前を向いたまま後ろに勝手に歩き出した。

「もらった?!誰に……
手足のあちこちに、見えない糸……?」
≪おぎゃあああああん?!≫

 赤ん坊のように泣きわめきながら威圧する姿はまさに異様だ。
 赤ん坊男は僕が手元まで戻ってくると、頭を掴んで持ち上げた。

≪次の女子生徒が手に入るまでこれで遊んでようっと≫ 
「まさか……最近の行方不明って、先生が……」
≪うるさいぞ、お人形は話せと言われたときにしか話しちゃいけないんだ≫

 僕の左腕が、ありえない方向へ曲がった。

「う……ぁあ……あ……」

 痛みでまともに叫ぶことすら出来ない。

≪どうせお前ら生徒は無力なクズなんだから、大人しく命令にだけ従ってればいいんだよぉ。
お前が生きて意味のあることなんてなんにもないんだからよぉ!!!≫

 赤ん坊男は僕の身体を踏みつけた。
 じっくり、痛めつけるように適度な力加減で。

「うぐぁっ……」

 確かに、その通りだ。
 僕は無力なのに、何か出来るつもりで、必死にあがいて、あがいて。この体たらくだ。

≪なあ……
あのタリムとかいう女!!!
あいつの弱点、お前なら知ってルンダロォ?
教えてくれれば、逃がしてやるよぉ≫

 ああ……そうか。
 それらしいことを言えば、この場は生き延びられるのか。
 何か、それらしい弱点をでっち上げて……。

 僕は倒れながら人差し指で上を指さした。

≪……なんだ?≫
 
「あいつは……」
≪あん?≫
「一番強くて優しい子なんだ。
俺のつまらない人生を照らしてくれた太陽みたいなもんだ。
弱点なんかねえ。
嘘でも裏切ることなんて出来ねえよ!!!」

 僕は人差し指を下ろし、中指を立てた。
 
 僕を踏みつけていた赤ん坊男の足が振り上げられる。
≪貴様ぁ~~~~~~~……死ね!!!≫

 その足が、僕の身体に向かって……
 いや、地面にぽとりと落ちて転がった。

『……』

 いつの間にかタリムが傍にいた。
 いつものバトルスーツの上に、重厚な鎧。
 そして、武器は赤い刃のトンファー。

「タリム……こいつ見えない糸で操る……」
≪貴様ぁ~~~~!!
よくも教師に恥を……!!!
貴様を人形にして遊んでやる!!!≫

 タリムはすれ違いざまに赤ん坊男を真っ二つに切り裂いていた。
 その身体は炎に包まれて灰になっていった。
 炎を纏う刃……?

『どうしてこんな大人にしかなれなかったの……?』

 赤ん坊男はそのまま灰になった。


大喧嘩


 タリムの耳当てから通話が聞こえた。
”こちら捜索班……変異体に誘拐されていた生徒たちを発見……
衰弱しているものの、命に別状はありません”
『了解……目標討伐完了。こちらも巻き込まれた生徒は命に別状はありません』

 タリムはトンファーをケースへしまい、ヘルメットを近くに投げ捨てながら倒れた僕に向かってきた。

『怪我は……?』

 僕の左腕の肘から先がぶらりとなった。
「骨折じゃない……間接が外れただけか……?そんな大した怪我じゃ」

 タリムは顔を伏せて両手をワナワナと震わせている。

『大した怪我じゃない……?!
あとちょっと遅かった死んでたよ!!!
なんで茨先生に出歩くなって言われたのに……』
「お前を探してたんだよ」
『はぁっ?!馬鹿なの?!』

 こいつ、言いたい放題か……。

「……それじゃ言わせてもらうけど。
どうして何も言わずいなくなった?」
『……茨先生に伝言頼んだじゃん……』
「直接電話しろよ!!
それじゃ無事かどうかもわかんねーし!!」
『話したくないこととか、あったし……』
「いや、それなら尚更言えよ!!
クリスマスのとき約束したよなあ。
ちゃんと言うべきことは言い合おう、って」
『……うん。だけど……』

 なんで、そこで言い淀むんだ。

「……なんだよ。
僕がそんなに頼りないか?」
『……え?』
「直接戦えない、なんの役にも立たない僕じゃ信用出来ないかっ?!」
『……え?何言ってんの……?
なんでそんな馬鹿なこと言うの?』
「馬鹿だと?!お前に言われたくは……!!!」
『なにをーーーーっ!!!』

