【新連載】真夜中の森を歩く 6-3

ミツロウは休日も高橋と過ごすことが多くなった。高橋の強引なまでの誘いを断るのは難しかったし、同性の友達というものに憧れもあった。

高橋はミツロウにナナちゃんとは違った遊びを教えた。酒の飲み方を教え、夜の街での遊び方を身を持って示した。世間でイメージされる不良の行動を高橋は意図的に模倣しているようだったがパチンコだけはしなかった。ミツロウがそのことを尋ねると「あれは韓国人の陰謀だからな」と吐き捨てるように言った。

高橋の嫌韓理論は全て彼の友人からの受け売りだった。高橋自身はその主義や思想について深く考察したことはなく、彼の友人からもたらされる情報を感情的に受容し、怒りへと転化していた。

彼は有り余る身体に渦巻く欲望を差し向ける対象を必要としていた。情報は彼の欲望に水路を作った。怒りをぶつける対象を見出した高橋はその野性的な欲望を隠そうともせず、常に生き生きとしていた。後ろめたさなど微塵もなかった。

その高橋に情報を与えていたのが彼の同級生だという二人の大学生だった。彼らは高橋の友人とは思えないほど普通の佇まいをしていた。

黒田という背の高い痩せた男は常になにかを思索しているかのような険しい顔をしていた。丈の短いダッフルコートをよく羽織っており、靴はいつもコンバースのオールスターだった。

吉川という男も際立った特徴を持たない高橋的でない人物だった。黒縁の眼鏡をかけ、目にかかりそうなほど伸びた前髪をきっちり真ん中で分けていた。コートの下にいつも同じ色のネルシャツを着こみ、黒田とは色の違うコンバースを履いていた。

二人とも物腰が柔らかく、年下のミツロウにも礼儀正しい態度で接した。ミツロウは彼らのような人間を前田さんの教会でも見たような気がした。柔和で、穏やかで、礼儀正しい人間。

彼らはインターネットや漫画を通じて韓国の情報を集めているようだった。竹島の領土問題や在日韓国人の特権、マスコミの偏向報道などについて理路整然と語った。彼らはよく「歴史的資料」という言葉を使った。その言葉を聞くたびに高橋はミツロウに「なっ」と同意を求めるように促した。

ミツロウは彼らのもたらす情報に興味は惹かれながらも、彼らという人間に好感が持てなかった。高橋の単純な野性には心を惹かれるが、「正しい」ことを言う黒田、吉川の人間性には違和感を持った。

彼らはミツロウに対して礼儀正しく接していたが、ミツロウはそこに自分をバカにしているようなにおいを嗅ぎとった。ミツロウよりも知識が豊富であることを内心では誇りながら、ミツロウの下手にでることによってミツロウを持ち上げ、持ち上げられていることに浮かれているミツロウをバカにして笑う、そんなゲームしているように感じ取られた。

彼らは韓国に対して本気で怒りを感じている様子だったが、それとは別に自分が他人より上位の位置に立つことに快楽を感じているようで、優越感こそが彼らの行動原理だった。その優越感には主義や思想と自分を一致させることとは別の快楽があるようだった。

黒田、吉川は無表情を装いながら常に笑っていた。ミツロウの中の一般的な良識、彼らにとっては無知と映るそれを高みから嘲笑していた。ミツロウは彼らの笑いにうすうす気づきながらも彼らからもたらされる今まで聞いたこともない情報を、高橋同様、無自覚に受け入れていった。

高橋、そして黒田、吉川と過ごすうちにミツロウにも彼らの身振りや振る舞いが徐々に浸透していった。ミツロウは嫌韓的な考え方に慣れ、そうやって世界を眺めるようになった。高橋たちと韓国のことについて議論している間は母の死や前田さんとナナちゃんの関係について思いを巡らせる必要はなかった。そんなことよりももっと高い次元の話を自分はしているのだと思った。

ミツロウは黒田、吉川の話をよく聞き、彼らと同じような趣旨の話をするようになった。それは誇らしいことだった。黒田も吉川も「よく勉強している」とミツロウを褒めた。

ミツロウ、高橋、黒田、吉川、この四人は同じ思想で結ばれている同志だ、彼らはそう思いそして周囲の無知を笑った。テレビや街中で繰り広げられる善良的な芝居を笑い飛ばし、高みから彼らの無知を罵った。その高みから相手を見下す振る舞い方をミツロウは少しずつ学んでいった。そこには自分だけが真理を知っているんだという優越感があり、また同じ考え方をする仲間との共感があった。

ミツロウはそれら二つの快楽に侵され、我を忘れたように議論に熱を入れた。黒田と吉川は自分たちの身振りを模倣するミツロウや高橋に同志としての友情を見せながらも、ミツロウや高橋が自分たちの情報で舞い上がっている姿を見て二人を笑った。四人だけの閉ざされた世界の中にも上位から見下す人間と下位で踊らされる人間という二つの層が出来上がっていた。自然とミツロウは高橋とよくつるむようになり、黒田は吉川と共に行動することが多くなった。それでも四人の絆は固く結ばれていた。

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