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機密天使タリム第十一話「決戦前話」

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1999年4月

”寅子” 

 私はタリムちゃんと喧嘩して、その後学校で不審者が暴れて私は怪我をして入院していた……らしい。
  
 退院した後、タリムちゃんがちょっとおかしい。
 私の知らない男の子の話をしてくる。
 私に仲が良かった幼馴染の男の子なんていないのに。
 誰かと勘違いしているのかな?
 タリムちゃんはホームステイで、家を空けている近所の人の家を借りているだけ。
 そこに元々男の子はいなかった……って言っても納得しない。

 でも、どうしてだろう。
 タリムちゃんがその男の子の話をするとき、胸が痛むのは……?

 

”タリム”

 あれから、君は今日まで家にも学校にも帰ってこなかった。
 それどころか、いつの間にか君がいた形跡が学校から消えていた。
 クラスのみんなは君のことを覚えていない。
 名簿の名前も無くなった。
 家にある君と撮った写真は、君の姿だけが消えて、私が一人不自然に笑ったままでいる。
 ……君のいた記憶が、徐々に薄れていく。
 本当は、君は私が作り出した都合のいい妄想だったんだろうか?
 孤独な戦いを生き残るために作り出した、ただの幻……。

 だけど、この家は君がいた家。
 この腕の傷は、最初に出会ったときのもの。
 そして、このチョーカーの名前は君が不器用に刺繍したもの。

 幻なんかじゃない。
 どうして君が消えてしまったのかわからないけれど……君が自分の意思でいなくなったことだけは、なんとなくわかるんだ。
 だとしたら……次に会うときはきっと……。

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1999年2月 少年の失踪当時

”少年”


≪ようやく決心がつきましたか≫

 雨の夜道に博士が現われた。

「ああ。本当に僕が最強の変異体……終焉の王になれるのか?」
≪もちろん!!≫
「平凡な僕にその資格が……?」
≪運命の悪戯というヤツですかねェ。
先代の王も、あなたも、最も剣の巫女にとって大事な存在であると同時に、
愛と絶望の両方を知り、全てを根底から覆さんとする最も大きな欲望を秘めている。
それこそ王の資格です≫
「そうか……」

 たぶん僕が最初から特別な人間だったら、こんな形でタリムと出会うことはなかった。
 ただ一つの願いのために、全てを犠牲にすることを望まなかった。
 
≪これが私が機関に隠れて研究し続けた結晶……究極のテンタクルズです。
つまり私の……愛です≫
「気持ち悪いな。博士のそれは執着だよ」
≪んん?両者に違いがあるのですか?≫

 僕は博士から大きな注射器を受け取り、自分で片腕に突き刺した。
 腕の血管に異物が侵入していくのがわかった。

「う……あ……
あがぁあああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーッ?!」

 全身の細胞が……壊され……?
 いや、捻じ曲げられていく……?

 痛、苦、痒、怒、快、憎、愛、悲、悦、虚、罪、傲、嫉……。
 多種多様な感覚や感情が全身を駆け巡っていく。
 自分が、自分で無くなっていく。
 魂と身体がぐちゃぐちゃになり、かき回され、ひっつき、離れ……
 バラバラに……
 ああ、壊れ……死ぬ……。
 ああ……。
 そうか、これで、楽になれる……。
 ここで、終わって……。

「ああん?!お前何そこで倒れてんだ?!」

 通りかかった誰かが倒れている僕の腹に思い切り蹴りを入れた。

「せっかく俺様は最強の力を手に入れて!!
人生を無茶苦茶にしてくれたお前と!
アニキを殺したタリムとかいう女に復讐しようとしたのによぉ!!」

 ……こいつ、三馬鹿不良の生き残り……マツザキか。
 その身体……変異体なのか……?
 