”あんたたち、一旦黙って家に帰ってから話し合いな!!!”
 突如、タリムの耳あての通信機から茨先生の怒鳴り声が響いた。

 家の前で茨先生が待っていた。
 中に入ると無言で僕の腕の間接をはめなおし、湿布をつけて布で固定して首から吊るしてくれた。

「うん、軽い脱臼だね。思ったほど酷くない。
若いんだし、すぐに治るでしょ。
あとこれ」

 先生は僕に新しいPHSを渡し、帰っていった。


いいから、こっち向いて


 タリムは部屋で着替えをして、いつもの部屋着になって戻ってきた。
 僕とタリムは黙ったまま向かい合った。

『あのさ……ごほっ、ごほっ』
「……大丈夫か」

 タリムがティッシュで口を拭いた。

『……んん。
やっぱいいや』
「おい?!」

 僕は思わずガクっとなった。

「……おっと?!」
 そういや、片腕が吊られて、バランスがいつもと……。
『きゃっ?!』
「うわっ?!」

 僕はそのままタリムに倒れかかってしまった。

『……』
「……」

 タリムを押し倒した状態のまま、しばらく見つめ合った。

『えい』
「ぎゃあっ?!」

 タリムは僕の怪我した腕をつついた。
 僕は慌ててタリムから離れた。

『なるほど、君の要件はそういうことか……』
「違うから!!バランス崩しただけだから!!」

『言い訳がましい』
タリムはジト目で言った。

「今のは事故だからっ!!!」
『あはは』

 いつもの雰囲気に戻った。

『……よし』
「うん?やっと話す気になった……?」
『うん』

 タリムが服を脱ぎ出した。
 僕は慌てて後ろを向いた。

「お、おい?!」
『いいから、こっち向いて』

 タリムが僕の身体の向きを無理矢理変えた。
 
 タリムは下着姿で……。
 腹部には機械を思わせる模様のようなものが描かれて……いや、埋め込まれている。


 
「これ……は?」
『身体機能の劣化を防ぐための装置だよ』
「それって……」
『なんか、カッコ悪いよねー。
年頃の女の子がこんな機械さ……
水着着れないねー。
あはは、前は思い切ってセパレートの、着といてよかったな……。
あれ、可愛かった……でしょ?
君、あんまり見てくれなかったけどさ……』

 僕は改めて、目をそらさずにタリムの身体を見た。
 タリムは背を向けた。

『あんまりジロジロ見られると……恥ずかしいなあ。
ほんと……綺麗じゃないよね……。
傷だらけだし、機械なんて……』

 僕は後ろからタリムを抱きしめた。

「そんなわけないだろ……っ!!
誰かを守ってきた証が、必死に戦っている証が、綺麗じゃないなんて」
『うん……ありがとう。
……でもさ』

 次の瞬間、僕は地面に転がされていた。
 そして、怪我をしていないほうの腕に関節技を決められていた。

「イデデデデ?!両腕怪我とかシャレにならんからマジで?!」

 タリムは腕から離れると、訓練用のトンファーを掴み、僕の腹の上に飛び乗って顔面をポコポコ叩きだした。


『なんで!そんな!恥ずかしいこと真顔で言えるの?!
下着姿のまま抱きしめてさあ!!!』
「こっち怪我人なんですけど?!
話を……
話を聞いてくださいっ?!」


希望


 タリムは僕から離れてあわてて服を着た。
 ふと、さっきタリムが口を拭いて丸めたティッシュを見ると赤く汚れているのに気付いた。

『私は機密天使の身体に改造した代償で、普通の人の半分くらいの寿命しかなかったの』
「ああ」
『だけど、予想以上の消耗や、新装備の身体への影響を抑えるために機械を埋め込んで……それで私の命は……』
「……ああ」
『私の寿命は……
ギリギリ、今年の七月までだと思う。
戦いが終わったら……きっと』

”バン!!!”
 僕は近くの壁を思い切り叩いた。
 タリムはその手をそっと握って微笑んだ。

『こっちの手も怪我しちゃったらシャレにならないでしょ?』

 お前はそういうヤツだった。
 自分が一番辛いはずなのに。

『お前、じゃないでしょ?約束は?』
「すまん……」
『生きてる間しか呼べないんだからさ~。
その間ちゃんと呼ぶんだよ、”タリム”って』
「……どうして」
『どうして、って……?』

 ぼたぼたと涙が溢れてくる。
 タリムの目からも涙がぼたぼた溢れてきた。

「どうしてなんだよぉ……!!!
なんでお前ばっかりこんな……!!!
誰よりも……
誰よりも頑張ってきたじゃないか!!!
誰よりも優しいのにさあ!!!
何か良い報いがあっていいのに!!!
戦いが終わったらおしまいなのかよぉおおおおおっ!!!」
『馬鹿だなあ……
私には充分……』
「お前に……どんな……報いが……」
『ほんっと、馬鹿だなあ……』

 タリムは僕の涙を指で拭いて、微笑んだ。

『それに、お前じゃなくって……
名前……呼ぶんでしょ……?
ちゃんと、今、呼んでよ』
「……タ
……
ァイムぅ~~~~~~~~~!!!」
『全然言えてないじゃん!!』

 タリムは泣きながら笑った。

 僕らは抱き合って、ずっとずっと泣き続けた。
 その間、僕はろれつの回らない舌でずっと名前を呼び続け、タリムはそれに何度も何度も頷いた。

 お互いの涙が涸れ果てて、自然と離れた。

「それで……
戦いはまだ終わってないんだな」
『うん』
「機関の下にいたあれは、本当に終焉の王だったのか?」
『そう、千年前の』
「……そういうことか。
あれはあくまで千年前に終焉をもたらす役割だった先代の王。
1999年に終焉をもたらす”現代の終焉の王”は、別にいるんだな?」
『うん。機関の人たちも今はそう判断している』

