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伴名練編『日本SFの臨界点[恋愛編]死んだ恋人からの手紙』備忘

他にやることもないので沢山本を読んで映画を観ていた学生時代と比べると、本当に本を読まなくなってしまったけれども、やっぱり時々読書熱が盛り上がるタイミングというものがある。就職によって時間と体力と引き換えに資金力を手に入れた僕は、自粛期間中に導入したkindle paperwhiteによってポチポチとネット上で書籍の大量購入・大量DLをすることでその熱を冷ましていた。そんな最中にポチった書籍のひとつがSF短編集『日本SFの臨界点』全2編。昔からSFは好きだけど、去年は自分の中でSF小説がかなりアツい一年だった。何よりも『三体』シリーズや短編アンソロジー『折りたたみ北京』『月の光』で中国SFの破格の面白さを知ったことが大きい。その流れでテッド・チャンの『息吹』『あなたの人生の物語』、短編傑作集の『ベストSF2020』、前から気になっていた変化球としてアンナ・スタロビネツ『むずかしい年ごろ』やアンナ・カヴァン『氷』など読んだ作品がどれも名作ぞろいだった。『日本SFの臨界点[怪奇編]ちまみれ家族』も年末あたりに読んでいて、特に中島らも「DECO-CHIN」、田中哲弥「大阪ヌル計画」、岡崎弘明「ぎゅうぎゅう」、津原泰水「ちまみれ家族」あたりはアイデアと気持ち悪さが最高でめっちゃ面白かった。それで今回は[恋愛編]の感想をば。

中井紀夫「死んだ恋人からの手紙」

時系列がバラバラになった書簡形式の小説。全く言語体系が異なるため世界の認識が人類のそれとは完全に異質な異星人が登場するが、『スローターハウス・5』『あなたの人生の物語』のように、その異質な世界観が作品スタイルによって叙述されるわけでもない。時系列シャッフルものとはいえ、そこまでシャッフルされているわけでもないので、読みやすい部類。


藤田雅矢「奇跡の石」

「共感覚」を端緒に、超能力者の村とそこに暮らす少女との触れ合いを描いた物語。なんとなく物悲しい雰囲気を醸し出す主人公と、背景で不穏に蠢く戦争の影が、この超能力ファンタジーに重厚感を与えている。サスペンスフルなクライマックスから耽美的なラストにかけての流れは美しい。

和田毅「生まれくる者、死にゆく者」

僕が敬愛する漫画家・伊藤潤二の『ゆるやかな死』に似たようなアイデアの作品があったけれども、この作品は死者がゆっくり時間をかけて消えていくのと同じように、子供もゆっくり時間をかけて生まれてくる。「赤ちゃんってどこから来るの?」という子供の素朴な疑問を改めて投げかけたくなる設定だが、家族愛をテーマにした良品。ラストのしてやられた感もベネ。

大樹連司「劇画・セカイ系」

僕は「ライトノベル」が何なのか全く分かっていないけれど(多分読んだこともない)、「セカイ系」ならなんとなく分かる。そんな所謂「セカイ系」のパロディ作品で、ちゃんとダメな大人になっているかつてのセカイ系の主人公の姿にほろ苦さも感じる小品。ライトなタッチの文体で、メタ視点の作品が得意な作家らしいので、ほかの作品も読んでみたいと思った(読みすぎると食傷するだろうけど)

高野史緒「G線上のアリア」

もしも中世ヨーロッパに電話があったら、というIFストーリー。十字軍経由でイスラム圏から輸入、みたいな設定はいくら何でもお決まりすぎる気もしたけど、最終的に電話というよりインターネット空間における没自我、みたいな話まで展開するので結構スコープの広い作品だった。

扇智史「アトラクタの奏でる音楽」

ARが普及した京都を舞台とした百合SF。ARでタグ付け、メンションとか、情報の深度調整、みたいなSFギミックは割と現実味がある設定でリアリティがあるので面白い。周囲の動きに同調してライブ感を創出するアバター、という設定も、現実が片足を突っ込んでいるような等身大の設定で、なんかイイ。

小田雅久仁「人生、信号待ち」

この短編が一番好きかもしれない。「人生のうちどれだけの時間が信号待ちに費やされるのか」というしょうもないけど僕には到底まねできない着眼点から、いつまでも変わらない赤信号によって高速道路下の狭い空間に閉じ込められた男女を通じて、人間の一生を走馬灯的に描き切る。こういう発想ができる人というのが本当に羨ましい。

円城塔「ムーンシャイン」

円城塔は芥川賞をW受賞した「道化師の蝶」で知った気がする。『屍者の帝国』は読みやすくて面白かったけど、『Self-Reference ENGINE』『後藤さんのこと』あたりで、あ、この人めっちゃ頭良すぎてこちらの理解が追い付かないタイプの人か。。と分かってきて、『文字禍』は途中で放り投げてどこかに埋もれている。いや、なんだかんだ言って好きだし、無限にぶっ飛んだアイデアが出てくるし、ちょっとは前衛文学・映画に触れてきた身としてなんとなくこれ面白いんじゃね、みたいなアイデアの種の種みたいなものを堅牢な作品に仕立て上げてくれたりするし、本当に天才だと思っている。理解できないだけで。「ムーンシャイン」もちょくちょくパロディな言い回しこそ登場すれど、ベースは群論の難解数学SFで、数字の共感覚、人間CPU、みたいな話?よくわからん。

新城カズマ「月を買った御婦人」

19世紀のメキシコ帝国を舞台にした歴史改変モノで、竹取物語の変奏バージョン。ちょっとオチがベタ過ぎたなあ。


やっぱり短編SFは面白い。コントを見るときと同じで、どんな発想で、着眼点で、切り口の作品なのか、ワクワクしながら読める。それにしても、アンソロジーを読むと、他の作品も読んでみたい作家が芋づる式に増えていくので困っちゃうな。

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