≪おやおやぁ?
先代の王が落とした隕石から、以前より多くのテンタクルズが現われるようになったみたいですからねぇ。
あなたもそうやって増えた変異体の一人ですかね?≫
「なんだこのオッサン……?
まあ、そうだ。噂を信じて山に落ちた隕石を探してみたら、炎を操る能力に目覚めた!!
岩すら溶かすぜぇ!!
関係ねぇヤツは引っ込んでなあ」
≪構いませんよ。
彼がこのまま死ぬ程度の存在なら、用はありません。
代わりに私が王になりましょう……研究としては自身が研究対象というのは望ましくないですがねぇ≫
「……何言ってんだコイツ?
まあいいや!!
お前が俺を殴ってから人生がおかしくなった!!
あの小さい女がいたからアニキはおかしくなった!!
コイツを殺して、女はたっぷりと可愛がってやる!!」

 タリム……
 なぜ、お前ひとりだけ苦しみを負う?
 なぜ、大人たちはお前だけに重責を負わせた?
 その上でお前に助けられておいて、踏みにじろうとするこいつはなんだ?
 なぜ、僕はお前を守れない?
 全て……全て許せない。
 こんな世界は、いらない。
 人間は、いらない。
 僕は、世界を終わらせる……!!
 
 バラバラになりかけた身体が、再生した。

「まだ、死ねない」
「なんだ?!急に立ち上がって……。
まあいい、チリも残さず消えろ~~~~っ!!」

 巨大な炎が僕の身体を包んだ。

「掌握」

 自然と僕はその一言と共に、空を掴むと炎が消えた。
 手に生じた力を叩きつけると、マツザキの身体がボロボロになって朽ちていく。

 そして、灰になって消えた。
 博士は拍手した。

≪あなたの能力は”存在掌握”。
存在そのものを操作出来るようですね!!≫

 そうか……ならば、自身の存在すら変えることが出来る。
 ならば、消そう。人間だったときの全てを。
 僕に残るものは、たったひとつでいい。

≪これから忙しくなりますよ。
七月七日までに、世界を終わらせる準備を整え、
あなたは完全な王にならなければいけません≫

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1999年5月

”茨”

 最近のニュースの変化はこうだ。
 最初はだんだん、自然破壊による大規模な変化が増えていった。
 木々や草原、海、川。

 終焉を予言した黙示録の一節。
”第一のラッパ。地上の三分の一、木々の三分の一、すべての青草が焼ける。
第二のラッパ。海の三分の一が血になり、海の生物の三分の一が死ぬ 。”

 そして今年の一月に予測外の日食と、多数の隕石が落ちたニュース。
 そこから、昼のワイドショーなどで「奇妙な化け物が現われる噂」「落ちた隕石に近づくと願いが叶う噂」が取り上げられた。
 機関の情報操作や、隕石から一般人を遠ざけることにも限りがある。
  
”第三のラッパ。ニガヨモギという星が落ちて、川の三分の一が苦くなり、人が死ぬ。 
第四のラッパ。太陽、月、星の三分の一が暗くなる。
第五のラッパ。いなごが額に神の刻印がない人を5ヶ月苦しめる。”

 いなごは、テンタクルズのことだろう。

 隕石から現われたテンタクルズによって変異体が増え、タリム一人では対処しきれなくなった。
 これまでのタリムの戦闘データによって、機関は普通の大人でも使える対変異体装備を完成させた……しかし、タリム一人の戦闘力には到底及ばず、状況は刻一刻と悪化している。

 化け物たちが「噂」「都市伝説」でなく、現実の存在として認知されつつある。
 ニュースですら徐々にそれを報道し始めた。
 
「彼らは何者なのでしょうか……?
宇宙人?妖怪?地底人?それとも……」

 銃が効かない異形の銀行強盗や通り魔が複数現われれば、もう隠しようがない。
 そんな中、こんなニュースが流れた。

「天使の石像が動き始めました……世界各地に四体同時に。
彼らは近隣の軍事施設を剣や槍で紙切れのように薙ぎ払い……
どんな現代兵器も通じず……
多くの人々は天使の像を作り、それに祈りを捧げるようになりました」

