【短編小説】忠実AI
私に博士からの連絡があったのは、つい今朝。
『人間型AIロボット発明、至急来られたし』
昨年、人間と瓜二つで忠実に再現されたロボットを注文し待ち侘びていた。すぐに身支度を整えた私は左右違う靴下にも気が付かずに家を出た。
博士の研究室に到着するまでの間、私は想像した。
朝。カーテンの隙間から差し込む陽射しに促されて眼を醒まし、リビングに向かう。そこには既に、温かいご飯と味噌汁、そして焼き鮭。食後のデザートも用意されている。そうだ、目玉焼きを焼いたパンに乗せて食べるのもいい。いつかのアニメ映画で、そんなシーンがあった。そこに私の好きなブラックのコーヒーを注いでもらおう。そこには、ロボットらしさなど無い。人間らしさを研究し尽くした博士の集大成なのだ。
そうこうしている間に、研究室に辿り着いた。重い扉を押し、一本の道を歩く。奥には、椅子で一服している博士が見える。
「やぁ、遅れて済まない」
「ああ、やっと来たかい。ほれ、注文の品だよ」
博士の指差した方を見ると、人間の女性らしきものが佇んでいた。黒々と伸びた髪は光を弾き、顔は妖麗。真っ直ぐに通った鼻筋、細く白い指、心を奪われるような麗らかな瞳。思わず恋慕を抱いてしまいそうだった。
「これが最高級の人型……というか、完全に人だ。一万人の人間の生活をデータに組み込んでいる。その名も〔THE HUMAN〕どうだ、素晴らしい出来だろう。あ、顔とかの好みは完全にわし基準だから、文句は言うなよ」
博士のネーミングセンスはさておき、確かに素晴らしい出来だ。
「これが報酬だ。ありがとう。一年待った甲斐があったというものだ」
アタッシュケースを受け取った博士は、中身を確認して間も無く、「たしかに」と一言呟いた。この、
〔THE HUMAN〕は、これから博士が梱包して家まで届けてくれるそうだ。
*
後日、予定の時刻よりも少し早く、博士はやって来た。大きな段ボールを担いで部屋に入ると、梱包を解いた。そこには、あの人間型ロボットがお淑やかに収まっていた。
「では、これにて。取扱説明書は入ってるからな」
博士に深々と頭を下げ、私は早速設定に取り掛かった。設定は幾つかの質問で、私の生活スタイルを問うものだった。
なるほど、ここで入力すれば、あとはこのロボットが自動的に済ませてくれるわけだ。
全ての質問に答え、私はロボットを部屋の一隅に置いた。私は期待に胸を膨らませ、そそくさと寝室へ向かった。明日は日曜日。先ほど色々パターンは考えた。果たしてどの朝になるか、はたまた全く予想もしない朝になるか……。
*
朝、私はカーテンの隙間から差し込む陽射しで眼を醒ました。心無しか、掛け布団を押し除ける強さが大きい。普段は今より2時間ほど後に起きるのだが、素晴らしく快適な朝が待っていると思うと、もう、居ても立っても居られない。
心を浮かせ、私は扉を開けた。眼前に広がった景色は……昨日までと変わらなかった。
「……ん?朝飯は?」
温かいご飯と味噌汁も、焼き鮭も、目玉焼きもパンもコーヒーも。更に言えば、部屋の隅に置いたはずの〔THE HUMAN〕すら、姿を消している。
「まさか、泥棒か!?」
しかし、窓を割られた形跡は無い。部屋に誰かが入り込んだ痕跡も無い。
放心状態のまま、私は部屋を彷徨く。一旦気晴らしにテレビを見ようと、ソファに向かう。すると。
「うわっ!?」
私は勢いよく躓いた。テーブルの角はギリギリで避け、手をついた。あまりに突然な衝撃に、私は声を出すことすら出来なかった。少し呼吸を整えてから起き上がり、ソファの方を見た。
「なんだ……?」
振り返った私は、再び絶句することになる。
そこには、いびきをあげてソファに横になっている
〔THE HUMAN〕の姿があった。
「……!?」
乱れた髪を眺めながら、ふと、私は博士の言葉を思い返した。
一万人の人間の生活をデータに組み込んでいる。
テーブルに置かれた目覚まし時計は、今から2時間後に設定されている。
ああ、本当に忠実だ。まるで、人間だ。
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