 そうか。

「じゃあ、現代の王は、どこの誰なんだ?」
『わからない』
「……アズニャル博士は、どこまで知っていたんだろうな?
博士が残した記録が残っていたり……」
『ううん、博士が終焉の王に身体を明け渡す前に、誰かが持ち去ったらしいんだけど』

 一月に博士は先代終焉の王に身体を明け渡し、灰になった。

「……誰かが、データを盗んだ?
その誰かを見つければ終焉の王につながる手掛かりが……」
『え、まさか君が探すの?また危ないことしない?!』
「タリムが一緒なら大丈夫だろ」
『まあ……一人にするよりは』

 そして、僕は力強く宣言した。

「僕はまだ諦めてないからな!!」
『……何を?』

 タリムは首を傾げた。

「タリム、花見したことあるのか?」
『ないよ』
「なら、やらなきゃ!!
あとな。夏になったら海行くぞ」
『海……?』
「あと、夏と言えば夏祭りに浴衣だろ。
全部終わったらとことん夏休みを満喫しようぜ!!
今までのぶん、思いっきりな」
『……』

 タリムはポカンとしたまま無言だ。

「秋になったらまた体育祭あるし。
そしたら今年は平和なクリスマスだ。
あと一緒に初詣行く約束してたよな?」

『……』
 タリムは黙って頷いた。

「まだまだあるぞ。
また春になったら……ひな祭りと端午(たんご)の節句もあるじゃないか!!」
『うん?ひなまつり?たんご?』
「まだまだタリムが知らないイベントあるからな!!
おちおち死んでる場合じゃねえからな!!
全部やるぞ。何度だって一緒にやるぞ!!!」
『……
うん!!!』

 タリムはにっこり笑った。

 どんな方法だって……
 何を犠牲にしたって……
 タリムを、救うんだ。


久しぶりの登校


 翌日。
 僕とタリムは久しぶりに一緒に学校へ行った。

『なんかこういうの久しぶり……あれ、もしかして……十二月の末に二学期が終わって……今二月……一か月以上私学校行ってなかった?!』
「ああ。途中身体だけは一日登校したっけ……」

 教室につくと、クラスメイトたちが話しかけてきた。

「うわ、タリムちゃんじゃんひっさしぶりー!!」
「そうじゃないだろ、エーリュシオン様だろ!!」
『あ……えーと、その、エーリュシオンは……
もう、いないんだ……』

 シーンとなる教室。

「なんだ、つまんねえ!」
「ブーム終わっちゃったかー」
「結局エーリュシオンの元ネタってなんだったの?」
『あ、あのね、本当はね!
エーリュシオンは……!!その……!!』

 僕はタリムの肩に手を置いて首を横に振った。

「僕たちが憶えていればいいんだ」
『そう……だね……』

 タリムはしんみりとした顔でうつむいた。

「タリムちゃん?」寅子が現われてタリムに近づいてきた。
『寅子ちゃん!!』
 タリムは寅子に抱き着いた。

「体調は……もういいの?」
『うん……へーき!』
「そう……。
あんた、なるべくタリムちゃんに気を遣ってやんなさいよね!!」
「お、おう……」

 寅子はそれだけ言ってどこかへ行ってしまった。

「寅子とは連絡取ってたんだな?」
『……まあ。女同士のほうが話しやすいことってあるし。
もちろん、機密に関わることは誤魔化してるけど』
「ふーん?僕には半月も音沙汰なしだったけどな」
『嫉妬?!男のくせに嫉妬なの?!女の子に?!』
「……ちげえよ」
『へえぇー……ほぉーーー……』

 タリムはそんな声を出しながらニヤニヤと僕の肩をつついた。
「ウザい絡み方すんなよ?!」

 クラスの女子が話しかけてきた。
「仲いいよね二人。いつから付き合ってるの?」

 僕とタリムは同時に叫んだ。
「『付き合ってない!!』」

 再びシーンとなる教室。

「うわ、ないわぁ……あんだけ一緒にいて」
「男のくせにまだ告白してないとか……」
「もう保護者って言い訳出来ないよな……タリムちゃんすっかり女の子らしくなったし」

 クラス中があれこれ好きなことを一斉に言い出した。
 いたたまれなくなった僕はタリムの手を引っ張って教室の外へ逃げ出した。

「逃げたぞー!!」
「根性なし忍者ママオジ」
「二人で抜け出すとか……不健全!!フケツ!!」

 連れ出されたタリムは何が起こっているかよくわからないといった表情をしていたが。

『あはははははははっ!!!』

 突然大声で笑いだした。

「今笑うところかー?」
『やっぱり学校って面白いね!!
みんないい人たちばっかりだし!!
なんかあったかいよ』
「そーかぁ?」

”ウウウウウウウウウウウウウーーーーーーンン!!”