”第六のラッパ。四人の天使が人間の三分の一を殺した。生き残った人間は相変わらず悪霊、金、銀、銅、石の偶像を拝んだ。”

 天使たちは、人々を裁き世界を終わらせる天使なのだろう。
 終焉を示す黙示録の一節は残りはひとつ。

 もし、少年が終焉の王になったのであれば。
 それを止めるのはタリムではなく、私でなくては……。
 そのために出来る最大限のことを……例え、命と引き換えでも。

「もうすぐ1999年7月7日です。
やはり、あの怪物たちや天使たちは、世界終焉の前触れなのでしょうか……?
未確認情報ですが、各地の怪物たちを統率する何者かが暗躍しているという噂もあります。
我々人類に残された道は……」


裁きと救済


”少年”

 黙示録の天使……
 遥か古代から眠り続け、審判の時に人類に裁きを与える者。
 天からの来訪者か、それとも狂気的な信念を持った古代の変異体の成れの果てなのか。
 建物も、兵器も、人間も、変異体も、分け隔ても容赦もなく全てを薙ぎ払いながら進む姿はただの化け物だ。
 それまで貧者から奪い続けてきた者も、殺し合ってきた者も、奪われ続けてきた者も、像に祈る者も、等しくあの天使の放つ刃と光に裁かれてきた。
 
≪grjps%sregjhptrpr?!≫

 町で暴れていた変異体の頭を引きちぎっていた天使がこちらを向いて何か言った。
 そして、剣から光の刃を放った。光は周囲の建物を引き裂きながらこちらに向かってくる。

「掌握……機動」

 僕は自身の存在を操作、天使の死角に一瞬で移動しながら斬撃を浴びせた。
≪……?!≫

 そして、剣を天使の胸に深く突き刺した。
「掌握……支配」


 剣を引き抜くと、天使は僕に跪いた。
 博士が拍手しながら近づいてきた。

「博士……裁きとはなんだ?
殺戮こそが裁きなのか?
殺戮後の無人の静寂が救いなのか?」
≪私にとって唯一の救いは究極の進化です≫
「その進化をもたらすのは宇宙から来た寄生虫なのだろう?
そんなものが救いなのか?」
≪ノンノン。
あれでも元は高度な文明を作った知的生命体だったのですよ。
彼らが辿り着いた進化の極地が、他者の身体を乗っ取り、その力を増幅させ、利用することです。
自身のリスクなくリターンを得る究極の形でしょう?≫
「……なるほどな。
搾取することだけを長期間繰り返した結果、自身の星を滅ぼし、知性すら失った……。
だから変異体は力は得ても意思を奪われない。そういうことか」

 博士はわざとらしく拍手した。

≪さすが王。
私の仮説も同じです。
そして残りカスのような知性と本能で最善の宿主を探して隕石型の宇宙船に乗って旅立った……≫
「そして行き着いた先が地球か。
迷惑な話だな。
それなら、裁きも救いも偶然に過ぎないのか」
≪どうでしょうね?
人類の愚行の引き金と、宇宙からの来訪者が組み合わさった終焉のシステム……偶然にしてはあまりによく出来過ぎている。
舞台装置を作ったのは本当に神なのかもしれません!!
そもそも人間の存在自体ウイルスによる変異がなければ……それは偶然と呼ぶにはあまりに≫
「どっちだっていいさ。
人間も、テンタクルズも散々搾取や破壊を続けた挙句、結局ドン詰まりで疲れ切ってるんだよ。
だから、最後に残された道は……」
≪救済あるのみ≫


1999年6月


”アズニャル博士”

”第七のラッパ。この世の国はわれらの主、メシアのものとなった。天の神殿が開かれ、契約の箱が見える。”

 そして、この第七のラッパの節が、ノストラダムスの有名な1999年の予言と同じことを指しています。

”1999年、7か月、
空から恐怖の大王が来るだろう、
終焉の王<アンゴルモア>は蘇り、
世界を支配する。”

 計画は大変順調です。
 我が王は順調に育ち、世界各地の天使を支配下に置きました。
 これで、七つある終焉の封印のうち、六つが揃いました。

 ここまで来るのは本当に本当に長かった!!
 人間というあまりに非合理的で理解出来ないもの!!
 心や絆という、ありもしない幻にすがる愚かさ!!!
 私には到底受け入れがたい!!
 