『行ってくる』
「気を付けて」

 変異体の警告が鳴った。
 タリムは変身し、出撃していった。

 それから、二週間。
 唐突に変異体が現われ、タリムの出撃が増えた。
 その都度タリムは教室を抜け出して、傷を増やして戻ってを繰り返し、周りに不審がられ、僕は無理の有る誤魔化しを続けた。

 僕とタリムは放課後、博士の形跡や盗まれた資料を探して機関の職員に話を聞いて回ったが、これといった発見はなかった。
 四騎士の結晶があればこの時代の終焉の王への道が示されるのかもしれないが……博士とカーティスの結晶は先代の王を倒したときに残ったものの、アハトは行方不明、そしてエーリュシオンの結晶は割れたままになっている。

 このままだと、この時代の終焉の王が七月に現われるまでただ待つことになり……タリムはその間散発的に現われる変異体に消耗され続け、最後の王との戦いでおそらく……。
 一刻も早く終焉の王を見つけ、出来るなら戦わずに消し去ることが出来れば……。


寅子


 そんなある日、休み時間に寅子が僕を屋上へ呼び出した。


「ねえ、あんたたちって最近どうなの?」
「どう、って……?」
「もう告白したのかな、って」
「だから、そんなんじゃねえって!!」
「ふーん……誤魔化し続けるのも残酷だと思うけどね」

 寅子は無表情のまま言った。

「……僕たちにはやるべきことがあるんだよ」
「ふーん……あの子も、最近噂になってるから」
「噂?!」
「授業中いなくなって、いつも傷だらけになって帰ってくる。
……ねえ、それって私が関わっちゃいけないことなの?」
「ああ」
「あんたはあの子が傷だらけになって平気なの?」
「……」

 僕は拳を握りしめた。

「そっか……悪い、余計なこと言ったわね。
ねえ、あんたにとってタリムちゃんって、どういう存在?」
「どういうって……そりゃあ……
見たまんまだよ」
「……そう」

 寅子は立ち去った。

「……寅子?」

 あいつ、なにが言いたかったんだ?

「何か悩み事でも?」
「うわっ?!」

 気が付くと、後ろから誰かに話しかけられていた。
 理科の先生だ。

「えーっと、大したことじゃ」
「私も気になりますね……あなたとタリムさんがどういう関係か」
「えっ……?」

 この先生、普段は生徒に自分から話しかけたり興味を持ったりするタイプじゃないんだが。

「いやあ、生徒がなにか悩んでいたら力になれないか、なんてガラにもなかったかなー?」
「いえ……今は悩んでいるより、少しでもやれることをあがいている感じですね」
「なるほど……タリムさんも同じように?」
「ええ」
「しかし、さっきの彼女のほうは深刻なようだ。
ふむ……興味深い。」
「ところで、先生の首元……腫れが
大丈夫ですか?」
「いやあ、全然大したもんじゃないですよ。ふふふ」

 理科の先生はそう言って立ち去った。

「……寅子といい、先生といい、なんからしくないな」


寅子の怒り

 
 翌日。

『ねえ、寅子ちゃん知らない?』
「ああ、さっき理科室で先生となんか話していたのを見たけど……」
『まだ教室に戻ってないんだよね。そろそろ次の授業が……』

”ウウウウウウウーーーーーン!!”

 タリムを見ると、呆然としている。

「タリム、敵の位置は……」

 寅子がゆらゆらと歩きながら教室に入ってきた。
 そして、タリムを睨みつけて叫んだ。

 ≪私の幼馴染を取るなぁーーーー!!!≫

 寅子がそう叫ぶと、髪は銀髪、顔には仮面、そしてタリムのバトルスーツに似た……ただし、黒く、所々が金色に光る姿に変わった。


「寅子……?」
 
 寅子はタリムに体当たりし、倒れたタリムの足を掴んで近くの机に叩きつけた。

「キャーーーーーーーーーーーー!!!」
「うわあぁーーーーーーーーーーー!!!」

 教室はパニックになった。
 生徒たちは教室の隅に逃げつつ、二人の動向を見ていた。


「寅子やめろ……」
≪私は、私はこいつが憎い!!!
急に出てきて!!!
なんで一番大事にされてるの?!≫
「やめろよ、お前たちは親友じゃないか!!!」
≪うるさいなぁーーーーっ!!≫

 寅子は手から黄色い光を放ち、僕に放った。
 タリムは僕に素早く飛びついてかばった。

『うぐっ……』

 タリムの背中が焼けついている。
 光……いや、雷……?

≪そんなにくっつくなぁーーーーーーーーー!!!≫
『寅子ちゃん、話を聞いて……っ?!』

 寅子はタリムの上に覆いかぶさった。

≪そういうとこが一番嫌いなんだよぉ~~~~~~~っ!!!
嫉妬している私だけが醜く見えるんだーーーーーっ!!≫

 寅子はタリムの顔面を一発全力でぶん殴った。
 タリムは寅子の顔を揺るぎない瞳で見た。

『そっか……。
私ね……今まで言ってなかったけど』

 タリムの視線が寅子の顔から、胸元へ行った。

『なんだその無駄にデカい乳は~~~っ?!
ふざけんなよ!!!
それで料理が上手くてみんなに信頼されて……
私が嫉妬してないと思った?!』
≪そんなの知るかぁ~~~~っ?!≫
『こっちだって知らんわ~~~っ?!』

 二人は組み合ったまま殴り合う。
 クラスメイト達は呆然と二人の争いを眺めている。
 寅子がタリムを突き飛ばし、手に稲妻の剣を生み出し、タリムに振りかぶった。

≪お前を消してやるっ!!!≫
「タリムっ?!」

 あんなもの、生身で受けたらひとたまりも……。

『緊急変身システム起動!!』

 タリムの服がバトルスーツに変わっていく。
 タリムは辛うじてトンファーで稲妻を受け流した。

 ああ、みんなの前で変身を……そうなったらもう、認知阻害システムでも誤魔化すことは出来ない。

 二人はパニックのクラスメイトたちを無視して、距離を取って睨み合った。
 タリムが寅子に正面から走り寄り、顔面を殴りつけた。

≪うぐぁ……っ!!
……負けないっ!!
あなただけには負けない!!!
ようやくあなたと本気で戦える力を手に入れたんだっ!!!≫
『胸の結晶……まるで四騎士の……。
どこでそんなものをっ?!』
≪そんなことどうでもいいでしょ?
決着を付けよう≫

 寅子は再び稲妻の剣を構えた。

≪あなたが一番嫌いで、一番大好きな友達だった!!!≫
『だったら……
そんなもんに頼らなくても言いたいこと言えばいいだろーがっ!!!』
≪うるさい!!!
私だって、あなたみたいになれたら、きっと一番支えてもらえたんだ!!
欲しいものを奪っていったヤツが偉そうに!!!≫

 二人が同時に必殺の一撃をぶつけ合う。

『寅子ちゃんならこんなものに取り込まれないって、信じてた』
「私も……信じてた。
怪物から守ってくれるヒーロー……じゃなくって、ヒロインか……」

 タリムは寅子の胸の結晶を切り飛ばした。
 寅子は、がくっと顔を伏せて意識を失った。
 教室の連中は凍り付いたように動かない。

『ごめんね……寅子ちゃん。
いつも助けてもらうばかりで、あなたの気持ち、ちゃんと考えたことなかった』


黒幕

 
 僕は結晶を回収し、自分の上着をタリムに被せて急いで連れ出した。

「耳あてで茨先生に連絡!」
『うん……』
「タリム、今やるべきことはなんだ?」
『えっと……』

 タリムの目線は確実に寅子を気にしている。
 その上、周囲の学生たちが向ける驚きや恐れの目線にも戸惑っている。
 認識阻害システムは……変身を周りに見られた今、効果がないみたいだ。

「しっかりしろ。
寅子がいきなり学校で変異したってことは、それを仕組んだヤツがまだ校内にいる可能性が高い。
そして、さっきまで寅子がいたのは……」
『……理科室!!』

 理科室では、理科の先生が一人で優雅にコーヒーを飲んでいた。

『まさか、先生が寅子ちゃんを……』
≪彼女、殺しちゃいました?≫
『ふざけないで!!!』
≪ハーッハッハッハ!!≫
「……あなたは、アズニャル博士ですよね。
先代終焉の王に身体を渡した後、灰になったあなたがどうしてここに姿を変えているのかわかりませんが」

 彼はニヤリと笑うと、顔が理科の先生から、アズニャル博士に変わった。
 その首元には見覚えのある肉塊がある。

≪半分正解、といったところですねぇ。
姿を変えている、というのはいくらか違います≫

 彼が指を”パチン”と鳴らすと、アズニャル博士がもう一人廊下から現われてタリムに掴みかかり、タリムはそれを蹴り飛ばし、首元の肉塊を焼き切った。
 その博士は、社会の先生の姿に変わった。

「変身した……いや、元が社会の先生?!
肉塊を寄生させることで博士のコピーにする能力かっ!!!」

 そして博士がまた指を鳴らすと、さらにもう一人の博士が現われ、姿を見せたかと思ったら廊下へ走り去った。

≪今走り去った一体がこれからなにをするか、わかりますか?≫

 先ほど走り去った博士が廊下を歩いていた生徒にしがみついた。
 あれは……同じクラスの……っ!!

「うわぁああああーーーーーっ?!」

 その生徒の姿が博士に変わっていった。
 学校のあちこちで悲鳴が上がり始めた。

「増殖……学校の生徒や先生たちの身体を乗っ取って……?!」
『なんのためにこんなことをっ?!』
≪そうですねぇ……邪魔なんですよ。
絆ってヤツが。
完成された人型兵器である機密天使タリムを不完全な人間にしてしまうものが≫
『何を言っているの……?』
≪少年、君にはわかるでしょう?
人がどれだけ無力で愚かな存在か。
一方で、変異体は進化した人類の姿……願いを叶える力を持っている!!
私はいつでもあなたの決断を待っています!!
なにより純粋な願いを持つあなたならきっと究極の……≫

 タリムは目の前の博士の首元にある肉塊をトンファーで切り裂き、焼き払った。
 目の前の博士は、元の理科の先生の姿に戻った。

『急がないと……みんな博士にされちゃう。
君はどっか隠れてて!!』
「いや、屋上へ上がって出来る限り学校全体の状況を見て知らせる。
ナビゲートがいないと効率的にみんなを守れない」
『……わかった!!』