 し・か・し!!!

 それは全て究極の生命体である王につながる道だったのだ!!!

 後は、七月七日まで、最後の一手を王に悟らせないこと。
 それだけです。

”アハト”

 一月に先代の王から重傷を負わされた私は、機関に拘束されていた。
 それからしばらくして、君が現われた。

「頼みがある」
「おや……?ボクにはわかる。
君が終焉の王になるとはね……。
それは、タリムちゃんを裏切ったということかな?」
「……。
お前は一度だけ命を懸けて僕の頼みを引き受けると誓ったな」
「……それで?」

 君は願いを言った。

「願いが二つじゃないか、図々しいな……。
で、その前にここから脱出する手筈は……?」
「正面から出ればいいだけだろう。
今となって簡単なことだ」

1999年7月

”タリム”


”ぷしゅー……”
『あ、お湯がわいた……なんでお湯沸かしてたんだっけ?』

”ガチャ”
 玄関のドアが空いた。

「ちゃんと言われた通りクリームがのったプリン買ってきたぞ。
早くお茶を淹れろよ」
『もうっ、うるさいなあ。
わかってるって』

 そうだ、君がプリンを買ってくるからだった。

「先食べてるぞ」
『ダメだってば!!せっかくだから一緒に開けようよ!!』

 そうだった。
 こんな当たり前のこと、なんで寝ぼけて忘れてたんだろう。

「それよりタリム、明日の準備は出来たのか?」
『準備?』
「水着だよ。明日海行くの忘れたか」
『海?水着?』
「この間寅子と買いに行っただろ。
当日まで僕には秘密だー、とか言って」
『あ、そうそう!なんで忘れてたんだろ……?』

 それから翌日、ちょっと大胆な水着を着て君と寅子ちゃんと遊んだ。

「おいタリム、明日の準備は出来たか?」
『え?今度は何?』
「夏祭りだ。約束しただろ」
『あ、そっか。浴衣買ってきたんだった』

 それから君と二人で屋台を回って、二人で花火を見上げて……。

「おい、タリム。明日は文化祭だぞ」
「うん!!」

「おい、タリム。明日は体育祭」
「明日は、クリスマス」
「明日は正月……」
「明日は花見……」

……
……
……

「明日は海」
「明日は夏祭……」

『もういいよ』
「……え?」
『もう、十分だから』
「なに言ってんだ?
まだまだ遊び足りないだろ?」
『そうだね……。
このまま目覚めなければ、ずっと幸せに君と遊んで暮らせるんだ』
「そうだ、ずっとタリムが願っていた当たり前の幸せだ。
それの何が悪い?」
『でもね、それだと現実の君はひとりぼっちのままだよ』
「……僕がどうしていなくなったか、わかっているんだね」
『うん』

 目が覚めた。
 隣にアハトちゃんがいた。

『アハトちゃんが夢を見せていたの?』
「そう」

 私は着替えながら話した。

『今日は何月何日?』
「……1999年7月7日」
『そっか。じゃあ、行かなきゃ』
「行かせない」

 アハトちゃんが刀を構えて私の前に立ちはだかった。

『アハトちゃんは、私をあいつと戦わせたくないんだね。
きっと……殺し合いになるから』
「……ボクの役目は、全てが終わるまであなたの足止めをすること」
『おかげで楽しい夢を見れて、けっこう元気になったよ。
夢の中ではアハトちゃんに出会えなかったけど、全部終わったら一緒に遊びに行こう」
「……」

 私はアハトちゃんの横を通り過ぎた。

「……ボクじゃ、やっぱり止められない……」

 私は家を出て行った。
 向かう先は……君が待っている場所は……
 丁度一年前、君と出会った場所。

あとがき

 いよいよ次回、最終回。


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