騒乱


 その後、タリムは僕からPHSで指示を受けながら博士に寄生された人を見つけて肉塊を焼き切り続けた。

「うわぁあああああーーーーーーーーーーっ?!
何が起きているんだ?!」
「俺の彼女が変な……変なオッサンになって人を襲い始めた……」
「あのヘルメットの子なんなの?!刃物振り回して……誰か警察!!警察!!」
「あれって留学生のタリムって子じゃないか?!何やってんだ?!」
「タリムってのがこの事件を起こしたのか?!さっきもクラスメイトに切りかかったって!!」
「あの子はそんな子じゃ……」

 全ての増殖した博士の肉塊を焼き切り終わった後、校門でタリム、茨先生と合流した。
 周りの目は、恐れや嫌悪、怒り、混乱、猜疑といった負の感情に満ちていた。

「サポートが遅れてごめんなさい……後は私たちがやっとくから、あんたたちは早く帰りなさい」
「はい……タリムの正体は……」
「緘口令を敷くけど、誤魔化すのも難しいわね……」
「そうですか……」
『……』
「タリム、帰ろう」
『あ、うん……』

 寅子の変異、博士の増殖、そして戦う姿を周りに知られ、奇異の目で見られ……。
 タリムの許容量を大幅に上回っている。


麻婆チャーハン


 家に帰ると、タリムは耳当てを炬燵の上に放り投げて、フラフラとシャワーを浴びに行った。それから、ベッドに倒れ込んで眠った。

”報告です”
 タリムの耳当てから声が聞こえた。
 機関のエージェントだろう。

「あ、タリムは今しばらく通話に出れそうにないですが……」
「では取り急ぎの連絡を。
学校で被害にあった生徒たち……草戸寅子も含めて全員機関の医療施設で治療を受けています。
処置が早かったので全員無事に元の生活に戻れるでしょう」
「よかった。タリムが喜びます」
「それから……アズニャル本体は他にいると考えていいでしょう。
くれぐれも用心を」
「わかりました」

 しばらくして、タリムが起きてきた。
『お腹空いた』
「わかった」

 僕は野菜と肉を刻んで、冷蔵庫に入れておいたご飯でチャーハンを作ることにした。
 この半年、二人でなんだかんだ言いながら交代で食事を作ってきた。
 ひとりのときはそんな面倒なこと絶対にしなかったが。

「あ、昨日タリムが作ったマーボー豆腐もあるな。温めて使うか……」

 最初の頃は、僕もタリムもまともなものは作れなかったが、タリムが寅子から料理を習い、さらに僕もタリムから料理を習い、悔しいから独学で少し練習したりした。
 
 僕は料理を盛り付けて炬燵の上に並べた。

「さっき連絡があって、学校のみんな無事だって。
寅子も」
『うん……あのさ。
……寅子ちゃん、私のことどう思ってたのかな?』
「今度会ったときに、直接聞けよ」
『それは……怖い。
寅子ちゃんにとって、私はいないほうがよかったのかな、って』
「そんなわけないだろ」
『私がいなかったら、寅子ちゃんともっと仲良くなってたんじゃない?』
「僕が?どうだろうな」
『……私がいなくなったら、二人は幸せ?』

 僕はスプーンでタリムの口にチャーハンを突っ込んだ。

『うぐぅっ?!なにすんの……あ、ウマ……』
「昨日タリムが作った麻婆豆腐の残り、あんかけの代わりにのせてチャーハンにした。
そのためにチャーハンの味は薄め、麻婆は味濃い目で丁度いいだろ?」
『やるなあ……。
最近料理上手くなったね』
「タリムだけが料理上手くなって調子に乗ると嫌だからな」
『なんだよそれぇ……』
「タリムがいなかったら、今日のチャーハンは出来なかったな。
そもそも僕がわざわざ飯作るとか面倒なこと、やるはずもなかった。
やりだすと、案外面白かったりしてな」
『あはは』
「人と関わるって、そういうもんじゃねーの?
どうしても面倒だったり腹立ったりすることもあるけど、それだけじゃないだろ。
一緒にいるからこそ、初めて出来ることもあるし。
この麻婆チャーハンみたいにさ」

 タリムは遠い目をして呟いた。

『寅子ちゃんにとって、私もそうだったかなあ』
「たぶんな。
それでも、どーしても合わない奴とはさよならするしかないんだろうけど。
タリムと寅子は、まだ仲直り出来るんじゃないか?」
『うん……』
「だから、もし自分がいなければとか、いなくなったほうがとか……
簡単に言うんじゃねえよ……」
『うん、ゴメン……。
あれ、前にもこんなやり取りした気がする』

 前は、立場が逆だったな。

「ほら、早く食べないと冷めるぞ。
タリムの才能を凌駕した最高の麻婆チャーハンが」
『あのさあ、残り物使っておいて……ごほっ!ごほっ!!!』
「お、おいっ?!大丈夫……」
『辛いヤツの塊が……』
「……くくくくっ」
『笑うなよー!!』

無力

 それから。
 機関は無理矢理学校で起きた事件を収束させた。
 刃物を持った侵入者が暴れて、パニックを起こした生徒たちが幻覚を起こし、そのパニックで負傷者が出ただけだと説明した。
 しかし、実際に事件を体験した学生たちは誰一人それを信じなかった。
 タリムについては何も説明されなかった。

 一週間学校は休みになった。
 そして、休みが明けた。

「タリム、学校行くのか……」
『うん、大丈夫だよ。
色々あったけど』

 登校しているときから、僕たちは周りの学生たちにジロジロ見られていた。
 教室に入ると、その視線はより強くなった。

「タリム、一時限目はなんだっけ?」
『えっと……国語かな」

 僕は周りの視線を一切無視して普通に振る舞うことにした。

「おい、ふざけんなよ!!!」
 一人の男子生徒が、急に僕に近寄って胸倉を掴んだ。

「なんのつもりだ?」
「あんなことがあったのに、お前ら何普通に学校来てんだよ?!
寅子がおかしくなった後、変なオッサンが暴れて、俺の彼女が襲われて姿が変わって……なんだったんだよアレはっ?!」

 僕はその生徒の手を掴んだ。

「学校が説明した以上のことは話せない。
タリムはみんなを守ろうと最善を尽くした。
それくらいわからないか?」
「てめえ……
俺の彼女は今入院して、面会にも行けねえ!!
全然守れてねえじゃねえか!!!」

 周りの生徒たちは僕やタリムに一斉にあれこれ言い始めた。
「なあ、タリムちゃんっていったい何者なの……?」
「あのオッサン、体育祭でお前らと話してなかった?」
「俺たち巻き込まれただけじゃ……」

 タリムは無言でうつむいた。
 僕は周りを一切無視して、掴んだ手に少し力を入れて彼の目を睨み返した。

「自分の彼女くらい自分で守れよ!!!」
「俺にはそんな力あるはずねえだろ!!!
タリムさんよぉ……あんたが今噂の化け物と戦ってるヒーローなんだろ?!」
「お前こそ、なんで一人で戦ってるタリムの痛みがわからなねえんだよ!!!
たった一人の女の子だぞ!!!
あの化け物たちを倒せるのは!!!」

 僕は男子生徒の胸倉を逆に掴んだ。
 男子生徒が怒鳴ってきた。

「お前も戦えばいいじゃねえか!!!」

 僕は、その一言に全身が凍り付いた。
 そして、相手を掴んでいた手の力が、全身の力が抜けてへたりと座り込んだ。
 それを見て、相手は呆然として手を離した。

「僕が……
僕がどれだけそれを望んでいると思ってるんだ……。
それが出来たらこんなに、こんなに……」

 僕は床を叩いた。

「こんなにみっともなくないのによぉおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーっ!!!!」

 僕は床を叩きながら、泣いて叫んだ。
 タリムは僕をそっと抱きしめた。

『馬鹿だなあ。
私がなんで戦ってるか、全然わかってないんだもん』

 僕はタリムを押しのけて、タリムの腕の傷跡にそっと触れた。

「僕は無力だ。
わざわざ守ってもらえる価値なんてない」

 僕はみっともなく涙を大量に流し、タリムは自分のハンカチでそれを拭いてくれた。

『命を守ってもらう価値がない人なんていないよ』
「……本当に、そう思うのか?」
『うん!!!』

 タリムはにっこりと微笑んだ。

「たった今、無責任にタリムを責め立て、冷たい目を向けてきたこいつらにも同じことを言えるのか、心の底から……?」
『うん。
みんな悪気なく混乱しているだけだよ。
決めたんだ、自分の居場所を作ってくれる人たちのために、自分の意志で戦うって』

 僕はうつむいたまま黙って、両手を震わせてから、怒鳴った。

「お前は……なんでそうなんだっ?!」
『……え?』
「今一番死んだらいけないのは、お前だろうが?!」
『う、うん……』
「いいか、お前が生き残るためなら他は犠牲にしていいんだ!!」
『それは……それは違うでしょ?!
私の使命はみんなを守ることなんだから!!』
「だいたい、こんな奴ら……。
お前がわざわざ守ってやる価値があると僕には思えない!!!」

”パシン!!”

 タリムが僕の頬を叩いた。

『死んでいい人なんていない』
「正直に言うよ。
お前に全て犠牲を背負わせて平然としてるような奴ら全部より、お前ひとりのほうがずっと大事だ」

”パシン!!”
 もう一度頬を叩かれた。

「お前がそこまでボロボロになってまで戦う必要あるのか?
もう……戦うなよ」

”ドガッ!!!”

 僕はタリムに顔面を殴られて床に仰向けになった。
 タリムは僕の上にのしかかってさらに拳を振り上げた。

『君だって一緒に、人を守るために戦ってきたんじゃないか!!!』
「違う。
僕はいつだってお前のためだけに戦って……戦ったつもりになっていただけだ」
『私のためって言うなら!!!
なんで……
君だけは気持ちが……
ひとつだって、思ってたのに……』

 タリムの涙が僕の頬に落ちた。

「お前こそいい加減にしろ。
なんでそんなに自分を大切にしないんだ」
『私は十分色んな人から大切にしてもらってきた!!!』
「お前自身は自分を大事にしてないだろうが!!!」

 僕はタリムの顔面を殴り返し……だが、彼女の泣き顔を見ると、自然と腕の力が抜けて、力のないパンチが彼女の顔面に当たった。

『……よくも殴ったな!!!
とっても痛かったぞ!!!
お前だって危険なこと散々してきただろっ!!!』

 タリムはさらに僕の顔を殴った。

「お前のほうが散々殴っておいて!!!」

 さっきまで僕に掴みかかっていた男子生徒が止めに入った。

「俺が悪かったから、頼むからやめてくれ!!!」

 僕は彼を突き飛ばした。
『「だいたいお前は……!!」』
 僕たちは同時に同じことを言いかけた。

「あんたたちいい加減にしなさい!!!」

 そこに怒鳴り込んできたのは、茨先生。
 誰かが保健室まで呼びに行ったようだ。


保健室


 僕は顔の痣を消毒されたり薬を塗られていた。

「タリムは……さすがに怪我してないわね」
「当然だ……アイツと違って遠慮なく殴れるわけないからな」
『フンっ!!!』
「馬鹿ねえ、あんたたち。
まあ、タリムが本気出してたらあんた今頃生きてないけど」

 そりゃそうなんだが。
 
「あんたたちさあ……
意見の食い違いからケンカするのはわかるんだけど。
お互い一番大事なこと言ってないわよね?」
「え……」
『え?』

 茨先生はため息をついた。

「本当に言うべきことがわからない馬鹿なのか、
言う勇気がない臆病者なのか……。
どっちにしても、今日とか明日、自分か相手が死ぬかもしれない。
それをよく考えておきなさい」
『先生は大事な誰かに言うべきことないの?』

 先生は一瞬無言で黙り込んだ。

「今言ったし!!
だいたい私はあんたたちくらいの年で急に親無くしてその後勉強と仕事ばっかで……。
うぐっ……えぐっ……私も青春らしいこともっとしたかったよぉ……」
『せ、先生っ?!
えっと、私なんか余計なこと……』
「うぐぅっ、今日は高い酒飲みてぇ……。
とにかく早く仲直りしろよ……」

 僕とタリムは保健室から追い出された。
 そして、お互いを見合ってから、同時にそっぽを向いた。
 タリムは先に歩き出し、僕も歩き出した。

『ついてこないで!!』
「同じ教室に向かうだけだ」
『フン!!……あ』

 廊下や近くの教室のあちこちから人目が。
 思わずタリムは立ち止まって、うつむいた。

「……」
 僕はタリムを置いて先に進んだ。
『……あっ』
 タリムはか細い声を漏らした。

「……ん」
 僕は前を向いたまま止まって、右手を後ろに差し伸べた。

『……ん』
 タリムの手の感触。
 僕はタリムの手を引いて、周りを気にせず歩いた。

『……あっ……』
「……なんだよ?」
『……べっつにー……』

 そして、僕たちはずっと無言のまま。
 僕は決して後ろを振り返らなかった。


嘘つき


 それから。
 その日は移動教室のときも、下校のときも、僕は同じように背中を向けたまま手だけを後ろのタリムに差し出し、タリムも同じように手を取って、歩いた。

 そして、家に帰っても僕たちは無言のままだった。
 そんな関係が、半月以上続いた。
 その間ずっと、僕はあるひとつの可能性について考えていた。 

 ある日家で夕食を食べていると、ふとタリムが口を開いた。
 
『ねえ、私たちの関係って、何?』
「……家族だろ」
『そっか……』

 僕は食事の後、家の外に出ようとした。
 玄関を開けると、タリムが慌てて走って来て僕の袖を掴んだ。


『黙って出て行かないでよ?!』
「……?」
『だから、なんで勝手にどっか行こうとするの?!
喧嘩中でも、せめて、何か一言……』

 なんて寂しそうな、苦し気な顔してるんだ。

「家出するとでも思ったか?
生憎ここは僕の家だ。
忘れてないか?」

 タリムはハッとした顔をした。

「すぐに帰る。
ついでにコンビニでプリンでも買ってきてやるから」
『……クリーム付きのちょっと大きいヤツがいい』
「わーったよ」
『……雨強いから気を付けてね』
「はいはい」

 僕は傘をさして外に出て近くの路地を歩きながら、ある一つの可能性のことだけを考えていた。
 
≪ご機嫌よう!
とてもいい天気だ≫

 目の前にアズニャル博士がいた。

≪決心はついたようですね!!!≫
 博士は僕に手を差し伸べた。

~~~~~~~~~~~~~~~

『帰りが遅い……胸騒ぎがする』

 私は傘をさして君を探しに行った。
 家の近くの道端に、君が使っていたPHSと傘が落ちていた。

『嘘つき……。
すぐに帰るって……言ったのに……』

 なぜだろう。誰かに連れ去られたわけでなく、君が自分の意志でいなくなったと、はっきりわかった。


あとがき


 実は夏にコロナにかかって、その後遺症でしばらく作業する余裕がなく更新が遅れました。
 徐々に回復しているので大丈夫です。
 さて、この後の作品の予定では、次が十一話の決戦前の話、その次が最終話、そしてエピローグの三話分を予定しています。
 毎週更新は厳しいですが、出来れば隔週でお届けしたいなと思っています。

次回


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